The Restless Ones
scene #6
全裸に、膝下まである編み上げのブーツは、ひどく卑猥に見える。
後ろ手に、胸を反らせないほど、高い位置に両腕を縛られて、それでもジェットが、にやりと笑う。
床に両足を投げ出して、どんどんと、ブーツのかかとで床を蹴る。
編み上げの紐は、どちらもブーツの穴にさえ通さずに、まるで蛇のように、床の上をのたくっている。
ジェットの、投げ出した足の間にしゃがみ込むと、ハインリヒは、その長い、何か別のものを思わせる靴紐を、丁寧にブーツに通し始めた。
ブーツは、外歩きのためではなく、目立つために、身を飾るためのものだ。だから、爪先に、ほんの少しこすれた跡がある程度で、ジェット自身の皮膚のように、なめらかに張りつめている。
ふくらはぎや、その裏に当たる部分を、まるで、ジェット自身を撫でるように、掌でそっと撫でる。そうしながら、わざとゆっくりと、焦らすように、靴紐を、ブーツに無数に開いた穴に、順に通してゆく。
いくつか通すたびに、ぎゅっと、紐を引いて、締める。ジェットの目を見ずに、ただ、自分の手元だけを見つめている。
ジェットが、ブーツに触れている指先に、目を凝らしているのだと知っていた。
動く指先が、自分に触れているのだと、頭の中で錯覚しているのだと、知っている。
だから、ブーツから、ほんの少し視線をそらしたその先で、ジェットの熱が、勃ち上がりつつあるのが、ちらちらと視界の端をかすめる。
痛いだろうとわかっていて、最後の穴を通り終わった紐を、食い込むほど強く、結ぶ。
骨張ったジェットの膝が、くっきりと、皮膚の上に形を現して、少し赤みを増していた。
もう一方の紐を結び終わる頃には、入れたばかりの刺青---濃い青の、Aの文字---が、少し顔を傾ければ、見えそうなほどになっていた。
こんなことくらいで、こんなに欲情できるほど、一体何を考えているのだろうかと、ジェットに訊いてみたくなる。
こうやって、縛られたり、痛めつけられたりすればするほど、頬を上気させて、濡れた舌を淫猥に動かして、唇を湿らせて見せる。もの欲しげにこちらを見上げて、媚びているように見える目つきで、こちらの欲情を、油断なく探り当てようとする。
媚びではない。欲しがっている。けれど、媚びてはいない。
むしろ。
オレが欲しがるだけ、やれるもんならやってみろよ。
不敵な挑戦に見える。
際限も、底もないように思える、ジェットの欲情を満たすために、広い肩や、しっかりと筋肉のついた背中や二の腕を、ねじ曲げ、無理に反らし、縛りつけたり、時には踏みつけたりしながら、どこまで行き着こうと、ジェットはいつも、もっとと、ねだる。
もっとひどく、もっと手荒に、もっと長く。
もしかすると、殺されたがっているのかもしれないと思いながら、ふと、心中も悪くないと、思い始めている自分を見つけて、ハインリヒは、こっそりと驚愕する。
首に巻いた、太い革の首輪から伸びた鎖を引き上げて、床に膝立ちにさせると、不意に思いついて、鎖を手にしたまま、ハインリヒは上体を、そっとジェットに向かって傾けた。
唇だけを触れ合わせて、他のどこにも触れてやらずに、接吻を交わす。
開いた唇から、舌を差し出して欲しがるジェットに、強くは舌を絡めずに、羽で撫でるような、まるで、純情な恋人同士のような接吻をしてやる。
焦れて、舌を取ろうとするジェットをかわし、舌先だけ与えて、追って来ようとすると、首を吊るほど強く鎖を引いた。
唇を外すと、捨てられた犬のような目でこちらを見上げ、今にも憐れな声で、鳴き出しそうに見えた。
つかめば、指先を弾き返しそうな、硬い筋肉のついた腿の間で、欲情の証拠が、濡れて光っている。
そこに絡みつく、黒い指と手が、目の前に浮かんで、凶暴な嫉妬が、一瞬で沸騰点に達した。
首輪の鎖は、上に引き上げたまま、ジェットの、胸に着けたリングに通った鎖を、いきなり手前に強く引いた。
指先に、華奢な鎖が食い込む痛さよりも、ジェットの、ひどく敏感な胸の突起が引きちぎられる痛みの方が、強いに違いなかったけれど、そうすればそうするほど、ジェットが悦ぶだけだと、わかっていたけれど、ジェットの、底なしの欲情の中に飛び込んで、その底にたどり着ければ、自分の勝ちなのだと、何の脈絡も、根拠もなく、思う。
乱暴に肩を突き飛ばして、床に倒れたジェットの足を、無言のまま抱え上げた。
両肩で、ブーツの足が揺れている。
優しさのかけらもなく、ジェットの中に突き上げながら、なだらかな下腹の辺りに見える、自分の名を記した文字を、盗み見ていた。
そう命じた通り、ジェットは、胸を通った鎖を噛んで、声を殺している。
背中に敷いた、拘束されたままの両腕が痛むのか---それとも、ハインリヒのせいか---、顔を歪めて、頬や首筋を真っ赤にして、折り曲げられ、ねじれた体を、ハインリヒの下で揺する。
こうやって、真正面から犯せば、ジェットが望んで刻んだ、自分の名が見える。
服従と、所有の印だと言いながら、実のところは、ジェットにとっては、勲章のようなものなのかもしれない。
痛みに耐え、それを歓びに変えることができるという、奇妙な才能の証し。
苦痛だけが、ジェットを満たす。
こうして、踏みにじられながら、決して踏みにじられることはなく、貪欲に取り込んで、犯されながら、侵している。
体中に穴を開け、輪を通し、そこに鎖を通して、痛めつけられるために、その鎖の先を差し出しながら、その鎖の先は、ハインリヒの首に、しっかりと巻かれている。
乱暴に、触れることさえためらわれる部分に、針を刺し、色を流し、ハインリヒのものだと、痛みを込めて、印を刻む。けれど、そうしながら、ジェットは、ハインリヒの骨の内側に、自分の存在を、見えない針と、見えない色で、欲情とともに刻みつける。
淫らに手足を絡みつかせ、粘膜と粘膜をこすり合わせて、あり得ない形で犯し合う。
望んだ形に苦痛を与えてくれるなら、誰でもかまわないのかとは、恐ろしくて問えず、けれど、ジェットの欲情の中にひたりきることは、もっと恐ろしく、この、ねじ曲げられて、貪る躯が自分を捨てることは、想像することすら耐え難い。
支配したいわけではなかった。けれど、それがジェットの求めるものだったから、支配者のふりをして、そうするうちに、支配すると言うことは、支配される者なしには成り立たないのだと、気づいた時には、耳の奥に聞こえるのは、足元から聞こえる、高笑いだけだった。
ジェットが、あえぐ犬のように、大きく口を開けて、舌をだらりと伸ばして、声を放った。
舌の先に引っ掛かっていた鎖が、唾液に濡れて光りながら、しゃらりとジェットの喉を滑る。
「・・・落とすなと、言ったろう。」
弾む息にかすれる声を低くして、言いながら、いっそう強く押し入った。
ジェットがまた、声を上げる。
「うるさい。」
腹を立てたふりで言い捨てると、肩に乗せた足ごと、体を倒して、ジェットを抱き込む。
ブーツの爪先が、ハインリヒの腕に押さえ込まれて、とんと床を蹴った。
ジェットが、苦しさに、また喘ぐ。
背高い、ジェットの体を、無理矢理に折り曲げて、押し潰しながら、行き着くことよりも、ジェットを苦しめることだけに腐心する。
腹の間で、こすられて、ジェットの熱が、ぬるりと滑る。
「・・・色きちがい。」
揶揄するように、耳元で、侮蔑の言葉をささやくと、ジェットが、喘ぎながら、にやりと唇をねじ曲げた。
「こ・・・今度・・・は、アンタの名前、全部、だ。」
しゃべる、同じリズムで、ジェットの内側が、息を飲むほど強く締めつけてきた。
思わず躯を引きかけながら、横顔で、まだ微笑んだままでいるジェットに、思いもかけない愛しさがわいて、ハインリヒは、汗に濡れた頬をすりつけた。
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