ウサベルトせんせェとジェットくん
Act
1
昼休み、ウサベルトせんせェは、いつものように、校庭の隅で本を読んでいた。
今日こそ、今日こそ、せんせェに声をかけるんだ。
それでそれで、もし、せんせェとお近づきになれたら、あの可愛い尻尾と長い耳の、触らせてもらうんだ!
オレは、胸をドキドキさせながら、校舎の前に出て、さり気なく、せんせェのところへ歩いて行った。
声がかすれたりしないように、大きく息を吸って、それから、いつもと同じ調子---のつもり---で、せんせェ、と言った。
「ああ、君か。」
本からちらりと顔を視線を上げて、せんせェがオレの方を見る。
どう見ても、オレを、校庭に転がる石ころくらいにしか思ってない目つきだった。
でも、オレは負けない。今日は、頑張って、もう少し、せんせェとお近づきになるんだ!
ジェット、頑張れ!
心の中で、自分を励ましながら、オレはさり気なく、せんせェのとなりに坐った。
長い耳、丸いしっぽ、薄い青の、ふわふわの毛・・・ここが校庭なんかじゃなくて、どこか、ふたりきりの、ジャマなんか入らない場所だったらいいのに。
せんせェは、オレのことなんか、目にも入らないように、本を読み続けている。
「せんせェ・・・?」
おそるおそる声をかけると、せんせェは、いかにもうるさそうに、
「ん・・・?」
と、片方の耳をオレの方へ上げた。
か、かわいい・・・耳がぴくぴくするのが、死ぬほどかわいい。
はっ、まずい。今ので、とんでもなくまずい事態におちいった。
まずい。どうしよう。
オレは、一生懸命、このロクでもない状態から脱け出そうと、今日の朝、解けなくて、教師に散々イジメられた、数学の問題のことを思い出した。
そうすると、せんせェは、知ってか知らずか、いきなり真正面から、オレに向き合ってくる。
「どうした?」
まっすぐにオレを見つめる、せんせェの水色の瞳。それから、薄く開いた唇。
ジェット、オレ、本日、撃沈。
オレはもう、なす術もなく、恥をかく前に、せんせェの前から走り去った。
ちくしょー、こんな、こんなオレの体なんか、だいっきらいだー!
校舎に向かって一目散、オレは半分泣きながら、一番近いトイレを探して、前屈みになりながら、全力疾走した。
せんせェが、こんなオレを、おかしなヤツだと思っているのを、背中に痛いほど感じながら。
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読書のジャマをされるのは嫌いだ。
たとえ相手が校長だろうと、読書の最中に声を掛けてくるヤツは、誰でも礼儀知らずだ。
まったく、あの生徒は・・・ジェットとかいう、背の高い、赤い髪の・・・まったく変なヤツだ。
何か話があるのかと思えば、いきなり走り去る。一体何なんだ。
せっかく読みかけていたページが、どこだかわからなくなったじゃないか。
お気に入りの、アンドレア・ドウォーキンなのに。
一体どうしたんだ、あの生徒は。あんな走りにくそうに、前屈みになって。
まあいい、あの年頃は、情緒不安定だから、きっと何か悲しいことでも、急に思い出したんだろう。あんなのを40人も、毎日相手にしていると、まったく神経が疲れる。
読書は、すっかり凝った神経を、優しく和めてくれる。
うん、それにしても、おかしな生徒だ。言葉遣いはなってないし、漢字は読めないし、訳のわからない行動はするし。一体どうしたんだ?
やっぱり、個人的に、補習授業をしてやるべきなんだろうか。
担当の、教師として。
まあ、いい。今度ゆっくり、担任の先生と話をしてみよう。
それにしても、ジェットとかいう、あの生徒。変なヤツだ。
まあいい、本に戻ろう。生徒のことは、今はどうでもいい。
せっかくの昼休みだ、せめて本くらいゆっくり、ひとりで・・・あの生徒は、一体何なんだ。
断固、担任の教師と話をしよう。必要なら、国語の補習授業だ。せめてもう少し、漢字くらい読めるようにならないと、受験戦争に生き残るどころの話じゃないじゃないか。
まったく、あのくらいの漢字が読めなくて、いちいち質問されるこっちの身になってみろ。
ああ、またページがわからなくなった。どこまで読んだっけ?
補習授業だ。明日から。文句は聞かない。まずは漢字の特訓だ。
まったく、何なんだ、あの生徒は。
せっかくの本も楽しめない。一体何なんだ。
尻尾が何だか、むずむずする。どうしてなのか、よくわからない。
明日また、ゆっくり考えよう。
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