Craving



 何か、どこか、タガが外れたように、淫らにさえ見える仕草で、しがみついてくる。
 その必死さが、一体どこから来るのかわからない。羞恥心を、振り払おうとする努力なのか、それともただ、自分に素直になってみただけなのか、あるいは、あるかどうか、わかるはずもないこちらの期待に、応えようとしているだけなのか。
 いつもよりも、もっと深く、もっと長く、求められるままに応えながら、少しずつ激しくなる動きと息遣いに、いつの間にか巻き込まれている。
 一緒に、息を弾ませて、汗に濡れた膚をこすり合わせて、滑るのはそこだけではなく。
 夢中で重ねた唇の間から、唾液が、糸を引いた。
 いつもよりも、声を殺そうとする仕草が少なくて、耐えずにもらす声に、うっかり暴走しそうになる。
 大きく開いた脚は、隠す気などないように、すべてを晒して、こちらを飲み込んでいる。
 冷静になれば、とても直視できるような姿ではなくて、滑稽な姿勢に躯を絡みつかせて、重ねるリズムを揃えてゆく。
 貪るというしかないような交わりは、ふたりの間には起こることはなく、だから、今夜の奔放さが、ほんの少しだけ怯えを呼ぶ。
 どうしたのだろうかと、わずかに残った理性---残しておかなければ、彼を壊してしまうので---が、疑問符だけを生み出し続けている。
 何をどうしようと、手順にどう凝ろうと、どうせ大した違いのあるわけでもないことだからこそ、相手を思いやって、相手の反応に、神経を研ぎ澄ます。
 自分だけのためではなく、むしろ、自分のためではなく。
 彼が欲しがるから与えるのだと、そう思っている自分がいる。
 彼が、欲しがるように、欲しがる形で。
 いやなことではない。断る理由を思いつけない程度には、ある種の好意の上に成り立った関係だと、その程度には理解している。
 それでも、彼に対する感情を、深く考えたことはなく、それはむしろ、深く考えないようにしているのだと、そう言った方がより正しい。
 だから、彼が今夜はひどく積極的なのを、誤解しないようにしようと、あとずさるように、心を後ろに引いている。
 体と心は、どこでどんなふうに結びついているのだろう。躯を重ねたいと思うことと、相手を好きだと思うことは、同じことなのだろうか、違うことなのだろうか。別次元のものとして、切り離して存在しうる感情なのだろうか。
 人のからだの心地良さを、その人への好意と、誤解してはいないだろうか。その人への好意を、欲望と混ぜては、いけないような気がする。
 触れたいと思ってはいけないのだと、長い間、自分に言い聞かせてきた。
 力を与えられた自分の腕が、その人を砕いてしまうから。自分はもう、そんなこととは無関係にされてしまったから。
 けれど、決して砕けることのない誰かが、目の前に現れたら。その人に、魅かれてしまったら。
 抱きしめた両腕に力をこめる。きしむ音を立てることはあっても、折れたり、曲げてしまったりする気遣いはない。自分と同じほど丈夫な、彼だったから。
 いとしいということとは、少し違う気がする。こうやって、彼と躯を重ねることが、愉しくないわけではもちろんなかったけれど、けれどそれだけだと言ってしまうのも、またはばかりがある。
 自分の気持ちが、はっきりとはつかめず、だから、控え目に誘う彼の腕に引かれて、控え目に応えながら、始めたのは自分ではなかったし、先に欲しがったのも自分ではないと、定まらない自分の心に言い訳をしている。
 欲しがる彼は、少しずつ素直になる。欲しがることを恥ずかしがることをやめ、まるで開き直るように、声も殺さずに喉を反らす。乱れる前髪と、普段は見えない広い、秀でた額が、与えられる熱に、わずかに動く。
 それを見下ろして、彼の満足のために、欲しがる彼の内側を、もっと奥まで満たす。
 そうして、いいかげんに離れようと、躯を引きかけると、彼が首を振って、足を腰に絡めてきた。
 まだ、と白っぽい唇が動く。もっと、と淡い水色の瞳が言った。
 壊してしまうと、心の中でつぶやいたけれど、彼にそれが届くわけもなく、けれどほんとうに、彼の素直さに引きずられれば、明日の朝には、彼は磨耗した歯車のようになってしまうと、あまり冗談にもならない考えが浮かぶ。
 もっと欲しいのは自分だって同じなのだと、突然、彼につっかかるように思う。
 壊したくないから、無我夢中になって、無茶をしてしまいたくないから、自分を抑えているのにと、不意に、彼に恨み言がわいた。
 そうして、ふと本音が、心の片隅にこぼれたすきに、彼が体を起こして、肩を押して来た。
 ひるんで、少しだけうろたえていると、一度外れた躯を、彼がまた繋げに来る。
 上に乗って、腰をまたいで、左手を添えて、導いてゆく。呼吸を止めて、深く吐き出して、いつもよりももっと真剣な表情で、上から、躯を繋いでゆく。
 もう、開いてしまっている、けれど狭い筋肉が、新たに押し入ることをすんなりと許して、それでも、違う姿勢に、苦しい声が上からもれる。
 熱くて、思わずうめいた。ゆっくりと包み込まれながら、同じ場所だというのに、感触が変わってしまっていて、かぶさってくる彼の躯の熱を、全身で受け止めて、不安定な繋がりを支えるように、彼の腰に手を添えた。
 苦しいのか、彼の顔が歪んでいる。下から見上げて、短く息を吐く彼の口元で、歯列がきしむのが見えた。彼の髪と同じ色の汗が、ふつふつと膚の上に吹き出してくる。
 膝で体を支えながら、ゆっくりと彼が動き出す。
 外からは決して見えることのない、躯の奥で触れ合って、深く深く、あるいは浅く、うねりに身を任せる。
 声と吐息をもらして、何もかもを晒して、彼が動いている。肩を揺すって、心地良さを---もっと---求めるために、淫らな姿勢を取る。
 濡れた唇がうっすらと開いた、少し眉を寄せた彼の表情を、目を細めて見入る。
 彼の内側は、とても熱くて、お互いに、そこからそのまま溶けてしまいそうだった。
 狭さに、拒まれるようにこすり上げられて、気が遠くなりそうだった。
 まるで、夢うつつのように、彼を見上げながら、繋がるその深さと熱さに、視界にかかった紗の向こうで、彼がこちらを見下ろしていることが、一瞬、信じられなくなる。
 淫らに、彼が動き続ける。それは、彼自身のために違いなく、けれど、彼だけのためのものではなかった。
 伸びる喉や、持ち上がるあごの線や、呼吸に上下する、胸と腹の筋肉の動きに目を奪われて、彼とひとつになっているのだと、今痛いほど感じた。
 そこから、そうやって躯を揺すり上げる彼を、眺めている。ずっと、眺めていたいと思う。
 目を細めたまま、彼の動きに身を任せて、貪る彼から逃げ出さないために、ゆっくりと深く息を吸い込む。
 壊れてもいい、壊してもいいから、ずっとこうしていたいと、初めて、素直に思った。思って、下から、彼に向かって微笑んでいた。
 開いた唇の間からこぼれる、彼の舌先を奪い取るために、腰を支えたまま肩を起こして、躯を繋げたまま、彼の背中を抱き寄せる両腕に、精一杯の力をこめる。


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