「あらし」 - 番外編

Cold Blood



 シャツだけを身に着けて、また、ベッドの上に引きずり上げられた。
 ジェットは、ジーンズの前をだらしなく開けて、ベッドに仰向けになり、奇妙に子どもっぽし表情で、頭の後ろで両手を組んだ。
 ジェットがどうして欲しいのかは、あまりにもあからさまで、アルベルトは、苦笑と欲情を隠して、ジェットの両脚の間に、頭を下げて滑り込んだ。
 頬ずりをするように、唇を寄せ、舌を伸ばして舐めてから、触れるだけで噛まないように、軽く歯を立てる。
 それだけでもう、柔らかく敏感な皮膚が、ゆっくりと張りつめてゆく。
 ジェットが果ててしまうのに、そう時間も手間もかからない。けれど、それが満足を意味するわけではなく、何度も何度も、同じことを繰り返す羽目になる。
 わざと濡れた音を立てて、唇を外し、手を使わずに、歯を使ってジーンズの前をもっと広げた。
 上目に見ると、頬を上気させて、淡い緑の瞳を潤ませた、妙に稚ないジェットの表情がそこにある。
 どのくらいで満足してくれるだろうかと、少しだけ考えながら、また唇を寄せた。
 生暖かく、唇に触れる。口の中は、もっと暖かい。けれど、舌を使ううち、育ってゆく熱は、ゆっくりと上昇してゆく。
 体積を増して、唇の端が痛いほど、存在を主張し始める。
 あふれた唾液で滑る唇から、時折すり抜けて、もう、どちらの体液ともわからないぬめりが糸を引く。追いすがるようにまた唇を寄せ、食む。
 ジェットの手が、信じられないほど優しく、髪をすいた。
 ふとまた、ジェットの瞳が暗く陰った。
 「こっち、来いよ。」
 肩を引かれて、もういいのかと怪訝に思いながら、体を上げた。
 「いい、そのまま、しゃぶってろ。」
 命令するように、素っ気なく言ってから、アルベルトの腰を、自分の方へ引き寄せる。
 わけもわからず、ジェットの手に従うと、ジェットに背中を向けた形で、いきなり前へ突き飛ばされた。
 足を抱え込まれ、下肢が、ジェットの胸に重なる。
 「ほら、早くしゃぶれよ。」
 揺すり上げられ、強引に取らされた姿勢に、アルベルトは、思わず肩越しに、ジェットをにらんだ。
 「アンタだって、気持ちよくなりたいんだろ?」
 意地悪く、そそのかすように、ジェットが言った。
 ジェットには似合わない、陰湿な響きが、声にこもる。
 両脇に、開いた膝を取られて、腿の裏側に、ジェットが指先を這わせる。シャツのすそが、腰までめくり上げられた。
 目の前にあるジェットの、ジーンズの膝に、アルベルトは思い切り指を食い込ませた。
 舌先が、触れる。
 そんな触れ方は、あまりされたことがない。させたこともない。
 柔らかな粘膜の入り口を、紅く動く筋肉の塊が、そっと叩く。
 アルベルトは、夢中でジェットに唇を寄せた。
 生暖かく、ジェットに触れるように、ジェットもアルベルトに触れてくる。
 喉を開いて、ジェットを深く飲み込んだ。
 ジェットの舌先が、軽く沈んでくる。
 思わず息をつめて、背骨の根元が硬張る。
 反り返った爪先が、そこでシーツをつかむように動いた。
 ジェットの舌と、指先が触れる。目の前に晒して、思うさま、苛む。
 撫でる呼吸が、別の熱を運んでくる。
 上半身を支えきれず、必死に顔を動かしながら、知らずに腰が高く持ち上がる。
 もっと無防備に、もっと求めるように、ジェットに目の前に剥き出しにされて、アルベルトは、まるで皮膚を裏返しにされたように、赤い粘膜に濡れ濡れと光る、軟体動物になったような気がした。
 粘膜の表面に走る無数の神経が、ジェットの生暖かさを求めて、尖りきる。
 それから、ジェットが、指先をそこに埋めた。
 根元まで押し込んでまた抜き出してから、揶揄するように、言った。
 「すげえ、ひくついてるぜ、アンタの。」
 わざと、息のかかる近さで言う。
 「なんでも入っちまいそうだな。なんか、変なもの突っ込まれたこと、あるのか。」
 言うなり、指がまた、もぐり込んでくる。
 アルベルトは、もう、声を殺しきれずに、唾液のたれる唇を、ジェットから外した。
 指を増やして、アルベルトの乱れるさまを見るために、少し乱暴に動かす。
 指を中で少し広げると、アルベルトが、波打っていた背中を硬張らせて、息を飲んだ。
 「今度、なんか入れてやろうか。ここに突っ込んだままで、しゃぶらせてやるよ。」
 ジェットはもう、体を起こして、アルベルトを苛むのに、夢中になっていた。
 「・・・そんなこと、したら、噛み切ってやる。」
 切れ切れの息の下で、それでもはっきりと低い声で、そう返してやった。
 ジェットが、眉を寄せて、はっきりと鼻白んだ表情を浮かべる。
 「こんなカッコで、アンタ、まだそんな強がり言えるのか。」
 指がまた、奥まで入り込んだ。
 指先が、白くなるほど強くシーツをつかんで、死んでも声をもらすまいと、アルベルトはぎりっと歯を食い縛った。
 不意に、するりとジェットの指が遠のく。
 急に軽くなった体が、ゆらりと傾いだ。
 髪をつかまれ、上に引き上げられた。ねじれた首が痛み、横目に、自分をねめつけているジェットを、今は銀色に色の変わった瞳で、にらみ返してやる。
 ふっと、ジェットが微笑んだ。
 「・・・・・・オレが、欲しいんだろ? しゃぶって勃たせて、オレに突っ込んで欲しいんだろ?」
 いきなり、視界が異次元へ飛んだ。
 甘く囁かれた言葉が、鎖骨をしみ通って、背骨に流れ込んでゆく。爪先からゆっくりと、痛みに似た無気力が、反抗を溶かしてゆく。
 なぜこの男は、アルベルトが、踏みつけにされたがっていると、知っているのだろう。
 優しい口づけではなく、穏やかな指と舌ではなく、舌の上で育てた熱の形に、侵されたがっているのだと、どうして知っているのだろう。
 躯の奥をこすり合わせて、痛みに近い悦びを得たいのだと、なぜ知っているのだろう。
 言葉や皮膚の重なりではなく、体液を交じり合わせて、注ぎ込まれたいのだと、どうして知っているのだろう。
 うつろになった瞳を、欲情でうるませて、アルベルトはうなずいていた。
 がくがくと首を振って、ジェットの、冷たい歓びの笑みを広げた口元を眺めた。
 「じゃあ、言えよ、突っ込んでくれって。オレのが欲しいって。」
 笑みが、また大きく広がった。
 くしゃくしゃになったシーツの上に、くしゃくしゃになったシャツをまといつかせた体を、仰向けに横たえる。腿の内側に、生身の手と機械の手---その色と質感の対比が、なぜだか人の劣情を誘うのだと、知っている---を添えて、大きく脚を開く。
 ジェットに向かって、さっき、ジェットの舌先で濡らされた、躯の内側を、見せつけるように晒す。
 ジェットの唇が、濡れて光っていた。
 「・・・・・・突っ込んでくれ、早く。」
 ベッドが、大きく揺れた。
 押し潰すように、ジェットの胸が重なってくる。
 片足を取られ、それごと、抱きしめられた。
 押し開かれる痛みと、突き刺される熱さと、躯の中心を貫いてゆく白い光と、喉を伸ばして、頭の後ろが緋く弾けた。
 踏みにじられても、痕さえ残さず甦る、皓いからだとその紅い内側。
 薄気味の悪い、不定形の、赤い化け物。ぬらぬらと、体液で濡れた体を震わせながら、人間の肉を食らう。
 ジェットの熱に突き上げられて、激しく侵されながら、ジェットを食い尽くそうとしているのは自分なのだと、揺れる視界のすみで、アルベルトは思った。
 化け物の自分が、ジェットを食む。
 押し潰された胸から、化け物の声がもれた。


戻る