「あらし」 - 番外編
Gentle Whisper
他の男たちに比べれば、その、薄茶の髪の男の手は、ひどく優しかった。
押さえつけられて、脚を大きく開かされて、男たちは、次々に、中に押し入ってくる。情け容赦なく突き上げて、吐き出して、離れてゆく。
いつ終わるのか、わからない責め苦を、今はもう、意識を半分投げ出して、人形のようにただ受け入れるだけだった。
押し潰された体は、もう、感覚すらなく、腕も肩も、誰かが上で動くたびに、ぶらぶらと、それにつれてだた動く。
抵抗する気力など、もうどこにもなく、たとえあったとしても、抵抗は、無駄なだけでなく、もっと容赦ない拳と力をあおるだけだと知っているから、最初から従順に、腕や髪を引かれるまま、抗うこともなく躯を開く。
言葉の通じない男たちは、それでも何か、野卑な語彙で、品のない冗談を言い合いながら、また、アルベルトの細い薄い体に、のしかかってくる。
腰から下は、今はもうだるいだけで、挑んでくる男に向かって、膝を立てて、脚を開くのも、ひどく億劫だった。
死体か人形を抱いているのと、さして違いはないと思えるのに、まだ、それでも、柔らかさと体温を残した躯は、男たちの劣情をそそるには充分なのか、鈍く重く侵されながら、アルベルトは、ゆらゆらと頭を揺らしながら、生気のない水色の視線を、天井に向かってさまよわせる。
また、こんなことが、ずっと続くのだろうか。
夜も昼もなく、求められれば、言われるままに肌を晒して---服をきちんと着ていたことなど、あっただろうか---、目の前の相手のために、出来る限りのことをする。
口や舌や、掌や胸や、下肢ともっと躯の奥深くと、使えるすべて---彼らが使いたい、すべて---を使って、相手の欲情を満足させる。
あらゆる粘膜を侵され、あらゆる内側に入り込まれて、穴の開いた肉の塊として扱われ、肉色の蛆虫にされて、自分が人間と呼ばれる存在---目の前の、男同様---であることを、忘れることを強要される。
それが、日常だった。
自分の体を、使われること。侵されるための躯として、使われること。他人の欲情を満たす肉として、使われること。踏みつけにされる体として、使われること。それ相応の、金を払うつもりさえあれば、殺されることさえ受け入れる存在として、使われること。
首を締められたこともあった。呼吸さえできないほど、ねじ曲げられた体を、縛り上げられたこともあった。ナイフを皮膚に当てられ、血を舐められたこともあった。様々な道具を使って、躯の中を裏返されるような、そんな目に遭ったこともある。
そのどれも、受け入れなければ、もっとひどい目に遭うのだと、体に思い知らされていた。
目立つところに、目立つ傷跡が残っていないのは、心遣いではなく、価値が下がるからというだけに過ぎない。
痛みを感じる神経も、傷ついたと思う心も、この体の中にはないのだと、誰もが思っているのかもしれない。
いつか殺されるのだと、知っている。どんなやり方で、いつ、というのは、些細な違いでしかない。今まで殺された、仲間の少年たちのように、いつの間にか、この世から消えてゆく。自分で、自分を消さない限りは、いずれ、誰かの手で、誰かの欲情のために、殺される。
男が離れ、乱れた服を整えている気配の後、二言三言、それぞれが何か言い、男たちは、がやがやと部屋を出て行った。
床に、手足を、不自然な方向に伸ばして、体液と血にまみれた体を、もう隠す気力さえなく、アルベルトは、半開きの唇から、瀕死の小動物のような、かすかな呼吸だけをもらしていた。
足元に立った気配を、瞳だけを動かして、かろうじて視界に入れると、あの、奇妙に優しく微笑む、薄茶の髪の男が、笑っているくせに、ひどく冷たい瞳で、アルベルトを見下ろしていた。
髪の色に合わせたように、ほんの少し緑がかった、薄い茶色の瞳。優しいくせに、常に微笑みをたたえているくせに、冷たく底光りする、ぞっとするような、冷たい瞳。
笑いながら、人の首を締めるような、そんな男だと、その瞳の色が言っていた。
そっとしゃがんで、男の腕が、アルベルトの体を引き上げた。
「まだ、できるかな。」
笑いを含んだ声が、囁く。
抱き上げ、部屋のすみへ運ぶと、椅子の前に、男はアルベルトの体を下ろした。
アルベルトの手を引いたまま、その椅子に浅く坐り、開いた膝の間に、アルベルトを引き寄せようとする。
「おいで。」
言葉はわからない。けれど仕草と、虚ろに見上げた、男の薄茶の瞳の表情で、近くへ寄れと言われているのだと、わかる。
支えなしでは、床に坐っていることさえできそうないほど、すり切れて、疲れ切った体を、引き寄せられるままに、男の両脚の間に、引きずるように運んだ。
「ほら、やってごらん。できるだろう?」
頬の近くに引き出されたそれを、横目に見た。
乾いた口の中が、いっそう干上がる。
叫び続けた喉の奥が、ひりひりと痛んだ。
それでも、必死で唾液を舌の上にため、唇を湿らせて、喉の奥を、大きく開いた。
「いい子だ。」
男の手が、優しく髪を撫でる。
指が、細く柔らかい銀色の髪をすき、いとしげに、耳の後ろや頬に触れた。
「もっとうまくできるだろう? ほら、もっと奥まで・・・」
男が、軽く腰を揺する。
喉を突かれて、潤いの足らない口の中で、男の繊細な皮膚が、ゆっくりと張りつめてゆく。
こみ上げる吐き気に、けれど、必要なのは、胃液ではなく、唾液で、男から潤いを得ようと、舌を、あふれ出す部分に押しつけた。
触れる苦みに、また吐き気をこらえながら、アルベルトは、ゆるゆると顔を動かした。
「上手じゃないか。いい子だ。」
甘い声が、そそのかす。何をそそのかされているのか、わからなかったけれど、男の気配をうかがいながら、乾いた舌で、形と輪郭を、必死でなぞる。
男の両脚の間に顔を埋め、自分の醜悪な姿になど、心を馳せることもなく、ただ、求められているのだろうことを、従順に行う。
舌と唇を使って、男の欲情を誘って、満足させる。
うまくやれば、もう、痛めつけられずにすむ。
それしか、頭の中にはなかった。
「・・・子どものくせに、こんなことが上手いなんて、恥知らずだね。」
男がまた、腰を動かした。
頭を押さえつけられ、喉の奥を強く突かれ、そのまま、まるで唇を侵すように、男が動く。
もがくように、腕を振り上げながら、もう、流れるはずもないと思った涙が、滲んだ。
苦しさに、胸を喘がせて、呼吸を求めて喉を反らしたけれど、男は、一向に腕の力をゆるめなかった。
ふっと、一瞬、男が、口の中で動くのをやめ、それから、唇から、いきなり去った。
頬と口元に、熱く、体液が飛ぶ。思わず目を閉じて、それを避けようとしたけれど、しっかりと頭をつかまれて、首をねじることさえできない。
どろりと流れて、あごから首に、したたった。
男が、両手で、耳の辺りをはさんだ。
上向かされて、うっすらと目を開けると、上気した頬で、けれど恐ろしいほど冷たい目をしたままの男が、じっと、見下ろしていた。
恐ろしさと、悔しさと、恥ずかしさと、悲しさで、涙が、こぼれた。こぼれて、男が吐き出した、白い体液と、頬の辺りでまざって、流れて落ちた。
苦痛が、体中を満たしていた。
「・・・肌が、白いな。」
うっとりと、男が言った。その唇が、大きく横に裂けて、舌なめずりをする長い赤い舌が、どうしてか、見えた気がした。
また、涙がこぼれた。
濡れた目元を、その、男の長い、赤い舌が、舐めた。
「血が、似合いそうだ。」
甘い声が、また、囁いた。
もう、目を開いている気力さえなく、アルベルトは、そのまま、男の腕の中で気を失った。
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