By Demons Be Driven



 ジェットが、雨の中を、濡れて帰ってきた。
 ぽたぽたと、水滴をしたたらせて、濡れたシャツを張りつかせて、ジーンズも、元の色などわからないほど、ぐっしょりと濡れていた。
 へへへと笑う顔が青白く、ハインリヒは、ばか、と一言言って、バスルームのドアにあごをしゃくった。
 どしゃ降りなら、それこそ、飛んで帰って来ればいいものを、素直に、雨の中、走ることもなく、その落ちてくる水滴を、存分に楽しんだらしい。
 濡れた足跡を床に残して、ジェットが、バスルームに消える。
 ハインリヒは、読んでいた本に、また視線を戻した。
 外は、午後の遅くとは言え、まだ夕暮れには間があって、けれど雨のせいで、外はもう、薄暗かった。
 バスタブに、湯をためているらしい音が聞こえ、体が冷えているなら、シャワーよりも、その方がいいだろうと、ハインリヒは思う。
 本から視線は外さずに、けれど耳は、背後の、バスルームの中の気配を聞き逃さない。
 湯の音が止まり、がさがさと人の動く気配がして、それから、奇妙に静かになった。
 いつもなら、湯を、バスタブの外にこぼし、床を濡らし、大騒ぎをするのに、珍しいこともあると、ハインリヒは、特に気にもかけずに思う。
 湯につかって、体を伸ばし、微睡みかけているのかもしれない。
 暖かな湯気の満ちた、小さな空間で、濡れて冷えた体を、温める。
 ふと、シャワーを浴びたくなって、ジェットが出て来たら、夕食の前に、熱いシャワーでも浴びようかと、ハインリヒは思った。
 ページを繰り、読み進んで、時間の流れに気づいてから、眉を寄せる。
 バスルームが、静かすぎる。少しばかり、静かな時間が、長すぎる。
 ハインリヒは、ようやく椅子から立ち上がって、様子を見るために、バスルームへ行った。
 ドアを開けた途端、むっとした熱気が、頬を打つ。
 思わず、腕で顔を覆って、中を覗き込んだ。
 「ジェット?」
 返事はなく、湯気の満ちたバスルームの中に目を凝らすと、赤い髪が、バスタブのふちから、こぼれるように落ちているのが見えた。
 「ジェット!」
 少し強く呼んでも、反応はなく、ハインリヒは、仕方なく、中に足を踏み入れた。
 「ジェット・・・?」
 頭に手を乗せ、髪をまぜるように撫でると、ああ、とジェットが小さく声をもらした。
 あちらに向いた顔の、正面へゆくと、真っ赤な頬に、とろんとした、焦点の合わない瞳が見える。
 「おい、どうした?」
 頬に触れると、ひどく熱かった。
 「湯当たりしたのか?」
 バスルームの中の熱さは、少しばかり尋常ではなく、湯に指先を入れてみると、すでに20分は経っているはずなのに、熱湯かと思うほど熱い。
 ばかかと、また、小さくつぶやいて、ジェットの体を起こしにかかった。
 「おい、立てるか?」
 また、とろんとした目でハインリヒを見て、のろのろと首を振る。
 ハインリヒは、わざと聞こえるように舌打ちして、体を拭くための大きなバスタオルを取って、ジェットをバスタブから引き上げにかかった。
 湯に浸かっていた、体全体が、ほんとうに茹でたように真っ赤で、その体をバスタオルで包んで、ハインリヒは、両手でジェットを、胸の前に抱き上げた。
 頭が、肩に乗り、ころんと、ジェットのひょろ高い体が、胸の前にもたれてきた。
 バスルームのドアを蹴って、外へ出て、ジェットの濡れた体を、ベッドに運んだ。
 手足を伸ばして、真っ赤な胸を開いて、ジェットが、あごを反らす。かすかに息をしながら、閉じたまぶたが、ぴくぴくと動く。
 「おい、大丈夫か。」
 心配そうな声音を隠せず、ハインリヒは、冷たいはずの右の掌を、ジェットの頬に当てた。
 ジェットが、途端にそちらに首を曲げ、ハインリヒの鋼鉄の掌に、顔を添わせる。
 それに、自分の両方の掌を重ねて、冷たさを、必死で吸い取る。
 「アンタの手、気持ちいい。」
 表情と同じほど、溶けたような声で、ジェットが言った。
 ハインリヒの右手を取って、今度は、首に当て、鎖骨にずらし、胸と腹に、移動させる。
 それから、もう少し下へ、ジェットの手が、ハインリヒを導こうとした。
 ハインリヒは、黙って、ジェットから手を取り上げた。
 ジェットの、少しばかり上がりすぎた体温にぬくめられて、ハインリヒの、冷たいはずの手も、ほんのりと暖かい。
 見下ろすジェットが、目を、半分閉じて、そこから、じっとハインリヒを見ていた。
 くたりと、そこに、真っ赤な体を伸ばして、けれど瞳が、チャンスを伺っている。
 唇が開いて、閉じて、舌先がのぞいて、下唇を、ゆっくりと舐めた。
 ジェットが、そっと体を起こした。起こした拍子に、腰に、ハインリヒがかけていた大きなタオルが、ぱらりと落ちる。
 ベッドの端に腰かけているハインリヒに、ジェットが、ずるりと近寄った。
 「なあ。」
 ハインリヒの腕を引いた。
 「・・・気分が悪いんじゃ、ないのか。」
 少し冷たい声で、言ってみた。そうしなければ、流されてしまいそうだったので。
 ジェットがまた、もっと近くへ寄った。
 「熱いんだ。」
 そう言う呼吸まで、バスルームの熱気と同じほど、熱くて湿っている。
 「アンタ、冷たくて、気持ちいい。」
 細長い足と腕が、絡んでくる。
 ハインリヒの体を探りながら、ベッドに背中から倒れ込みながら、その上に、ハインリヒを引き寄せる。
 確かに、まともな体温のない、装甲の部分が剥き出しの体は、火照った体に、冷たいに違いなかった。
 ジェットの、真っ赤に染まった皮膚から、よけいな熱を奪いながら、それと同時に、別の熱を生み出してゆく。
 頭を抱え込まれ、舌先を誘われ、もう、拒むこともなく、ジェットが欲しがる通りに、差し出してやる。
 唇まで、熱い。
 ぴちゃりと、舌と唾液を絡め、時折歯をぶつけながら、互いを食い合うように、暖かな粘膜を、そこで重ねる。
 喉の奥まで、舌先を滑り込ませ、舌のつけ根まで深く、舌を絡めて、ハインリヒは、胸をこすり合わせるように、肩を動かした。
 いつのまにか、ジェットの手が、するりと服を脱がせていて、ジェットがそう言った通り、ハインリヒは、冷たい体で、ジェットの皮膚を冷やしていた。
 熱い湯のせいなのか、それとも、何か別のことのせいかのか、ジェットの、潤んだ、焦点の合わない視線が、ぼんやりとハインリヒの頬の上をさまよう。
 ハインリヒは、ジェットに腕を絡めたまま、ずるりと、体を下へずらした。
 痛いほど張り切った胸の皮膚の上に、触れてほしげに、とがった、突起がふたつ。指の腹で、弾くように、触れた。
 ゆるく唇で挟み込んでやると、ひくりと、ジェットの肩が揺れる。
 ハインリヒが奪ったはずの熱が、また、じわりと、広がってゆく。
 敏感なその突起を、なぶると同じ速さで、ジェットが、短く声を切る。
 上目に見ると、半開きの唇の間から、うごめく舌先が、見えた。
 もっと下へ体をずらして、ついに、床に膝を落として、ジェットの両腿を、腕に抱える。腿の内側に、噛みつくように、唇を当てて、それから、大きく開かせた両脚の間に、そっと顔を落とした。
 ジェットが、シーツの上で、背中を反らせる。
 弓のように、しなった体の、どこか奥の方から、人のものとは思えない声が、かすかにもれた。
 抗うように---そう、見えるだけだ---、伸びたジェットの腕が、ハインリヒの頭を、押し返すように、動く。
 ハインリヒは、湿った唇の間で、ジェットの形をなぞりながら、もっと大きさを増してゆく輪郭を、もっと深く飲み込んだ。
 張りつめて、びくびくと、反応を返すジェットの腿の内側の、薄い皮膚を、風が通るほどのかすかさで、右手で触れる。鉛色の指の腹に、皮膚が立てるさざ波が、まるで生身のように、伝わってくる。
 舌を使って、ジェットの声を聞きながら、声が、少し高くなるたびに、注意深く、同じことを繰り返す。
 湯に当たったせいなのか、ジェットの体は、いつもよりゆるく動き、けれど、敏感に反応する。
 溶けてしまったような、そんな表情を、全身に滲ませて、ハインリヒの手の中で、もっと溶けてゆく。
 何をされているのか、わかっていないのかもしれないと、ハインリヒは思った。
 思いながら、ふと、少しばかり意地悪な気分で、ジェットの両脚を、もっと大きく開く。
 柔らかな、奥深くを、無防備に晒させて、舌先を、もっと下へ滑らせた。
 喉を、かすかに裂くような声が、上がる。
 腰が浮いて、逃げようとするのを、また、脚を抱えて、止める。
 入り込むために、湿らせる。狭い入り口を、舌先でなぞって、少しだけ、入り込む。
 今は、躯の内側も外側も、同じほど熱い。
 その熱を確かめてから、ハインリヒは、右手をそこに当て、ゆっくりと、傷つけないように、指先をもぐり込ませた。
 体を起こして、また、胸を合わせながら、指を動かして、慣らす。
 ジェットは、腕を上げて、顔を半分隠し、それでも、また、とろんとした視線を、ハインリヒに向けた。
 こぼれそうに潤んだ瞳と、同じほど、内側も、潤っている。
 誘うように、腰が動いて、ハインリヒの、硬い冷たい指を締めつける。
 足りないと、焦れたように、うごめく脚の内側が、ハインリヒに伝えていた。
 ゆるゆると、増やした指で入り込んで、押し広げるように動かすと、ジェットがまた声をもらす。
 ジェットの中に、入り込みたいと、そう思った。
 指を外し、手を添えて、一度、ジェットの、大きく開いた両脚の間に、ぬるりとすりつける。
 勃ち上がった熱の形がふたつ、重なって、触れ合って、びくりと動いた。
 ジェットが押しつけてくる腰を引き寄せて、それから、繋げた。
 溶けた熱の中へ、押し入る。進みながら、息を止めて、下腹に当てた両の掌を、肩に向かって滑らせた。
 ジェットの、長い腕をたどって、掌を重ねた。
 胸は重ねないまま、指を絡めて、とろけたジェットの表情を、真正面に見下ろした。
 見られているのだと知っていて、ハインリヒが、見たがっているのだと知っていて、ジェットは、顔を斜めに向け、淡い緑の瞳だけを、ハインリヒの方へ、真っ直ぐに向けた。
 動いて、進めて、たどり着ける、最奥まで、ジェットの内側へ入り込む。
 重ねた熱を溶かして、粘膜に包まれて、ハインリヒは、声を殺した。
 熱さがまた、そこから、じわりと広がる。
 薄暗い部屋の中で、けれど、互いの姿を、はっきりと映しながら、ふたりは、躯を重ねていた。
 ジェットの上げる声が、天井に向かって響く。
 脚を持ち上げ、膝を曲げて、つぶれた形に、姿勢を整えて、ハインリヒの重みと形を受け入れながら、ジェットは、ゆっくりと、天井に向けて、足を伸ばした。
 自分の上で動く、ハインリヒの体に添わせて、足を、高く伸ばす。
 絡めていた手を外して、ハインリヒは、その両足を、自分の胸の前に、抱え込んだ。
 折り曲げる形で、ジェットを押し潰しながら、もっともっと、深くに、入り込む。
 狭く拒むような、そのくせ、しがみついて離れない、そんなジェットの内側に、ハインリヒは、次第に我を忘れた。
 ジェットの唇が、淫蕩に歪んだ。
 そのくせ、どこか、欲情や欲望とは、まるきりかけ離れた色が、その口元には漂っている。
 躯から離れた熱を、惜しげもなく手放すと、ハインリヒは、数瞬、呼吸を止めた。
 ゆるりと、躯を外し、ジェットから離れて、抱えていた長い足から、腕を外す。
 体の位置を変えずに、ジェットは、わざとのように、ハインリヒの目の前で、自由になった足を、大きく開いた。
 濡れた、ジェットの奥深くが、眼下に見える。
 白く吐き出したそこから、あふれてくるものがある。
 視線を外せずに、ハインリヒは、ぼんやりと、それを見ていた。
 「・・・アンタが、洗ってくれるんだろ?」
 横たわったままで、誘うように、ハインリヒに、長い腕を伸ばしてくる。
 バスルームの湯は、まだ熱いままだろうかと、ハインリヒは思った。
 溺れてゆくのを、止められないような、そんな気がする。
 湯に当てられたジェットのように、ハインリヒは、ジェットの熱に、浮かされている。
 熱湯よりも、熱く絡みつくジェットの、湿った熱さを思い出してまた、躯のどこかが疼いた。
 視線を反らしたままで、伸びたジェットの腕に、鉛色の掌を差し出す。
 

戻る