ウサベルトせんせェとジェットくん

Act 11



 ジェットがまた、リンゴを抱えてやって来た。
 教科書も、ちゃんと抱えて。
 ジェットが来る時は、いつもちゃんとわかる。リンゴやニンジンの匂いがするから。
 今日は、リンゴをがまんして、さっそく勉強に取りかかる。
 ジェットの髪の赤さが、どうしてだか、リンゴの赤より、今日はまぶしい。


 いつもなら、すぐにかぷりとかじるリンゴを、ウサベルトせんせェは、テーブルのはしに置いて、さっそく勉強に取りかかった。
 ウサギリンゴにむこうかなと思ったけど、とりあえず、言われた通りに教科書を開く。
 英語は赤点続きで、イワン先生に、この間脅されたばっかりだ。
 ラクダイラクダイ、チャントベンキョウ!
 おしゃぶりくわえて、赤ん坊みたいな顔してるくせに、あの先生、恐いんだ。


 ノートの上に、一緒に顔を伏せて、つづりの間違いを見つけては、ぱしぱしと、耳で頭のよこっかわを叩いてやる。
 いってーと、大げさに声を上げながら、少し唇を突き出して、恨めしそうにこちらを見る。
 もしジェットが子どもを生んだら、その子どもたちも、こんなに勉強ができないんだろうか。それは困る。ひとりでもこんなに手間がかかるのに、それがふたりも3人も・・・。
 はっ、また下らないことを。ジェットの勉強が先だ、先。


 あんまり、耳でぱしぱし叩かれるのに、オレはちょっと腹を立てて、思わずウサベルトせんせェの耳を、つかんだ。
 ウサベルトせんせェは驚いた顔をして、耳を取り上げようとしたけど、どうしてだか、そのまま動かず、オレは、思わず、耳の先に、キスした。
 何だか、耳の先が、妙に熱い。ほんとは、ちょっぴり冷たいはずなのに。
 ウサベルトせんせェ、熱でもあるのかなあ。


 開いたノートの上で見つめ合うのは、何だか変な気分だ。つかまれた耳が、熱い。
 勉強中のキッチンテーブルの上に、つい、乗った。
 ジェットの方へにじり寄って、それから、キスした。
 ジェットもテーブルの上へ上がって来る。
 ふたり分の重みに、ひ弱なテーブルが、ぎしりと鳴った。


 ノートとか教科書とか、とりあえずわきへ寄せて、ウサベルトせんせェを、テーブルの上に押し倒す。
 大丈夫かな、このテーブル、あんまり大きくないんだけど。
 ウサベルトせんせェ・・・・・・抱きしめながら、上着のポケットの、学生証の内側に入ってるコンドームのことを考えた。
 テーブルの端をつかもうとした、ウサベルトせんせェの腕が、そこにあったリンゴ入りの袋に当たって、倒れた袋から、リンゴがポロポロ床に落ちる。とんと落ちて、ころころ転がる音が聞こえる。


 ぴすぴす、リンゴの匂いがする。ジェットの髪の匂いだろうか。
 しょりしょりリンゴをかじりたいと思った。そのリンゴと同じくらい、ジェットをかじりたいと思った。
 ジェットをかじると、どんな音がするんだろう。
 口を開ける。キスの途中。リンゴの代わりに、ジェットの舌先をかじってやった。
 かしかしかしかし。ジェットの腕に、力がこもる。


 なんだか、オレらしくもない優しい気持ちで、ウサベルトせんせェのこと、抱きしめた。
 相手が大事って言った、ジェロニモのことを思い出す。
 「ウサベルトせんせェ、オレ、せんせェのこと、世界でいちばん好きだよ・・・」
 そんなことまで、思わず口にする。ウソじゃないけどさ。全然、ウソなんかじゃないけど。ホントすぎて、こわいけど。
 ウサベルトせんせェが、泣きそうに潤んだ目で、そう言ったオレのことを見てる。


 ジェットの髪がちくちく目に当たって、痛いじゃないか。涙まで出て来た。
 無理だ、やっぱりテーブルの上なんて。狭くて固くて、おまけに今にもつぶれそうな気がする。
 せっかく巣づくりもしたことだし、とっとと場所を移動しよう。
 とっとと終わらせて、勉強しよう。予定の半分もすんでないじゃないか、まだ。
 ジェットの手を引いて、テーブルを下りた。ジェットの掌が、熱かった。


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