Clash With Reality



 「いい眺めだな。」
 ジェットは、薄笑いを浮かべて言った。
 確かに、珍しい眺めではあった。
 「まさかアンタの体で、あれが効くとは思わなかったよ。」
 くくっと、おかしそうに喉を鳴らす。
 「アンタとただ寝るだけなんて、つまんないもんな。」
 ベッドの中で、決して全裸にならない情人の、拘束され、晒された全裸を眺めて、ジェットは、下唇を湿らせた。
 ひどく扇情的な、眺め。両手を、頭の後ろで縛られ、両足を、膝さえ合わせられないように、大きく開いて縛られ、アルベルトは、さっきから、ろくに喋れないほど、喘ぎ続けていた。
 鉄製の、パイプベッド---病院でしかお目にかかれないような、素っ気ないベッド---は、こういう時に便利だと、ジェットはひとりでまた笑った。
 正気なら、恐らくベッドと一緒に立ち上がりもできるのだろうけれど、今は、仕込まれたヘロインのせいで、少しばかりおかしくなっている。
 「知ってるよ、後ろにやられると、たまんなくなるんだよな。オレも昔、散々されたから、知ってるよ。」
 体中を小刻みに震わせて、全身に汗を浮べて、アルベルトは、霞みのかかった視線で、ジェットを見ている。
 それでもまだ、瞳の光は充分に強かった。
 今のアルベルトの姿が、昔の暗い思い出に、ふと重なる。もちろん、もっと子どもで、もっと頼りなげだったはずだけれど。やすやすと、大人の片腕一本でへし折れてしまいそうな、首筋。薄い体。侵され、踏みつけにされた、子ども。
 アルベルトは、今のジェットよりも、少しばかり厚い体をしていて、そして、大人だった。
 ジェットの頬が、暗い笑みに歪む。
 「ずっと、思ってたよ。アンタをこんなふうにしたら、どんな気分だろうって。」
 あの頃、あの大人たちは、どんな気分で、ジェットを痛めつけたのだろう。泣き叫んでも、どんなに抗っても、終わりはいつも同じだった。
 彼らを、楽しませるだけのための、からだ。
 彼らは本気で、幼いジェットが、彼らを誘ったのだと、信じたがっていた。押し開かれ、侵入され、いやだと喚いて、泣き叫んでいたジェットが、彼らをそそったのだと、彼らは繰り返し言った。
 貶められ、ただの、穴の開いた肉の塊にされ、彼らは、そんなジェットを、楽しんで踏みつけにした。
 路上で、子どもがひとりで生き延びるために課せられた、緩慢な死刑。
 自分を切り刻んで、誰かに売る。生き延びるために。自分で自分の肉を食べられないなら、食べたい誰かを探すしかなかった。
 目の前の、大人の肉体を持った、縛られて、身動きのできない、欲情に全身を苛まれている、誰か。
 もっとも、彼は、生身とは言い難かったけれど。
 あの頃のジェットは、似ても似つかないからだ。
 その、鉛色の光る、金属の体を、彼が晒すことは滅多にない。
 触れるたび、その冷たさに背筋を震わせながら、それでもジェットは、その感触にいつも欲情した。
 自分を踏みつけにした体と似ていて、けれど違うからだ。
 だから、愛しいと思った。そしていつも、それと同時に、痛めつけてやりたいと、思っていた。
 アルベルトが、切なげに喘いだ。
 薬で、人工的に欲情させられた、からだ。
 触れてほしくて、けれど縛られたまま、自分で慰めることさえできない。
 「不思議だよな、機械になったって、こんなふうになるんだもんな。」
 すいと寄って、アルベルトの前に膝を折ると、もうすっかり勃ち上がって、ひくひくと震えているそれに、するりと指を滑らせる。
 ひ、とアルベルトが短く喉を裂いた。
 「この、下衆ガキ・・・。」
 低く、まだ凄みを含んで、アルベルトは吐き捨てた。
 直腸の壁から直接吸収されたヘロインのせいで、意識は朦朧としていたけれど、まだ瞳の色は、正気を保っていた。
 「アンタもいいかげん、しぶといな。あれだけ仕込んで、まだそんな強がり言えるなんて。さすが、全身武器の004。」
 わざと00ナンバーで彼を呼んで、ニヤニヤと笑って見せる。案の定、アルベルトは、悔しそうに唇をかんで、ふいとそっぽを向いた。
 「アンタ、すげー色っぽいよ。見てるだけでイっちまいそうだ。」
 うそではなかった。
 汗で額にはりついた、細い髪、半開きの、唾液に濡れた薄い唇、頬は紅潮して、体のあちこちが時折小さく痙攣する。白い生身の肌と鉛色の機械の部分の対比が、奇妙に淫らで、全身で欲情を露わにして、アルベルトは喘いでいた。
 「ちょっと動いて。」
 アルベルトの腰に両手を添え、少しだけ自分の方へ引き寄せると、扱いやすいように体の位置をずらさせ、そしてジェットは、アルベルトの前に体を投げ出した。
 腿の内側に舌を滑らせ、それから、ゆっくりと目的に向かって唇を開く。
 触れた途端、アルベルトの腰が波打った。
 わざと音を立てて、舐める。アルベルトの反応を楽しみながら、ジェットはゆるりと彼を翻弄した。
 唾液で湿らせた指先を、もう少し奥へ、潜り込ませる。
 馴らすように、最初はゆっくりと、少しずつ。指を増やして、もう少し深く探ると、そのたびに、アルベルトが、硬さを増して、ジェットの舌の上で跳ねた。
 「アンタ、ここ使ったことないんだろ?」
 指を動かして、ジェットは訊いた。
 答えたくないのか、答えられないのか、アルベルトは、いっそう速く喘ぐだけだった。
 「まあ、オレくらいのだったら、初めてでもどうってことないだろうけどさ。」
 体を起こし、唇を拭って、ジェットはにやにやと笑って見せる。アルベルトが、それを見たかどうかは、よくわからなかったけれど。
 立ち上がると、前髪をつかみ、顔を上げさせる。その目の前で、ゆっくりと、見せつけるように、ジェットはジッパーを下ろした。
 「ほしい?」
 無邪気を装って、尋く。アルベルトが、ふと目を細めた。
 「入れてほしい?」
 ぎりっと、アルベルトの、歯が鳴る。
 「濡らさないと、つらいのはアンタの方だぜ。アンタ、後ろが疼いて仕方ないんだろ?」
 さっき指に触れた粘膜は、とても生身ではないと信じられないほど、熱かった。狭く、ジェットの指を締めつけて、そこから去ろうとすると、未練げに、追いすがってきた。
 薬がきれるまで、躯は熱く疼いたままでいる。
 それは、アルベルトにもわかっていた。
 ジェットは、その薄い唇に触れた。促すように指を滑らせると、アルベルトが、初めて泣きそうな、すがるような目つきになる。
 「いつも、オレがアンタにやってるみたいにやればいいだけだよ。でも、歯、立てたら、もっとヘロインぶち込んでやる。」
 その時だけ、ふと、ジェットの視線に殺気がこもった。本気なのだと悟って、アルベルトは、もう一度だけ哀願するようにジェットを見上げてから、それが何の効果ももたらさないことを、また思い知った。
 「下衆野郎・・・。」
 もう一度、精一杯毒づいてから、アルベルトは唇を開いて、その代わりに目を閉じた。
 ジェットが、ぬるりと入り込んでくる。
 吐き気を催して、唾液があごを伝った。
 やり方もわからず、必死で舌と顔を動かしながら、一秒でも早く、この悪夢が終わってくれることだけを、アルベルトは祈っていた。
 それなのに、じきに、自分の舌の上で硬さを増したそれが、今どろどろと熱く溶けている、欲しがっている部分を、ようやく満たしてくれるのだと思うと、微かな期待に、止めようもない疼きが増す。
 アルベルトの頭上で、ジェットは、遠慮もなく、荒い息を吐き出していた。
 幼い頃に、すでに大人たちに使われていた躯は、ひどく感じやすく、反応しやすく、改造された後も、体の機能は変わっても、欲情だけは、いつもそこにあった。
 だから、まるで同じ仲間と傷を舐め合うように、アルベルトと交わった。
 そうしなければ静まらない疼きが、今、ちょうどアルベルトが苦しんでいるように、常にジェットを苛んでいた。
 稚いままのからだ。閉じ込められてしまった少年の体の中で、欲情だけが、いつも猛り狂っている。
 ジェットのせいでは、決してないのに。
 息を弾ませたままで、ジェットはアルベルトから、離れた。
 それから、また床に膝を落とすと、今度は、アルベルトの膝に手を添えて、彼の中に入り込もうとした。
 ぎっ、と歯が鳴る。
 アルベルトの体が跳ね、今はまだ、明らかに受け入れるよりも拒もうとして、全身を硬張らせる。
 アルベルトの唾液に濡れたそれは、それでもゆっくりと、次第に彼の内側へ沈んでゆく。
 浅く繋がって、少しだけ突き上げると、アルベルトが、信じられないほど甘い声で、喘いだ。
 熱い。
 機械同士の交わりでも、生身と同じ熱は生まれる。
 ゆるゆると躯を進めながら、ジェットはアルベルトの首筋に接吻した。
 何度か抵抗があった後、すっかり繋がってしまうと、動き出す前に、ジェットはじっとアルベルトを見つめた。
 「アンタの中、熱いよ。すげー熱い。」
 キャンディでも転がすような、声。
 またひくりと、アルベルトの躯が跳ねる。
 あまり試したことのない動きを始めると、アルベルトの内側が、狭く熱く包み込んでくる。
 躯を動かすたび、アルベルトが声を上げた。
 ようやく、熱さを絡め合わせて、疼きを止めようとする。ふたりで、一緒に。
 突き上げられ、かき回されて、アルベルトはがくがくと頭を振った。
 アルベルトの熱に引きずられ、少しでも引き伸ばそうとするジェットの努力は、あっけもなく崩れた。
 はあはあと、肩で息をしながら、ジェットは、アルベルトの肩に額を乗せた。
 機械の体も、今は熱でなまぬるく、湿っているような気さえする。
 するりと躯を外してから、アルベルトがまだ、終わっていないのに気づいた。
 くすりと、思わず笑みがもれる。
 「オレのじゃ、足んないか、アンタには。」
 まだ、熱に潤んだアルベルトの瞳が、それでもやや正気を取り戻して、また悔しそうにジェットを見返した。
 「頼むから、撃つなよ。」
 そう言いながら、アルベルトの、手首と両足を、いましめから解いてやる。
 縛られて、跡の残る皮膚を撫で、何事かと眉をひそめるアルベルトに向かって、ジェットは、床に横たわって手招きした。
 「来いよ。アンタも、イキたいんだろう、いつもみたいに。」
 一瞬の逡巡の後、アルベルトは、まるで獲物に襲いかかる獣のように、ジェットに挑みかかった。
 前触れもなく、いきなり入り込み、さっきまで自分がそうされていたように、ジェットの内側を侵した。
 ジェットは、抗いもせず、むしろアルベルトを助けるように、両足を高く上げて、躯を開いた。
 いつものように、アルベルトに満たされる。すき間もなく躯を繋げ、同じリズムに肩を揺らす。
 ふと、さっきまで自分を包んでいたアルベルトの内側の熱さを思い出して、また躯が疼いた。
 踏みつけにされるためのからだ。誰かが痛めつけるために、選んだからだ。
 そこから逃れる術はないのだと、誰かを踏みつけにした後に気づく。その間抜けさ加減に、ジェットは、心の底から笑い出したくなった。
 けれど、笑い出す代わりに、不意に泣きたくなる。まるで、幼い子どものように。
 押し寄せる不安を、今は忘れてしまうために、いつもより大きく動くアルベルトの肩に、思わず両腕でしがみつく。それから、ぎりぎりと歯を立てた。
 泣き叫ぶ子どもの、自分の声が聞こえたような、気がした。


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