てのひらをかさねて - 番外編

食む



 ジェットが、何だかそわそわしていて、何か言いたそうに、じっと見つめてくる。
 服を脱いでベッドに入っても、いつものように、忙しく先へ進もうとはせずに、しきりにアルベルトの唇を触っていた。
 「どうかしたのか・・・?」
 下から訊くと、ジェットが、唇に触れる手を止めて、戸惑ったようにまた、アルベルトを見返してくる。
 視線を反らしては、また、真っ直ぐに戻し、唇が、ぱくぱくと、何度か開いたり閉じたりした。
 「なんだ?」
 重ねて尋くと、ジェットが、すっと頬を染める。
 ジェットの下から体を滑り出し、アルベルトは、肩を上げて、起き上がった。
 目を伏せて、意味もなく頬に触れて、ジェットがようやく、小さな声で言った。
 「あのさ、せんせェに、お願いがあってさ・・・」
 こんな時に、口にしづらいことなら、大体想像はつく。
 苦笑を隠して、ことさら難しい表情を浮かべて、アルベルトは何も言わないまま、その先を促した。
 「・・・いやなら、別にいいんだけど・・・」
 まだ歯切れ悪く、ジェットが口ごもる。
 空気に触れる肩が、ゆっくりと冷えてゆく。
 早く言ってくれと、じっと見返す瞳に言わせた。
 「・・・せんせェさ、口でするの、や?」
 ようやく意を決したように、ジェットが、できる限りの上品な、遠回しな言い方で、アルベルトを伺うように、上目に見る。
 「・・・口?」
 「口。」
 短く聞き返すと、さらに短く、念を押すように言われ、そうなってから、掘ってしまった墓穴に、片足を下ろしかけているのだと気づく。
 思わず、隠せずに、困惑を刷いて、黙り込んだ。
 ジェットがまた、上目に、伺うように見つめてくる。
 「いやなら、別にいいんだけど・・・もしかしてって、思っただけだから、オレ。」
 間の抜けた沈黙に、耐えきれないように、ジェットが早口に言った。
 それを聞き流しながら、あごを胸元に引きつけて、アルベルトは、自分の内を覗き込むように、少しだけ考える。
 見極めはつかなかったけれど、一応、伝えてみることにした。
 「いやじゃ、ない、と、思う。」
 言葉の間の間が、決心の弱さを表していて、さすがにジェットも、ちょっと困った顔をする。
 「じゃあさ、せんせェ、オレに、してくれる?」
 頼んでいる口調ではなく、ほんとうにいいのかと、確認する口調だった。
 そう訊かれて、また、もう一度、自分が言ったことを考える。考えて、それから、小さくうなずいた。
 「・・・やり方が、よくわからないし、君が、下手でもかまわないなら・・・」
 「やり方は・・・オレがいつもせんせェにやってるみたいで・・・」
 そう言われて、思わず瞳を上に押し上げて、記憶を手繰り寄せようとした。
 そんなこと、いちいち憶えてない。そう言い返しそうになって、思わず口を閉じる。
 ジェットが触れるやり方を、わざわざ意識したことなどなかったことに気づいて、アルベルトは、ほんの少し恥ずかしくなった。
 そうしているジェットを、きちんと眺めたことすらない。
 自分のためだけの、一方的なことだったのだと、初めて自覚して、罪悪感に胸が痛んだ。
 自分からは、あまりジェットに触れることもしない。
 頬を赤らめて、アルベルトは、これからは少し態度を改めようと、こっそりと決心した。
 「じゃあ、教えてくれたら、努力する・・・。」
 それだけやっと、小さな声で言って、ジェットの肩に触れた。
 ジェットは、そっとベッドから下りると、ベッドの端にアルベルトを坐らせ、その前に、すっと立った。
 右手を気にして、それは、腿の辺りに添えることにした。
 そこには、手を添える必要もないように見えた。
 時折掌に触れるのと、躯の内側で感じるのと、きちんと目の前に眺めるのとでは、形や大きさの感覚が、まるきり違う。こんな近くで眺めるのも初めてだなと、アルベルトはまた、頬を赤くしながら、罪悪感に胸を刺された。
 おそるおそる左手で触れ、そうしてから、ジェットがいつもどうしているかを、必死に思い出そうとする。
 噛んだりは、絶対にしないように。頭の中で、自分に言い聞かせながら、そっと唇を開いた。
 乾いた唇と、まだ湿りのない、柔らかな皮膚がすれて、もしかして痛めたかと、慌てて唇を外して、舌先で湿らせた。それからまた、ゆっくりと、唾液をためた舌を少し丸めながら、ジェットに触れた。
 右手の触れた腿が、ふっと硬張る感覚が、掌に伝わってくる。
 ジェットの反応に、いちいちびくびくしながら、アルベルトは、こわごわと先へ進んだ。
 包んでしまえば、他に思いつくのは、せいぜい舌を動かすことくらいで、それでも、触れられたい場所と、触れられたいやり方は、それなりに想像ができる。
 ゆっくりと顔を動かし始めると、上でジェットが、甘い声をもらし始めた。
 生暖かく、粘膜に包まれれば、それだけでも、それなりに満足できるのか、自分では動かないジェットが、舌の上で、少しずつ硬さと大きさを増してゆく。
 時折、舌と一緒に、左手の指を使いながら、アルベルトは、唇ではかるジェットの形を、ふといとしいと思った。
 こんなものに、美醜もへったくれもないのかもしれないけれど、どちらかと言えば、醜いと言いたくはなくても、奇妙な形をした器官だと思うそれを、よりによって、目の前に差し出され、それなのに、その形や熱さを、かわいらしいとさえ、思い始めている自分がいた。
 食む、としか表現のしようのないやり方で、舌を動かして、喉の奥を開きながら、アルベルトはいつの間にか、目を閉じて、自分のしていることに、没頭し始めていた。
 躯の奥でジェットを感じるよりも、もっと直接、刺激が伝わってくる。皮膚や粘膜の感覚だけでなく、頭上でジェットが、明らかに、アルベルトの舌の動きを楽しんでいることが、直に伝わってきて、その反応に、もっとそそのかされる自分がいる。
 ジェットの両手が、そっと、頭に添えられた。
 下手なことは間違いないけれど、初めての課題なら、及第点くらいは、もらってもいいかもしれないと思い始めた頃、ジェットが肩を押して、アルベルトから体を引いた。
 左手は添えたままで、知らずに上気した頬を上向かせると、同じくらい上気した頬で、ジェットが、熱っぽくアルベルトを見下ろしていた。
 「・・・せんせェ、そんな顔、他の誰にも、絶対見せないって、約束してよ。」
 え、と聞き返そうとするより、一瞬早く、ベッドの上に、また押し倒されていた。
 膝の間に、掌が滑り込み、腿を、唇で撫でてから、ジェットが、アルベルトがさっきまでそうしていたように、アルベルトに触れてくる。
 生暖かく包まれて、思わず、ジェットの頭を押した。
 それだけで、果ててしまいそうになって、ジェットに触れていた間に、放っておいたはずなのに、きちんと反応をしていたのだと気づいて、アルベルトは驚いた。驚いて、もっと頬を染めた。
 ジェットがわざと、濡れた音を立てる。
 喉を反らして、唇を噛んだ。
 膝の間に、ジェットの赤い髪をはさんで、ジェットも、同じくらい気持ち良かったのだろうかと、ふとそんなことを考える。
 こうして触れられるのは、嫌いではない。
 ジェットに、同じように触れるのは、もしかすると、もっと好きかもしれないと思いながら、それはまだ、けれど言わずにおこうと、アルベルトは、白く弾けながら、頭のすみでそう思った。


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