ウサベルトせんせェとジェットくん

Act 9



 ジェットに職員室で押し倒されてから、どうしてだか、頭痛がする。
 発情期がますますひどくなってるんだろうか。これはジェットと交尾しなきゃ治らないんだろうか。でも、あんな痛いの、とてもガマンできない。
 どうしたら、痛くなくできるんだろう。今度ジェットに訊いてみようか。
 でもそれより先に、中間試験の準備をしないと。
 また個人的に教えた方がいいんだろうか。まったくジェットの成績と来たら・・・。
 ああ、また頭がずきずきする。目の奥が痛い。
 尻尾の辺りまで響くみたいだ。痛い。
 こんなのじゃ、授業にならない。


 最近せんせェ、いつもなんだか、目の辺りをよく押さえてる。うつむいて、黙って、あんまり顔色も良くない、と思う。
 どうしたの?って訊いたら、どうしてだか、なんでもないって、にらまれた。オレがナニしたって言うんだ?
 耳も、いつもよりたれぎみで、なんだか元気がないんだ。
 尻尾も、全然ぴくぴくしない。
 ウサベルトせんせェ、どうしたんだろう。
 黒板に向かって、板書するせんせェが、なんだかちょっと顔をしかめる。そんな横顔も、かわいくて、オレ、早くウサベルトせんせェを押し倒しちゃいたいって・・・思うとまずいんだろうなあ。ここ、学校だし。
 また、ウサベルトせんせェん家に押しかけて、勉強教えてもらおうかなあ。


 あんまり頭痛がひどいので、昼休みに、ニンジンも食べずに、結局保健室へ行った。
 保健室のグレート・タコテン先生は、普段は温厚な人なのに、酔うと、すごいらしい。
 何がどうすごいのか尋いたら、
 「タコになってしまうのだ。」
と、スカール校長に言われた。
 タコ? タコって何だ?
 好奇心で、どんなになるんだろうと、ちょっとだけ思う。
 頭痛がするんです、と言うと、タコテン先生は、ちょっと失礼と言って、胸を触った。
 それから、胸を見せて、と言われて、服を、首元までめくり上げるように言われた。
 心臓の辺りを、とんとんと指で叩いて、それから、まるで心臓の音を聞くように、そこに耳を近づける。
 髪のないタコテン先生の頭は、どうしてだか、妙に・・・・・・・・なんだろう?
 指先が、もう少し下まで触って、思わず尻尾がぴくぴくした。どうしたんだろう?
 「カゼですな。」
 妙に赤い顔で、タコテン先生が言った。
 「薬を飲んで、今日は早く寝て、ゆっくり休めば治ります、ウサベルト先生。」
 服を直しながら、ありがとうございました、と言うと、タコテン先生は、机の引き出しから、なにか変なものを取り出した。
 「タマゴ酒などは、おきらいかな?」
 大きな、透明な袋に、きいろがかった、細長いものが、いっぱい入っている。袋の外には、サキイカと書いてあった。
 サキイカってなんだ? カゼの薬かな。
 よくわからなかったので、ありがとうございます、と受け取って、保健室を出て行こうとした。
 「ウサベルト先生。」
 呼び止められて振り向くと、タコテン先生が、額の辺りを撫でながら、どうしてだかまた赤い顔で、
 「グレートと、呼んでいただいても、けっこう。」
と言った。
 何が何だかわけがわからず、ああ、そうですかとだけ言って、ドアを閉めた。
 今日は家に帰ったら、薬を飲んですぐに寝よう。ニンジンジュースをたくさん飲んで。
 もらった、サキイカの袋を、廊下を歩きながら、前歯でばしばし開けてみた。
 ぷんと、何だか塩くさい匂い。何だろう、これは。ひとつつまんで、口に入れる。むしゅむしゅむしゅ・・・・・・何だか、味つきのゴムみたいな感触。ふーん。
 これで頭痛が治るのかな。むしゅむしゅむしゅ。


 昼休み、職員室に行ったら、ウサベルトせんせェが見当たらなくて、オレは思わず学校中、せんせェを探し回った。
 もしかして、顔色悪かったから、せんせェ、気分が悪くなって、どこかで倒れてるのかも。どうしよう、せんせェが重病だったら。
 もし、ウサベルトせんせェが、実は不治の病いだったら、オレ、どうしよう。
 まだ、せんせェとちゃんとしてないのに、せんせェが死んじゃったら、オレどうしよう。やっぱりオレ、すぐウサベルトせんせェのこと、押し倒すべきかな。でもって、けられても、頑張って、ウサベルトせんせェと・・・・・・。
 と、思いながら、校舎の端の方を走っていたら、向こうからウサベルトせんせェが歩いてきた。
 手に、サキイカの袋を持って。サキイカを、もぐもぐ食べながら。
 ウサギって、サキイカなんか、食べるのか?
 最初に思ったのは、ともぐい、だったけど、サキイカとウサギは友達じゃないもんな。じゃ、いいのか、ウサギがサキイカ食べても。
 でも、せんせェがサキイカを食べる図は、なんだか奇妙だ。
 「ウサベルトせんせェ、大丈夫?」
とオレが言うと、せんせェは、口をもぐもぐさせながら、ナニが?と訊いた。
 なんだ、良かった、大丈夫みたいだ。
 オレは、さっきせんせェのためにむいたばかりの、ウサギリンゴを、せんせェに差し出した。
 ウサベルトせんせェの耳が、ぴん、と立って、せんせェは、サキイカのふくろをオレに押しつけると、さっそくしょりしょり、リンゴを食べ始めた。
 前歯が、かわいい、ウサベルトせんせェ。
 ウサベルトせんせェと並んで廊下を歩きながら、せんせェはリンゴをかじって、オレは、そのサキイカを食べていた。
 誰からもらったんだろう、このサキイカ? 誰か、せんせェを餌付けしよとしてるのかなあ。
 サキイカはうまかったけど、オレは何だかちょっとフキゲン。
 ウサベルトせんせェは、かわいい尻尾と耳を、ぴくぴくさせながら、オレのむいたウサギリンゴを、一心不乱に食べてた。


戻る