「あらし」 -
番外編
Blue Dress #2
箱に入れてもらうほどの、買い物でもなかった。
アルベルトが、いきなり街で、通りすがりに欲しがったのは、女物のドレスだった。
車の中でいきなり声を上げ、あれが欲しいと、叫ぶようにグレートに言った。
車を停めさせ、車から走り出たアルベルトの後を追うと、何の変哲もない、女物の服ばかりを売る店の前で、アルベルトが、そのドレスを握りしめて、グレートを振り返った。
濃い青の、小花の散った、長いドレス。袖の短い、襟元の大きく開いた、安っぽいドレスだった。
ひどく思いつめた顔つきで、これが欲しいと、アルベルトが言った。
誰に、着せたいんだ。
小声で、耳元に唇を寄せて尋くと、俺が着る、と、さらに小さな声で、アルベルトがうつむいた。
グレートは、思わずあごを、胸に引き寄せた。
まだ、肩幅も胸の厚みも、成長しきっているとは言い難かったけれど、ドレスを着たからと言って、女には、もう見えない。
それでも、女に見えようと見えまいと、ドレスを着たがる男は、確かにいる。
女物の服のサイズは、よくはわからなかったけれど、アルベルトに合いそうなサイズを見つけてやって---さすがに、店の中で、試着をさせる勇気はなかったので---、グレートは、これでいいのかと、目顔で確認すると、こっくりとうなずいたアルベルトのために、そのドレスを手に、店の中に入って行った。
バスルームから、アルベルトが、おずおずと姿を現した。
グレートは、物音に振り返って、吸っていた煙草を、傍の灰皿にもみ消した。
細くはない首筋や、あらわになっている、ふくらみのない胸元、明らかに女のものではない、肩や腕の厚み、それでも、滑稽ではない程度に、ドレスは似合っていた。
こんな格好をさせて、喜ぶ連中もいたのだろうかと、アルベルトの過去を、またふと思う。
思ってから、ちくりと痛んだ胸を持て余し、煙草をもみ消してしまったことを、グレートは、こっそりと後悔する。
平らな胸に、右手を置いて、アルベルトのうつむいた頬が、赤い。
胸元から、裾まで、ずらりと並んだボタンが、何故だか痛々しく見える。それが、ボタンの小ささ---簡単に、引きちぎってしまえそうに見える---のせいなのか、それとも、その数ゆえ---外すのに、ずいぶん時間がかかりそうだ---に、ひどく禁欲的に見えるせいなのか、どちらだろうかと、見極めようとして、やめた。
素材の安っぽさは隠しようもないけれど、濃い青は、アルベルトの白い膚の色に、よく映えた。
それでも、点々と見える、白っぽい小花の柄は、グレートの趣味ではなく、むしろ無地の方が良かったなと、少し残念に思う。
金属の腕の、つるつるとした表面に、ドレスの柄が、白っぽく映っていた。
「気に入ったか?」
ようやく声を掛けると、返事をしないまま、アルベルトが顔を上げた。
長いドレスの裾に、隠れそうになっている素足の爪先が、もじもじと動いた。
「ドレスを着たいなら、今度、きちんと、サイズを計って、もっと似合うのを作ってもらえばいい。」
話の糸口を見つけるために、そんなことを言ってみる。
アルベルトが、首を振った。
何に対しての否定なのか、よくわからず、それをあえて、尋ねることもしなかった。
アルベルトの前へ行くと、胸の前に置かれた右手を取り上げて、それから、その手の甲に、そっと口づけた。
「ドレスでも何でも、おまえさんが好きなものを着ればいいさ。」
胸元に手を伸ばしても、アルベルトは、それを避けもしなかった。
胸の前のボタンを、ふたつみっつ外し、それから、床に膝をついて、ドレスの裾から、上に向かって、ゆっくりとボタンを外し始めた。
手に触れる布は、なめらかで、けれど、指先に薄っぺらい。ふわふわと、頼りなく、アルベルトの体にまとわりついている。
胸から腰まではすとんと落ちる線が、腰でゆったりと布が集まり、そこから、ふわりと、少し広がって、裾まで伸びている。
どこまで外そうかと、少しだけ迷って、腿の線を撫でてから、膝より、掌分くらい上まで、ボタンを外した。
アルベルトは、身じろぎもせず、たまに上を見上げると、下で動くグレートの指先を、じっと見下ろしている。
ゆっくりと立ち上がり、すいと視線を流して、右肩に向かって、襟元からそろえた指先を、そっと滑り込ませた。
掌を滑らせ、襟を肩から抜く。鉛色の肩があらわになり、アルベルトが、ちょっとだけ、肩をすくめた。
すぐ傍にあるベッドに、連れてゆくべきかどうか迷いながら、抱き寄せて、首筋に、唇を当てる。
さらりと、銀糸の髪が、流れる音がした。
アルベルトが、少し体を引く。どうしたのかと顔を上げると、首に両腕が回ってきた。
体の重みが、いきなり胸を打つ。よろけた体を、さらに押された。
慌ててアルベルトの腰に腕を回しながら、ふたり重なって床に倒れ込むと、アルベルトが馬乗りになって、グレートのシャツに手を掛けた。
ドレスの裾が大きく割れ、肩が落ちて、右の胸の、機械の腕との接ぎ目の部分が、ひどく淫らに見える。
そこに視線を奪われて、グレートは、ネクタイを外すアルベルトの手に、抗うことも忘れていた。
外したネクタイを、乱暴に放り投げると、上に乗ったアルベルトが、体を倒して接吻してくる。
唇を重ねたまま、腕を伸ばして、膝裏から腿に手を這わせると、その手を、アルベルトが止めた。
両手を取られ、床に縫い止められ、ぺろりと、赤い舌が、グレートの唇を舐めた。
下から、こんなふうに見上げるアルベルトの表情が珍しく、グレートは、逆らうのをやめた。
青いドレスが、乱れて、体から浮いて見える。グレートの趣味ではないそれを、脱がせたいと思いながら、押さえられた手は自由にならない。
アルベルトの唇が、また、グレートの唇に触れた。
食むように、舌に絡んでくる。重ねた舌の上で、唾液が湿った音を立てた。
唇から、頬に流れ、耳をなぶってから、首筋に落ちた。鎖骨を、アルベルトが軽く噛んだ。
ふと、ドレスの奥から、男の匂いが、立つ。少年ではなく、大人の男の、それ。
何か、頭の中で、繋がって、弾けたものがあったけれど、それが何なのか、グレートにはわからなかった。
アルベルトが、ようやくグレートの腕を離し、掌を、グレートの体に這わし始める。その触れ方が、自分がアルベルトにそうするやり方と、そっくりだと思い当たって、グレートは、こっそり喉の奥で笑った。
シャツのボタンを外し、下着を持ち上げて、胸に、右手が乗る。冷たさに、ほんの少しだけ息をつめて、グレートは目を閉じた。
それから、下肢に、手が伸びる。
グレートの胸にキスをしながら、アルベルトは、グレートの下肢を剥き出しにかかった。
何やら勝手が違うと、そう思いながら、それでも深くは考えず、アルベルトの好きにさせる。
床の上で、服を着たまま---しかも片方は、ドレスを着ている---よりも、できれば、服をきちんと脱いでベッドに行きたかったけれど、夢中になって、グレートの、軽く開いた脚の間で、頬を上気させているアルベルトの動きを、中断させるのは、悪い気がした。
深く飲み込まれて、息を止めた。目を閉じて、喉を伸ばす。
アルベルトの、舌の暖かさに、我を忘れそうになりながら、唇を噛む。
それから、不意に、アルベルトが、指を伸ばした。
触れられて、体がすくんだ。
思わず、床に肘を突き、体を持ち上げる。アルベルトが、唇を外さないまま、グレートを、上目に見た。
舌が絡みつく。また、喉が反った。
「・・・無茶なこと、しない。」
濡れた唇が、脚の間で、そう言った。言いながらまた、指で触れ、そっと、うかがうように、中に入り込んで来た。
痛みではなく、言いようのない異物感に、知らずに顔が歪む。グレートは、歯を食いしばった。
抗えば、もっと痛みが増すのだと悟って、アルベルトが入り込む指を増やしても、もう、声も立てなかった。
床の上に、体を伸ばしながら、内側に触れられるというのは、こういうことなのかと、思う。
ようやく、開きかかった躯から、アルベルトの指が去った。
両脚の間に、アルベルトの体が、重みを持って触れてきた。
ドレスの、さらさらとした布が、ひやりと当たる。
「・・・あんまり、乱暴にするな。」
生まれて初めて取らされる格好に、思わず顔を背けて、言った。
アルベルトが、そっと入り込んでくる。
ドレスのすそが、ふたりの、絡んだ脚を覆って、ふわふわと揺れた。
押し込まれるというよりは、文字通り、もう少し乱暴にすれば、引き裂かれてしまうのだろうと思いながら、グレートは、知らずに、アルベルトの腕を、強く握りしめていた。
焦る様子もなく、アルベルトが、ゆっくりと動く。
内側に触れる形に、アルベルトは、何年も、こんなことを繰り返していたのかと、グレートは、今さら驚いていた。
奥歯が、耳の奥で、きりきりと音を立てる。
こんなふうに、脚を開くのに慣れていず、じき、腿の内側が、痛みを訴え始めた。
ずいぶんと軟弱な体だなと、痛みに耐えながら、心の底で、自分をわらう。
うっすらと目を開けると、髪を揺らしているアルベルトの、熱っぽく潤んだ視線に、出会った。
それに向かって、微笑んだと思ったけれど、気のせいだったのかもしれない。
アルベルトが、するりと、躯を引いた。
青いドレスの奥に、アルベルトが、白く吐き出した気配を、視界のすみに感じた。
アルベルトの形のまま、まだ、躯が開いたままでいる。こんなことには慣れていない躯は、熱さえ生み出せず、ただ、アルベルトを受け止めることしかできなかった。
自分の傍に、体を投げ出してきたアルベルトを、グレートは、そっと抱き寄せてやった。
いつの間にか、男の匂いが消えている。また、少年の貌に戻ったアルベルトの肩に、グレートは、両腕を回した。
ドレスの生地が、腕に触れる。汗に湿ったように、今は艶もなく、くたりと、アルベルトにまとわりついているだけだった。
グレートの両腕の中で、アルベルトが、体を起こした。
上からまた、見下ろされながら、今度は何だろうかと、グレートは、その、まだ潤んだままの水色の瞳を、じっと見返す。
色の薄い唇が、目の前で、ゆるゆると動いた。
「・・・あんたが、好きだ。前より、もっと、たくさん。」
正確ではない言い回しだったけれど、言葉使いのたどたどしさが、その真摯さを、いっそうあらわにさせる。
女の格好をした、年若い男---少年---に抱かれるというのは、冗談に近く滑稽だけれど、その滑稽さを越える、痛々しいほどのひたむきさが、その瞳に浮かんでいた。
それに答える言葉はなく、グレートはまた、アルベルトを抱き寄せた。
受け入れたのは、躯だけではなく、想いだったのだと、初めて気づいていた。
引きずり込まれてゆくような目眩に、グレートは、抱きしめた両腕に力をこめながら、そっと目を閉じた。
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