「あらし」 - 番外編

Riverside Hotel - Day 3



 明るくなっても、まだ絡まった手足をほどかないまま、ようやく眠りに落ちたのは一体いつだったのか、目覚めるともう午後も遅く、空腹に耐え切れなくなったとジェットが、アルベルトのコートから紙幣を抜き取って、外へ出て行った。
 着替えもないから、脱いだままだった服をそのまま着て、アルベルトを、外に近い側のベッドの足に、丁寧に縛りつけて。
 全裸で、薄いカーペットの上に引きずり出され、寝る前にやっとほどかれたネクタイで、今度は両手首をまとめて縛られ、ジェットはその作業を、黙々とやる。
 「何をする気だ。」
 「アンタ、ひとりにすると、すぐ里心がつくからな。」
 ベッドの向こう側に見える電話に、あごをしゃくる。
 そちらへちらりと視線を流してから、ずっとアルベルトを抱きしめたまま眠っていたジェットの、ほんとうの意図を悟って、これでは誘拐と変わらないと、そう思うけれど口にはしない。
 「心配すんなよ、すぐ戻ってくるって。」
 しっかりとネクタイを縛りながら、けれどそれだけは優しさのように、ベッドから毛布を剥ぎ取って、きちんとアルベルトをそれで覆う。
 床に横たわった姿勢で、長い脚を持て余すように歩いて部屋を出てゆくジェットを、黙って見送る。
 開いたドアから見えた外の世界は、もう午後も遅いというのに、やけにまぶしく見えた。


 大した時間も掛けずに、ジェットは、大きな紙袋を片手に、それから、大きな水のボトルと、すでに半分空になっている、少し小さいコーラのボトルを抱えて帰って来た。
 床から体を起こして、水を見た途端に渇きを覚えて、アルベルトは、少しかすれた声で、
 「・・・水・・・」
とつぶやいた。
 まるでピクニックのように、アルベルトのすぐ傍に腰を下ろし、床の上に戦利品を広げ、それから、ジェットは、きゅっとボトルのキャップをひねる。
 水色のボトルの口を、アルベルトに差し出して、喉を伸ばすアルベルトに向かって、ボトルを傾ける。
 こぼれる水が舌と喉を打って、けれど湿る程度で、水は去ってしまう。
 「ちょっと待てよ。」
 ボトルを床に置くと、ジェットは今気づいたと言うように、アルベルトの手首を縛るネクタイを解きにかかる。
 ようやく自由になった体を床に起こして、アルベルトは、しっかりと毛布を体に巻きつけて、それから水のボトルに手を伸ばした。
 ジェットも、残りのコーラを一気にあおった。
 ごくごくと、喉を鳴らして水を飲んで、濡れたあごの辺りを拭うと、ジェットが紙袋を開けて、中身の白い容器をアルベルトに差し出して来る。
 温かなその中身は、スクランブルエッグとベーコン、ゆでてから軽く炒めたポテト、それから、バターを塗った薄いトーストが数枚、一緒に入っていたプラスチックのフォークを取り上げて、アルベルトは、柔らかそうな卵をすくった。
 ジェットはフォークを使わずに、指でつまんだベーコンを早速片付けにかかっている。
 ベーコンの塩味の強さに、ほんの少し閉口しつつ、また水を飲んで、丸1日ぶりの食事だと言うのに、胃が小さくなってしまっているのか、アルベルトは全部食べ切ることができずに、トーストとポテトを半分ずつ残した。
 熱い紅茶が飲みたいと、思いながら、自分の分はきれいに平らげてしまったジェットを眺めていた。
 空になった容器やコーラのボトルをテーブルの上に上げ、ベーコンの油やバターのついた指を舐めるジェットを見ていて、自分が、とても場違いなところにいるのだと、アルベルトは思う。
 巻きつけた毛布を握る右手を見下ろして、それから、部屋の中を見回した。
 ボトルを取り上げて、首を伸ばして水を飲むジェットの、動く喉を眺めながら、アルベルトはゆっくりとその場に立ち上がった。
 「・・・シャワーを、浴びてくる。」
 毛布を引きずりながら、ジェットの長い脚をまたいで、アルベルトは振り向かずにバスルームへ向かった。


 わざわざバスルームにシャンプーが置いてあるような、そんな洒落た場所ではなかったから、それだけ用意されている小さな石鹸で、ぬるいシャワーを浴びた。
 そうして、ようやく人心地ついてバスルームを出ても、脱いだ---脱がされた---服を改めて着る気も起こらず、アルベルトはまた毛布を体に巻いて、ジェットの傍へ戻った。
 ジェットは、今はテーブルの傍の椅子に坐り、片膝に足首を乗せて、こちらへやって来るアルベルトを、目を細めて眺めている。
 がたがたと、椅子を揺り椅子のように鳴らして、肘置きに置いた掌に、奇妙に力が入っているのが見て取れた。
 目的のないふたりが、何もない空間ですることは、ただひとつしかない。
 食べること。眠ること。躯を繋げること。
 空腹は満たされた。これから、眠りを引き寄せるために、躯をまさぐり合って、疲れなければならない。
 ジェットの目の前に立って、アルベルトは、まるで何かの衣装のように、体に巻いていた毛布を開いて、広げて、芝居がかった仕草で、両手からばさりと床に落とす。
 毛布に引かれたように、床に膝を折って、ジェットの足首を、乗っていた膝から下ろすと、そこに顔を埋めるために、ジェットの膝を開く。
 ジェットは無表情に、アルベルトの手元に目を落としている。
 ジーンズの前を開けて、唇を寄せれば、すぐに反応してくる。添えた右手の中で、その掌の硬さに応えるように、血の流れる生身のそれは、脈打ちながらアルベルトの舌を侵す。
 アルベルトの首や背中を撫でながら、椅子の上でだらしなく体を開き、ジェットの声が、少しずつ湿る。
 ジェットに触れながら、自分の下腹を撫でようと、左手を下に伸ばした時、ジェットの指が、アルベルトのあごを持ち上げた。
 見上げたジェットが、軽くあごを振りながら、アルベルトの両腕をつかむ。引き上げられて、引き寄せられて、促されるまま、ジェットの膝の上に乗る。
 唾液に濡れたジェットのそれと、まだ触れられずに、かすかに慄えているように見えるアルベルトのそれと、ジェットは見下ろして、ふっと鼻先で笑った。
 「・・・しゃぶってるだけで勃ててんなよ。」
 椅子がきしむのに構わず、アルベルトの腰に両腕を回して、触れ合うように抱き寄せる。アルベルトは慌てて、椅子の背に腕を伸ばした。
 ジェットが、椅子から軽く腰を浮かせた。
 「右手、使え。」
 命令するように、下からアルベルトの視線をとらえて、低く言う。
 また下から揺すぶられて、アルベルトは、左腕をジェットの首に回すと、そろそろと右手を下へ下ろした。
 傷つけないかと、びくびくしながら、触れる。少しずつ形の違う熱をふたつ、重ねて、こすり合わせて、そこに機械の右手を添える。
 動きを強いるように、ジェットの掌がアルベルトの腰を、もっと近くへ抱き寄せる。
 アルベルトは、ゆっくりと、そこで右手を使い始めた。
 張りつめた、滑らかではない皮膚の上を、わずかに凹凸のある、つるりとした金属の手指が、ぎこちなく動く。自分で触れることさえためらわれるその手で、ジェットに触れて、先走る湿りに、指先を押しつける。
 ジェットの肩に腕を置いて体を支えて、アルベルトは、右手でこすり上げながら、ゆるゆると動き始めた。下腹をこすり合わせるように、ジェットの膝の上で、腰を揺らして、けれどそれでは足りずに、潤んだ瞳でジェットに媚びる。
 すりつけて、生暖かい機械の掌でこすり上げて、指先で湿りを交ぜ合わせて、今はまだ服を着たままのジェットの膝の上で、全裸で腰を揺する。惨めで浅ましくて、そうして淫らさを強要されて、もっと欲情する。
 ジェットも、一緒に。
 ジェットが不意に、首を伸ばして、アルベルトの唇を舐めた。たまらずにジェットの舌先を絡め取ろうと、舌を伸ばして、唇を深く重ねた。
 唇の中で、唾液が絡む。指先で、別の体液が絡み合っていると、同じように。
 腰に添えられていたジェットの手が、するりと下へ滑った。そうして、形のいい指先が、薬指から順に、両手とも、からかうように、触れて行った。
 びくりと、腰が跳ねる。思わずジェットの胸に寄りかかって、欲しがるくせに、躯は逃げようとする。ジェットの指が、追い駆けてきた。
 どの指かはわからない。数本、いきなり入り込んできて、前触れもなく、押し開く。乱暴に触れられて、アルベルトはまた逃げようとする。
 「右手、ちゃんと動かせよ。」
 痛めつけるように、指が、また増えた。
 ジェットの肩に額を乗せて、声を飲む。椅子がきしむ。ジェットが、まるでリズムを取るように、両方のかかとで床を交互に蹴った。
 アルベルトは、必死に右手を動かして、ジェットを満足させようと、もっと腰を揺する。そうして、その動きに合わせて、ジェットの束ねられた指が自分を侵すのに、いつの間にか、夢中になっていた。
 躯の内側と外側を、まるで入れ替えるように、入り込んで来た指が、狭くうねる筋肉と粘膜を、限界まで押し開く。引き裂く手前の、苦痛のぎりぎりで、意識が白っぽく濁った後に、突然透明になる。
 指先が、中でばらばらと動く。内側の熱を、かき出すように、最奥へは届かずに、粘膜をすり上げる。
 それで充分だったけれど、それだけでは足りずに、アルベルトは、そこから先へは進めない右手の中に焦れて、ついに手を動かすのをやめてしまった。
 ジェットが大きく舌を打って、アルベルトから指を外すと、まるで気に入らない家具を蹴飛ばすように、アルベルトを床に突き飛ばした。
 カーペットに頭を押さえつけられ、泥の混じった埃くささに、一瞬こみ上げた吐き気を飲み込んで、けれど開いた喉が、小さな悲鳴に裂けた。
 ジェットの指に、乱暴に開かれていた内側に、もっと乱暴な仕草で、ジェットがいきなり入り込んでくる。
 高く抱え上げられた腰に、突き立てられて、いきなり届いた躯の奥が、背骨の底をきしませる。
 床に落ちていた毛布をいつの間にかたぐり寄せて、アルベルトは、思い切りそれを噛んでいた。
 カーペットにこすれて、膝が痛む。頬の皮膚も、赤くすりむけてしまいそうだと、固く目を閉じて思う。
 ジェットが、アルベルトの両手を取って、背中にまとめてねじり上げた。
 胸と肩に、ジェットの重みがかかる。押し潰されて、息もろくにできずに、アルベルトは全身の骨をきしませた。
 ジェットが荒く吐く息の音が、背中に聞こえる。押し広げられて、引き裂かれた躯の中心から、注ぎ込まれる熱に背骨が割れた。
 唇を開いて、呼ぼうとした名前が思いつけずに、舌先だけが虚しくうごめく。アルベルトは、そのまま意識を失った。


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