The Restless Ones

scene #7



 少しばかりお遊びが過ぎたのか、ジェットが熱を出した。
 とんでもないところに入れた刺青は、あのまま何事もなく色を落ち着かせたので、すっかり安心していたのに、夕べジェットのそそのかしに乗って、少々乱暴が過ぎたのか、ジェットは赤い顔をして、珍しくくたりとベッドの中で手足を脱力させている。
 「大丈夫か。」
 思いもかけずに優しい声が出て、ジェットが、額に伸びたハインリヒの手を、横目で眺めて、へへっと笑った。
 「だりィ。」
 わかりやすい一言がこぼれて、言った通りだるそうに、また目を閉じる。
 ベッドの中では何もつけない全裸が、うっすらと赤く染まって、ぬるりと汗が浮いている。
 まるで手負いの獣だと、思ってから、ハインリヒは、その手を肩に滑らせた。
 「おイタが過ぎたな。」
 うかうかと誘いに乗った自分を戒めるためにも、ジェットをたしなめるためにも、少しばかり重い声を出して、ハインリヒは唇を結んで、わずかに苛立ちを---ふりだけだけれど---、頬の辺りに刷いてみる。
 あちらに向いていたジェットが、ハインリヒの手に添うように首を伸ばしてから、くるりと肩を回して、こちらに寝返って来た。
 ハインリヒの手を取って頬に乗せ、またそのまま目を閉じる。
 「こんな熱なんか、すぐ下がる。」
 「熱が下がっても、しばらくはおとなしくしてろ。治るまで、何もするな。」
 色の褪せたジェットの唇が、ハインリヒの言葉に合わせて尖った。


 いつものように、胸に通したリングに鎖を通し、それを、ちぎれるかと思うほど強く引っ張ってやった。
 その後で、左耳のリングに、その鎖を繋いで、それから、後ろ手に縛ってから、仰向けに床に転がした。
 ジェットは脚を開いて、腰を持ち上げて、そこに入れた刺青をハインリヒに見せつけながら、かすれた声でねだり続けた。
 張りつめた腿に、ちょっとだけ触れてやり、膝を撫でて、ようやく指を滑り込ませてやると、待っていたように誘い込まれる。慣らす必要さえないほど、開き切っていた。
 まだ、今日はそこへは入り込んではいない。だから、ジェットが焦れて、腰を揺らしている。
 指を増やすと声が大きくなって、もっとと、恥ずかしげもなく求めてくる。
 最小限しか触れてやらずに、指を外すと、支えを失ったように、ジェットの腰が床に落ちた。
 代わりに、不自由な体を起こそうとして、もがきながら、ハインリヒに媚びた視線を投げかけてくる。
 「お預けくらい、いい加減に覚えろ。」
 「くれよ、アンタの手くらいなら、突っ込めるだろ。」
 長い足を伸ばして、両脚の間にハインリヒを引き寄せようとしながら、恐ろしいことを平然と言う。快楽にばかり集中しすぎて、現実が見えなくなっているのかもしれないと、思って、ハインリヒは、ジェットの言葉をするりと無視した。
 ジェットの開いた脚の間で、指先だけでジェットを責めながら、物足りなさを、自分勝手に補おうと目を閉じてしまったジェットに、ハインリヒは、様々な言葉を、低い声で投げかける。
 声に反応するように、ジェットの内側が、次第に熱を増す。
 その熱が、移ってしまったのかもしれなかった。
 床から浮いたジェットの腰を支える脚が、ずっと震えていた。汗のにじんだ硬い腿の内側に歯を立てて、ジェットの中で揃えて束ねた指をほどき、唇に触れるジェットの皮膚が、ひくりと波打つのを感じていた。
 ほんとうに、ジェットの言った通り、放っておけば、そのまま掌まで、するりと飲み込まれてしまいそうな熱さだった。
 ぬるりと手を引いて、ジェットの熱から解放されて、いきなり冷たい空気に触れた指先に、一瞬目を奪われてから、このままでは、全身をジェットに飲み込まれてしまいそうだと、馬鹿げたことを考える。
 突然、ジェットに、直接触れることを恐れる気持ちが湧いて、それを押し隠しながら、ゆっくりと立ち上がった。


 ジェットの声を聞いていたかったから、胸に繋げた鎖を噛ませることはせず、左耳に繋げたままで、うつ伏せになったジェットの腰に、優しく触れた。
 けれど、内側に触れるのは、ハインリヒではない。
 それは、グロテスクな道具たちにやらせる。
 ジェットのコレクションから、ジェット自身に選ばせて、自分がそんなもので触れられたら、きっと狂い死にするだろうと思いながら、ジェットの柔らかな粘膜の中へ、そっと埋め込む。
 様々な色と形と、どんなふうに内側で動くのか、知りたくはないけれど、ジェットに訊いてみたい気はした。
 「なあ、もっと・・・」
 勝手に手を伸ばして、自分で動かしながら、ジェットが恨めしそうに声をかすれさせた。
 「足んねえ、もっと、デカいの・・・」
 言いながら、目の前に並んだバイブレーターの中から、大人の女の手首ほどの太さのものを、取り上げようとする。
 「おい、無茶するな。」
 「心配すんなって。」
 目元を赤く染めて、ジェットがにやりと笑う。
 「アンタだって、オレがイクとこ見たいんだろ?」
 言いながらもう、見せつけるようにそれに舌先を這わせて、ハインリヒが止めないのを見定めると、もう一度にやりと笑った。
 口の中におさめるのも一苦労しそうなそれを、ジェットが、脚の間に滑らせて、それから、ハインリヒの手を取った。
 「・・・手伝ってくれよ、ご主人様。」
 ささやく声に、抵抗を封じられたように、ジェットの手に、自分の手を重ねて、ジェットが息を止めた音を聞いた。
 足を広げ、腰を軽く持ち上げて、先端をあてがって、ゆっくりと押し込む。
 ジェットの、いつもはなめらかな腹筋が、呼吸に合わせてきれいに割れた。
 厚い胸を上下させながら、集中するように目を閉じて、ハインリヒと掌の位置を入れ替えると、ほら、と先を促すようにあごをしゃくる。
 ゆっくりと、傷つけないように---もしかすると、ジェットは傷つきたいのかもしれなかった---、手に力を入れて、いつの間にか、ふたりは呼吸を揃えていた。
 ジェットが、ぎりっと歯を食い縛って、時折声を上げて、一体どこらへんが快楽なのか、ハインリヒには見当もつかなかったけれど、ジェットが求める通りにしてやりながら、上目にジェットの表情を盗み見る。
 湿った呼吸にそそのかされて、ためらうこともなく、ジェットを、そんな形で犯している自分に、嫌悪の混じった暗いうずきを覚えて、ハインリヒは、少しだけ乱暴に手を動かした。
 さすがに軽口も出ないまま、ジェットが派手に声を立てた。
 動いているのが、自分だけの手なのか、ジェットの手なのかわからないまま、上半身を反らしているジェットに、そのまま覆いかぶさって行った。
 大きく開いた脚の間で、無茶な出入りを繰り返すそれに、ジェットは全身で応えていた。
 胸と細い鎖で繋がれた耳は、引きちぎれそうに伸びて、指先で鎖を弾けば、今にも血を吹き出しそうに見える。
 手を動かしながら、その耳を、ハインリヒはぎりっと噛んだ。
 そこに通ったリングに舌先を差し入れ、かちかちと歯を当てて音をさせて、それから、わざと鎖と舌先で弾いた。
 ひくりと肩を震わせて、ジェットの両腕が、ハインリヒにしがみつく。
 両脚が伸び切って、ハインリヒの胸の下で、ジェットの体が硬直した。
 声すらなく、痙攣だけを繰り返して、ジェットの肩や腰が、ゆっくりと床に沈んでゆく。
 死体のように横たわったジェットを見下ろして、色きちがいと、いつものように罵ってやろうとしたのに、どうしてもできなかった。


 ベッドから両腕を伸ばして、ジェットが腰に抱きついてくる。
 そのまま、腰のベルトに歯を立て、上目に様子を見ながら、ズボンのジッパーを、歯で下げようとして見せる。
 「こんな時くらい、おとなしくしてろ。」
 「熱がある時は、汗かいた方がいいんだろ。」
 こんな時すら、憎まれ口は忘れない。
 かちゃかちゃと、勝手にベルトを外して、唇を寄せてくる。
 「・・・オレの口に、出せよ。」
 舌の上も、喉の奥も、熱い。
 ほんとうに熱があるのだなと思いながら、ジェットの髪に、指先をもぐり込ませた。
 そうやって、まるでジェットから熱を取り去ろうとしているようだと、自分で思いながら、ハインリヒは、もっと別の場所の熱さを想像していた。
 火のようなジェットの熱さが、こちらへ移ってくる。
 そんな熱さを、じかに味わってみたいと、不意に思って、ハインリヒは、それに気づかないふりをするために、ぎゅっと目を閉じた。


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