ウサベルトせんせェとジェットくん
Act 3
夕べ、徹夜で、ウサベルトせんせェに、ラブレターを書いた。
何を書いていいかわからなくて、それでも一生懸命書いた。
ウサベルトせんせェ、ぼくは、せんせェが初めて学校へ来た時から、せんせェのことが好きです。ぼくが生徒でウサベルトせんせェが先生で、いけないことだとはわかっています。それでも、ぼくはウサベルトせんせェにたいする気持ちをとめられません。ぼくの気持ちを、わかってもらえますか? ぼくは、ウサベルトせんせェのためなら、なんでもします。ほんとうに、なんでも。
これだけ書くのに、ほんとうに、一晩かかった。オレって純情。
ウサベルトせんせェ、これで、オレの気持ちに気づいてくれるかなぁ。
どうしよう、もし、ウサベルトせんせェが、ジェット、実は君を好きだったんだ、って言われたら。どうしよう、もっと先まで進もうって言われたら。どうしよう、いきなりウサベルトせんせェに押し倒されたら。
どうしよう、オレ。
うまくできるかなぁ。もっと練習しとけばよかったなあ。バスケと違うもんなあ。ちぇっ、この間好きだって言われた女の子、練習させてもらえばよかった。オレ、だって、キスしたこともないもんなあ。
ウサベルトせんせェに、ヘタクソとかって思われたら、どうしよう。それで嫌われちゃったらどうしよう。やっぱり子どもなんかダメだって言われたらどうしよう。
どうしよう、オレ。
こんなに、ウサベルトせんせェのこと、好きなのに。
とりあえず、悩みながらもオレは、ウサベルトせんせェの下駄箱に、手紙を残した。もっとも、ウサベルトせんせェ、靴はかないから、空っぽだったんだけど。
ウサベルトせんせェ、足の裏って、やっぱり普通のウサギみたいに、肉球がぷにぷにしてるのかなぁ。触ったら、柔らかいのかなあ。すべすべしてて、ぷにぷにしてて、触らせてもらえるかなあ、いつか。
あ、ヤバい、また、オレ・・・・・・・・・・・トイレはどこだっけ?
英語教師のフランソワーズ先生が、下駄箱からはみ出してましたよ、と言って、封筒を渡してくれた。
下駄箱なんかに用はないのに、一体何だ?
ウサベルトせんせいへ、と表に書いてあるだけで、差出人の名前はない。
なんだ、カミソリでも入ってるのか? そんなに生徒に嫌われてる気は、まだしないんだが。
前歯で、ばりばりと封筒を破ると、中から、雑に折り畳まれた便せんが一枚。まったく、便せんっていうのは、四隅をきちんと揃えて、きちんと折り目をつけて折るのが礼儀だと言うのに・・・一体誰がこんなものを。いやがらせか?
開くと、まるでヘビがのたくった跡みたいな、字? 多分、読めれば、字、なんだろう。
これは、カタカナのウ? それから・・・チ? なんだ、この縦の二本線は? 漢字らしい字も見える・・・らしくは見える。判読不可能。どうしたらいいんだ?
ウ・・・チ・・・・ぼ・・・・持・・・・さ・・・・生・・・・従・・・・ぬ・・・・?
なんだ、生徒の間で、暗号文でも流行ってるんだろうか?
困った、これは一体何なんだろう。手紙、らしい。でも、一体何が書いてあるんだ。
とりあえず、目を近づけて、一字一字判読してみることにする。
せっかく持ってきたアンドレア・ドウォーキンが、また読めなくなりそうだ。せっかく今日は、彼女がサドについて記述してる章が読めると思って、楽しみにしてたのに。
彼女の文章も、難解ではあるけれど、この手紙の比じゃないな。
ああ、まったく、誰がこんなもの、よこしたんだか。
放課後、ウサベルトせんせェに廊下で呼び止められて、紙きれを渡された。
「ここでは読まない方がいい。」
そう言って、ウサベルトせんせェは、左耳をぴくぴくさせながら、廊下を歩いて去って行った。
歩くたびに揺れる、ウサベルトせんせェの尻尾。か・・・かわいい。つまんで引っ張って、もてあそんでみたい。
はっ、ヤバイ、またトイレに駆け込むのはごめんだ。
とにかく、ウサベルトせんせェの返事を・・・返事に決まってる。オレの、ラブレターへの。
ここでは読まないでくれなんて、ウサベルトせんせェ、照れちゃってるんだ、きっと。
やっぱりトイレに行こう。あそこなら、誰にもジャマされない。
ウキウキしながら、オレは個室に入って、カギをかけた。
さて。ウサベルトせんせェの、返事。
赤い字で、13点って書いてある。なんだ、これ?
その下にまた赤い字で、誤字脱字、文法の間違い、漢字がきちんと使えてない、字が読めない、便せんは四隅をきちんと揃えて折ること、差出人の名前は明記するのが礼儀・・・明記? なんて読むんだ? あけき? 礼儀・・・れい・・・れい・・・なんだろう?
その下には、オレがあげたラブレターが、真っ赤になって、戻ってきてた。
字が、全部直してある。二本線で、あちこち消してあって、やじるしとか、まるとか、いろいろ。
一番に下に、でっかい字で、読めない、って書いてあった。
・・・・もしかして、これ、ラブレターって、わかんなかったのかな、ウサベルトせんせェ。
13点って・・・オレ、ラブレター、採点されちゃったのかな。
つまりこれって、オレの気持ちなんか、全然伝わんなかったってことなのかな・・・・。
オレ、オレなんか、だいっきらいだ。こんな、ラブレターひとつまともに書けないオレなんか、オレ、だいっきらいだーっ。
オレは、外まで響く声で、個室の中から絶叫した。
オレなんか、だいっきらいだーっ。
まったく今時の子どもは、漢字もろくに書けないのに、好きだとか何だとか・・・そんなひまがあるなら、もっと他にやることがあるだろうに。
まったくあのジェットっていう生徒は、何を考えてるんだか。
好きだとか、何とか。
好き、とか。
何でもする、とか。
まったく、子どもの言うことと来たら・・・好き、だなんて。
どうしたんだろう、耳がぴくぴくする。尻尾もなんだかムズムズする。
まったく、あの文章のひどさは、補習授業くらいじゃ直らないかもしれない。
好き、だなんて。
生徒のくせに。どうしたんだろう、また尻尾がムズムズする。
尻尾のことなんかどうでもいい。
ジェットの、あの、生徒のことを何とかしなければ。
補習授業で足りないなら、もう、個人的に教えるしかないんだろうか。
ああ、何だか、校舎のあちら側が騒がしい。誰かが叫んでるみたいだ。誰だ、校内で、迷惑な。
仕方ない、家に呼んで、家庭教師のまねごとでもするしかないか。
仕方ない、それが教師としての、正しい道だ。
それにしても、好きだ、なんて。子どものくせに。生徒のくせに。
どうしたんだろう、耳がぴくぴくして、尻尾がムズムズする。おかしいな。
まあいい、明日考えよう。
まったく、子どものくせに。
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