The Restless Ones
scene #9
唇には軽く触れただけで、それから、からかうように、桃色の唇が、ハインリヒのあごを滑った。
胸を押しつけるように、首に両腕が回り、ぴたりと体を密着させてくる。
首に巻いた両腕は、絡みつくように動いて、いっそう強くハインリヒを引き寄せると、全身をこすりつけて、ハインリヒを誘う。
着ていた長いコートの肩に、ピュンマが、指の長い手を、前から差し込んだ。
「別に、深く考える必要はないよ。キミが思ってるほど、物事は複雑じゃないし、面倒でもない。」
コートが、ぱさりと床に滑り落ちた。
ピュンマの指が、薄いタートルネックのセーターの上から、胸やみぞおちに触れる。
ぞくっと、背中が震えた。
ジェットの時とは違う、何か冷たい感覚が、背骨を走る。心臓の辺りが、氷を当てられたように、ひやりとした。
セーターの下で、皮膚が粟立っているのがわかる。けれどそれは、不快によるものではない。
ふふっと、ピュンマが、掌を胸に滑らせて、喉の奥で笑った。
「キミにも、銀色が似合うかな。最初は多分、小さめのリングがいいと思うけど。」
指先が、もう硬くとがり始めている胸の突起を、布ごと挟んだ。
「・・・そんな趣味は、ない。」
ピュンマの腕を振り払わずに、声が、少し低くなる。
ばかにしたように、ピュンマの形のいい眉が上がった。
「そう思ってるなら、それでもいいよ・・・」
言いながら、すっとピュンマが顔の位置を落とした。指が離れ、代わりに、そこに唇が触れる。一瞬の間に、輝くような白い歯列に、くすぐるように甘く噛まれ、ハインリヒは思わず声を上げた。
やめろと、口では言ったけれど、ピュンマの肩を押し返そうとする手には、一向に力が入らない。セーターの上からの、もどかしい愛撫に、むしろ、放っておけば、自分で膚を剥き出しにしてしまいそうに、ふと思えた。
舐めるように、舌が動く。
時折、うずくよりも、痛みに近く、歯が食い込んでくる。そうして、ハインリヒは、そこに通したリングを引っ張られたがるジェットのことを思って、痛みが、痛みではなく知覚される感覚を、自分で味わっていた。
いつの間にか、セーターのすそが引き出されていて、背中にピュンマの掌が這い回っている。
そろそろ、立ったまま抱き合っていることがつらくて、ハインリヒは、何度も折れそうになった膝を、けれど必死で支えていた。
「ピアスを着けたら、もっと感じるようになるよ・・・。」
唇を少しだけ外して、ハインリヒを見上げて、ピュンマが言った。
動く唇の間から、濡れた舌先が見えて、その生暖かさが、触れていなくても膚の上に---直では、ないのに---感じられて、ハインリヒは目眩を覚えた。
ピュンマは、体を起こして、ハインリヒの右手を取ると、ほらと自分の胸に触れさせる。
薄いシャツの上に、くっきりと見えるリングの輪と、胸の突起と、指先でなぞると、ピュンマがかすかに息をもらした。
残念ながら、ジェットやハインリヒとは違って、膚の上に血の色は見えず、けれど、黒々と深い瞳は、泣いているのかと思うほど、濡れていた。
胸に置いた、ハインリヒの掌に自分の手を重ねて、またピュンマが唇を重ねてくる。
誘われるまでもなく、ハインリヒの指先は、舌を絡め合う間、ピュンマの胸で、勝手に動き始めていた。
ジェットとも、こんなまどろっこしいことをするのだろうかと、場違いに、ジェットのことを思い出す。ジェットなら、もっと大きな声を上げて、もっと大きな動作で、次をねだるだろうと、そんなことを考えている。
ピュンマが、ハインリヒのセーターを、ようやく肩近くまでめくり上げた。
「・・・何か、入れたいなあ・・・この辺りに・・・」
右肩の近くに掌を乗せ、潤んだ瞳が、うっとりと細まった。今はただ白いだけの膚の上に、針で彫り込まれた、何かの絵を想像しているのだと知れる。ピュンマが見ているそれを、知ってみたいような気がして、ハインリヒは、自分の胸元とピュンマの瞳を、交互に見た。
散々、布越しになぶられていた胸の突起が、もっと硬く立ち上がるのを、ふと感じて、ハインリヒは驚きながら目元を染めた。
その変化に気づいたのか、ピュンマの瞳が素早く動き、かすかに唇の端が持ち上がる。
唇を、そこへ寄せるふりをしながら、息のかかりそうな近さで、
「・・・触って欲しそうだね。」
ハインリヒは、唇を結んで、目を伏せた。
いつも、客を坐らせる椅子に、ピュンマがあごをしゃくる。力の抜けた足を、必死に動かして、転ばないようにしながら、ハインリヒは腕を引かれるまま、その椅子に坐った。
ハインリヒの、だらしなく開いた脚の間に、割り込むように立って、今はハインリヒを見下ろして、ピュンマがシャツのすそに手をかけた。
目の前に現れた、滑らかな腹と胸は、かすかに筋肉の線を浮き上がらせていて、ハインリヒは思わず椅子の背から体を浮かせて、その形を凝視した。
ジェットのそれと、よく似ている。けれど触れれば、手触りが違うだろうと、確信があった。
ハインリヒが、そこに手を伸ばすより早く、ピュンマの手が、ハインリヒのみぞおちに触れてくる。
そこからまた、改めてセーターを肩近くまでまくり上げながら、ピュンマの体が、椅子をきしませてのしかかってくる。
肘置きなどない、安っぽい椅子に、ふたり分の体重を乗せて、ハインリヒの両腕は、ピュンマの腰を抱こうかどうか、不様に迷っていた。
唇を舐められて、首筋にも舌が滑り、それから、椅子の背ごと、ピュンマの腕に抱きしめられる。
椅子からずり落ちないために、小柄なピュンマの体を、慌てて抱き止めて、それは、意図したことだったのかどうか、剥き出しになった胸同士が、互いに硬くなった突起同士が、ぶつかるように触れた。
ぴくんと、椅子とピュンマの間で、止める間もなく体が跳ねる。
こすり合わせる胸の間で、ピュンマが胸に通したリングが、皮膚を圧迫する。なまあたたかく体温に同化した、丸みを帯びた金属が、とがった突起をなぶる。
ピュンマを抱き寄せた腕に、力を入れようとした時、まるで逃げるように、ピュンマの胸が、すっと離れた。
瞬間、咎めるように、ねだるように、ピュンマに注いでしまった視線の色に、自分では気づかず、ハインリヒは、喘ぐように唇を開いた。
ハインリヒが、何か言うよりも先に、ピュンマが、絡みつくように、掌をハインリヒの脚の間に伸ばして来た。
淡いココア色の掌に、しっかりとした手応えを返していることに、ハインリヒは気づいていた。
うろたえて、まるで抵抗するように、爪先を床に滑らせた。
もう片方のピュンマの手が、ハインリヒをなだめるように、みぞおちに乗る。
上目で、様子を窺いながら、けれど瞳にからかうような笑みを浮かべたまま、ピュンマが、ゆっくりと体と顔の位置を、そこへ落として行った。
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