螺旋



 誰かを抱いてるおまえさんが、おれには想像できないね、死神どの。
 ハインリヒは、しばし絶句して、これはまた、グレートにからわれているのだろうかと、下から、やけに涼しげな、ぎょろりと目の大きい、髪のない---愛しい---男の顔を見上げた。
 想像できないのは、あんたの問題だな。何なら、想像力だけの問題だって、あんたで証明して見せたっていい。
 まだ、躯は繋がったままだった。
 しゃべると、内側が動くのか、小さくグレートがうめく。
 ご遠慮申し上げよう、我がうるわしの君。おまえさん相手じゃ、おれが壊れちまう。今だって、充分---。
 不意に、強く、グレートが躯を動かした。
 思わず声を上げて、終わったと思っていた躯がふたつ、また絡み合いながら、波にさらわれないように、ハインリヒは、しっかりとグレートにしがみついた。
 今だって充分、おまえさんに殺されちまいそうなのに、これ以上、おまえさんのために死ねるもんか。
 からかう声が、耳元で湿る。
 奇妙な激しさに、ふたりで一緒に煽られながら、グレートはずっと、ハインリヒの、熱いバターのようにとろけた脳に、そそのかす言葉を流し込み続けた。
 波に、飲まれ、溺れ、呼吸さえ止めながら、ハインリヒは、自分が何を言っているのか、わかってすらいなかった。
 それでも、ただひとつ確かだったのは。
 じゃあ、見せてくれ、死神どの。おまえさんが、死神の鎌を振るうところを、おれに見せてくれ。
 溶けたバターは、白い泡に変わり、ぶくぶくとあふれ、弾け、泡と同じほど空っぽになった頭の中で、ああ、見せてやると、叫ぶように言った自分の声が、奇妙に高らかに響いた。


 服を着ているのは、グレートだけだった。
 何の羞恥心もなさそうに---明るい場所で、じっくりと見なければ、サイボーグだとわからない外見のせいもある---、肩の広い、腰は薄くて狭い体を剥き出しにして、楽しもうぜと、悪趣味に舌をのぞかせる。
 快楽がすべてだという、極めてわかりやすいジェットの思想を、今はありがたく思いながら、ハインリヒは、機械じみた体を、さりげなく両腕で隠していた。
 趣味の悪いショーは、グレートのためだったけれど、始めてみれば、見られていること、見せていることにすら、快感を見出せるらしいジェットは---素晴らしい人選だ---、見せつけるように、脚を大きく開いて、躯を揺すって、一流のショーマンのように振る舞ってくれる。
 見せるために、手足を絡める。見られるために、躯をこすり合わせる。
 ジェットの、長い指が触れて来て、人工皮膚のない、腿の内側を撫でながら、舌が、舐め上げた。
 無理かもしれないと思っていたのに、ジェットの、生暖かい口の中の粘膜に包まれた途端、頭の奥が、しびれた。
 顔を背け、口元を腕で覆い、声を殺す。
 ジェットが、顔を火照らせて、それでも、うっすらと不敵な笑みを浮かべたまま、舌先でハインリヒを玩ぶ。
 開いた喉の、吐くほど奥まで突っ込んでやろうかと、腰を浮かしかけて、ジェットが、それに気づいたのかどうか、やわらかく歯を立ててくる。
 今度こそ、耐え切れずに声がもれて、舌先から唾液の糸を引きながら、ジェットが唇を外した。
 ハインリヒの目の前に、体を横たえて、足を開いて、導きながら、誘う。媚態は、今は必要もない。
 せわしく覆いかぶさって、いつもグレートがそうしてくれる気遣いなど、思い出せもしないまま、侵すように、ジェットと躯を繋げると、狭く拒もうとする熱が、そのくせもっと奥で、淫らにあふれていた。
 当惑と、欲情と、羞恥と、ない交ぜになった気持ちを、熱に変えて、ジェットの中に突き込むと、組み敷いた躯は、ハインリヒを嗤いながら、際限もなく煽り立ててくる。
 自分を貪るジェットの、うねる躯を見下ろして、思い知らせてやるために、細い足首をつかんだ。開いていた脚を抱え込み、体をふたつに折りたたむ。骨張った足首を、肩に乗せてやって、それから、痛めつけるように、押し込んだ。
 意趣返しのような姿勢で、ジェットが、一度声を立てて、苦痛なのか、それとも別の理由からか、ハインリヒの思った通りに、顔を歪めて、喉を反らした。
 もっと深く、躯の奥が、重なる。
 うっかり、絡みついてくるジェットの、粘膜の熱さに負けそうになって、額に焦りで汗が浮いた。
 またジェットが、下で動く。
 ハインリヒから与えられる熱を待たずに、身内からわく熱さを、強欲に味わおうとする。
 唇を軽く開け、うごめく舌をのぞかせて、まるで今、内側が、ハインリヒを包み込んでいるさまを再現するかのように、淫猥な様で、唇を舐める。
 膝下の長い、ハインリヒの肩に乗った脚が、まるで、もっと近くへ引き寄せるように、動いて、誘う。
 誘われてまた、奥深くへさまよい込みながら、まるで見据えるように、一瞬も視線をそらさないジェットと、ついに観念したように、ハインリヒは視線を合わせた。
 見下ろして、自分もいつも、グレートの下で、こんな目をしているのだろうかと、思う。
 熱に潤み、正気とも思えず、そのくせ、どこか、突き刺すような視線。もっとと、揺れながら、訴えかけてくる瞳。全身の激情を、その、ただ一点に集めたように、どこか狂気をたたえた、色。
 突然あふれてきた優しさのまま、ジェットを揺すり上げた時、不意に、ジェットの瞳が、右に動いた。
 ジェットが、おかしそうに笑いに唇をねじ曲げると同時に、腿に、別の手---ジェットのよりも小さくてやわらかい---が触れた。
 肩越しに、かぎ慣れたコロンに振り返り、驚いて、抗おうと振った肩を、ジェットの足首が素早く止める。
 背中に、優しい接吻が滑り、それから、柔らかな指先が、ハインリヒの奥を探った。
 ジェットが、笑いに唇を曲げたまま、逃がさない---誰のために?---とでも言いたげに、ハインリヒをもっと奥へ引きつけて、腿に手を添え、引き寄せた。
 そうされながら、ハインリヒは、声を殺して、けれどごく当たり前のように、後ろから繋がってくるグレートのために、もっと大きく足を開いていた。





 押し開かれる感覚と、押し入りながら、狭く拒まれる感覚と、粘膜を隔ててせめぎ合う。全身が、ぎりぎりとねじれ、ふたつの躯の間で、今度こそほんとうに、我を忘れて、背骨の鳴る音を聞いた。
 その音が、喉からこぼれ出る、自分の声なのだと気づいても、今は止める術も知らず、誘い込まれ、突き上げられて、ふたりの間で揺れながら、体を支えるだけで、精一杯だった。
 左肩を、甘く噛むグレートに、首をねじって振り向くと、夢の中のように、焦点の合わない、はしばみ色の瞳が見上げてくる。
 そのまま口づけたくて、無理な姿勢で、唇を開き、舌を伸ばそうとすると、それを止めようとして、ジェットが、下から強く、躯をうねらせる。
 元の位置に視線を戻せば、挑発するような笑みが、淡い緑の瞳に浮かんでいる。
 ジェットがまた、躯を揺する。
 グレートが、もっと深く、こすり上げてくる。
 ハインリヒの躯越しに、ふたりも繋がっている。
 生まれる熱の際限のなさに、まるで、金属と強化プラスティックのからだも、あっけなく溶けてしまいそうだった。
 ジェットの長い腕が、ハインリヒの脚を横切って、その後ろの、グレートの腿に伸びた。
 肉の薄い足を、指の長い手が引き寄せ、もっともっと、躯が、近く触れ合う。
 隙間もなく重なった躯の、前と後ろで、奇妙にずれたリズムが、波をつくる。
 もう、自分では動かなく---動けなく---なってしまったハインリヒを、ジェットが下から、声を立てて笑う。グレートにも、笑うジェットの躯のうねりが伝わっているのだと、ハインリヒは気づかない。
 ハインリヒの肩から伸びる、ジェットの足を、グレートがつかんだ。
 滑らかに動く、造りものとは思えないその足指を口に含み、それから、ぽっかりと開いた、噴射口の縁に、ざらりと舌を滑らせた。
 あ、とジェットが声を上げ、ハインリヒが、同時に軽く首を振った。ハインリヒの内側が、狭く動き、グレートも思わず、躯を引きそうになる。
 自分の躯越しに、何が起こっているのか、しかとはわからないまま、ハインリヒは、グレートから与えられ、ジェットに注ぎ込みながら、同時にふたりの間を繋いで、増してゆく熱の海の中で、呼吸さえ忘れそうになっていた。
 きりきりと、限界まで押し広げられ、引き絞られていた躯が、今は、汗だけではなく、湿り、なめらかに受け入れ、動き、揺さぶり、揺さぶられ続けている。
 重なる躯は、それぞれが、それぞれの位置で、それぞれの熱に翻弄されながら、それぞれの終わり方を模索している。
 背骨の根元が、ついに溶け、ハインリヒは、永遠に、呼吸を止めたと思った。
 まだ揺れ続ける肩越しに、ジェットとグレートが、視線を合わせて微笑み合ったことは、知らないままだった。


* 2003年10月、イベントにて無料配布 *

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