「あらし」 - 番外編
Happy Birthday
「あのボウヤの、誕生日だそうだな。」
今日は、香りのきつい、ジンだった。
珍しく、舐めるような飲み方をしながら、グレートが、ぼそりと言う。
「誕生日?」
グラスのふちに唇を寄せたまま、グレートが、上目にアルベルトを見た。
「知らなかったのか?」
誕生日どころか、ジェットが、本名であるかどうかすら、知らないのに。
「・・・調べたのか?」
「大事なおまえさんを分け合う仲だ、身元調査は当然の気遣いだろう。」
さらりと言われ、思わず頬を染めた。
ふふっと、グレートが、まだグラスから唇を離さずに、軽く笑う。
「一緒に、あのボウヤの誕生日を祝うのも、悪くないだろう。」
一体何を考えているのか、ひどく穏やかなはしばみ色の瞳からは、読み取ることが出来ない。
ぞくっと、背筋に、冷たく走るものがあった。
酒を飲みながらの冗談だろうと思っていた---あるいは、少し悪趣味に、アルベルトを脅かしておきたかっただけか---のに、ジェットの誕生日を、3人で祝うために、レストランに予約を入れたからと、グレートから連絡があった。
指定されたレストランの名に、聞き覚えはなく、場所を教えられ、2月2日の8時にと言われ、わかったと、反論もせずに電話を切る。
酔狂で、自分の情人を盗んでいる男に会いたいなどと、グレートが言うわけがない。
どうせ、アルベルトの目の前で、ジェットに恥をかかせるつもりなのだろうと、見当はつく。
鬱陶しいと思いながら、ジェットが現れなければ、翌日には必ず、病院へ送られる羽目になることがわかっていて、そんなところに、鼻とあごを砕かれたジェットを見舞いたくはないな、と思う。
ジェットが果たして、来ると言うだろうかと、アルベルトはため息をこぼした。
「いいぜ、別に。」
少しだけ、凄んだ声で、ジェットははっきりとそう言った。
一瞬、聞き間違いかと思い、軽く頭を振って、何だって、と聞き返しかけ、
「行く、って言ったんだ。」
ジェットが先に繰り返した。
唇を一度噛んでから、目の前のジェットに、そうか、とだけ言った。
アパートメントの建物から駐車場へ出て来たジェットを見て、アルベルトは、思わず舌を打ちそうになった。
いつもの、足の線のあらわな、細身のジーンズ、白いTシャツ、それから、袖を切ったデニムの上着、肩に重たげな、ごわごわとした布地の、アーミーコート、足元は、おそらく爪先に鉄板の入っている、編み上げのブーツ。
じゃらじゃらと、アクセサリーをつけていないのが救いだと、そう思う。見える場所に刺青がないのも、幸いだった。
急いでどこかで、服を一揃い揃えてやろうかと思ってから、やめた。
入り口で、その服装のせいで断られるなら、会うのを断る口実になる。会わないなら、その方がいい。
ジェットと一緒に、恥をかく覚悟を決めて、アルベルトは、助手席に滑り込んで来るジェットに、じっと視線を当てた。
表通りから、少し外れた、淋しい裏通りにあるその店は、構えは小さかったけれど、それゆえに、通の客しか相手にしないと言いたげで、ドアを開けた瞬間に、そこに立っている、スーツに一分の隙もない男が、アルベルト後ろにいる長身の赤毛に、視線を奪われたけれど、一筋の驚きも、浮かべなかった。
さすが、プロのプライドが売り物の、高級レストランだと、アルベルトは、少しだけ揶揄を込めて思った。
スーツの男の背後に見えるレストランの中は、丸いテーブルが、品よく、決して詰め過ぎずに置いてあり、思った通り、ほとんど埋まっているテーブルの客のどれも、スーツとネクタイが、最低の服装だった。
スーツの男は、にこやかな笑みを浮かべて、足を一歩、後ろに引いた。
「ブリテン様が、お待ちです。」
追い出される覚悟で、脱がなかったコートの袖の中で、思わず拳を握りしめる。
店のドレスコードを曲げる程度に、大事な客ってわけか。
促されて、立ち去るわけにも行かず、ジェットの方を、怖くて振り向けず、アルベルトは、そっと深呼吸して、店の中に向かって、足を前に踏み出す。
テーブルの間を縫うふたりの姿に、客すべての視線が注がれる。
あんな格好のガキを入れるのか?
品の悪いフランス語が、背後で聞こえた。
振り返って、にらみつけてやろうかと思ったけれど、ジェットに説明するのが鬱陶しく、首筋を引きつらせながら、無視することにした。
後ろから、首筋に注がれる、ジェットの、強い視線を感じていた。
説明もなしで、こんな店に連れて来やがって。
そんな声が、その視線から聞こえたけれど、まさか、中に入れてもらえるとは思っていなかったと、言うだけ無駄だろう。
まるで、わざとのように、ゆっくりと先へ進むスーツの男に従いながら、このまま、今すぐきびすを返してしまいたいと、アルベルトは思った。
いちばん奥の辺り、さらにテーブルがゆったりと置いてあるスペースの、すみの辺りに、グレートがいた。
アルベルトの姿を認め、いつものように、優雅に笑って見せる。
手元には、琥珀色が、半分程に減ったグラスが、ひっそりとあった。
グレートの隣りに坐るつもりで、椅子に手を掛け、後ろにいるジェットに振り返って、グレートの向かいにある椅子を、目線で示す。
やっとコートを脱ぐために、襟に手をかけると、さすがに雰囲気に気圧されたのか、ジェットがそれを止め、コートを脱がしてくれた。
ひとつ空いている椅子にコートを置き、そこに自分の、カーキ色のコートを重ねて、ようやくジェットが席についた。
「誕生日、おめでとう。」
両手を、あごの前で組み、にっこりと微笑んで、グレートが言った。
「・・・サンクス。」
唇を突き出して、ぶっきらぼうに、ジェットが返した。
椅子を、わざとテーブルの近くには引かず、大きく足を開いて、不機嫌もあらわに、テーブルの上をこつこつと指で叩きながら、ジェットは、少し伏し目に、アルベルトとグレートを交互に眺めた。
どちらにも視線を当てられず、アルベルトは自分の手元に視線を落とし、居心地の悪さを眉の間に刷いて、無言のままグレートに、アンタに似合わない悪趣味だと、そう横顔で伝えようとしてみる。
もちろん、そんなことは、先刻承知に違いなかったけれど。
音も立てずに、触れれば切れそうな、白いシャツの襟を光らせたウエイターが、深紅の革張りのメニューを運んで来た。
ジェットの姿に、こちらも眉ひとつ動かさない。
店のすみずみにまで、グレートが、今日のこの小さなパーティーの意図を、行き渡らせているらしかった。
ウエイターが口を開いた途端に、ジェットが、え、と小さく声を上げる。
ウエイターは、それでもまた眉一筋の動きもなく、ジェットに向かって、同じ台詞を繰り返した。
「心配しなくていい、メニューは全部こちらで選ぶから。」
英語で、ジェットに素早く言い、ウエイターには、フランス語で返す。
店の名前がフランス語だったことで、先に気づくべきだったと、舌を噛み切りたい思いがした。
入り口で、スーツの男が英語を使ったことで、そうと気づきもしなかった、自分の愚かさ加減を呪う。
高級な、フランス料理の店、メニューはもちろんフランス語で、店の誰も、フランス語を使って接客する。そんな当然のことに、思い至らなかった自分は、よほど、グレートの思惑に気を取られていたのだろうと、思わず笑い出したい気分になった。
ちらりとグレートを見ると、相変わらず涼しい表情のまま、どうした、とすら尋かない。
悪趣味だぞ、あんたらしくもない。
唇だけで、そう言った。
ジェットは、憮然とした表情で、ますます唇をとがらせ、ぽん、と、並んだ皿の上に、メニューを放り投げた。
かしゃんと、触れた皿が音を立てる。その不作法を咎めることは、今のアルベルトには出来ず、さすがに、ふっと口元を硬張らせたウエイターに、にっこりと作り笑いを向け、ジェットと自分のために、素早く注文を口にする。
グレートが、ゆっくりとメニューを検分し、ウエイターとにこやかな会話---もちろん、イギリス訛りの、少したどたどしいけれど、好感の持てるフランス語で---を楽しむ間に、アルベルトは、上目にジェットを、ようやく見た。
不機嫌を通り越して、怒り出さないのが不思議なほどの、固い表情で、ジェットもちらりとアルベルトを見返す。
いっそ、席を立って出て行ってくれないかと、ふと思う。
それでも、おそらくアルベルトのために、明らかに、恥をかかせるために自分を呼んだグレートに、口答えもなく耐えているジェットに、アルベルトは、心の底から感謝した。
テーブルの下で、ウエイターの方を向いているグレートのことを伺いながら、アルベルトは、そっと手を伸ばした。
ジェットの、骨張った膝に触れ、細い腿の上に、そっと左手を置く。
驚いた表情のジェットが、アルベルトに視線を当てたまま、その手に、自分の掌を重ねて、強く握った。
運ばれて来た料理に、ジェットは目を見張って、皿とアルベルトを交互に見る。
フォークを取り上げながら、アルベルトは、ふと思いついたことをそのまま口にした。
「好きに食べればいい。せっかくの誕生日なら、無礼講でもかまわないだろう?」
ジェットに微笑んで、その笑みを、そのままグレートに向ける。
意趣返しのつもりだった。
したいなら、遠慮なく手づかみで食べてもかまわないと、目顔でジェットに伝えながら、これで少し気が晴れたと、アルベルトは、自分のために、少し意地悪な笑顔を浮かべる。
「無礼講、いい考えじゃないか。」
一向に、アルベルトの皮肉など伝わらない、あるいは、神経にも刺さらないふうに、グレートが涼やかに言う。
ジェットは、はっきりとアルベルトを味方につけて、少し心強くなったのか、適当なフォークを取り上げ、皿の料理に手をつけ始めた。
遠慮のない音を立てるジェットの隣りで、アルベルトはきりきりと痛む胃に、できればもっとゆったりと楽しみたい、目に鮮やかな料理を、小さなかたまりにして飲み下す。舌に乗った何も、味がなかった。
ジェットは、周りの人間が、目をそばだてているのにも気づかないように、ほんとうに、指を使って、料理をうまそうに、口に運び始めた。
お世辞にも、洗練されているとは言い難いマナーだったけれど、口元のソースを拭う仕草には、少なくとも料理に対する賞賛があふれていて、張大人の中国料理の店でなら、りっぱに通用しそうな振る舞いだった。
グレートが懲りないなら、今度は、逆にこちらが、張大人の店に招待してやろうと、ワイルドな仕草で料理を咀嚼するジェットを見ながら、少しだけ気分が軽くなる。
一足先に、皿を空にしたグレートが、テーブルに頬杖をつき、笑顔を崩さないまま、ジェットとアルベルトを交互に眺めていた。
するりと、手が、テーブルの下で、伸びて来た。
さっき、料理が運ばれる前に、アルベルトがジェットにそうしたように、グレートの柔らかな手が、腿の内側に、そっと触れた。
指先が、なぶるように、もっと先へ進む。
一瞬動きを止め、ジェットに気づかれないように、グレートの方へ目くばせした。
ナイフを置いて、からかうように動くその手を、止めてやろうかと思ってから、そうすれば、事があからさまになると、必死で舌先を噛む。
指先は、もっと遠慮なく動き始め、ゆったりとテーブルの端に垂れたテーブルクロスのおかげで、他からは見えないのをいいことに、ファスナーの金具を探り当てた。
声を飲んで、ナイフとフォークの動きだけを見つめながら、アルベルトは、思わず開いてゆく膝を止められない。
首筋に血が上り、不自然に、肩が揺れた。
ジェットが、ソースのついた指を舐め、手と口元を、真っ白いナプキンで拭った。
うまかった、と唇が言いかけて、止まる。
アルベルトを見て、それから、グレートを見た。
グレートは、テーブルの下で行われていることを隠すつもりはないらしく、にっこりと、ジェットに微笑みかけて、動きがはっきり見えるように、腕を動かした。
「無礼講だと、言わなかったかな、My
Dear。」
呼びかける時にだけ、アルベルトの方へ、顔を振り向けた。
もう、それにはっきり答えることすら出来ず、アルベルトは、熱っぽく潤んだ瞳を、必死で焦点を合わせて、ジェットに当てる。
料理に触れた手は、もうとっくに動きを止め、前に傾いた体を支えるために、丸いテーブルの縁に、添えられていた。
すがるようにジェットを見た途端、グレートが指の動きを変える。思わず、あ、と声がもれ、ジェットが、打たれたように、体を大きく後ろに引いた。
まだ手にしていたナプキンを、目の前の皿に叩きつけるように投げ出すと、怒りに頬を青白くして、どちらともになく訊いた。
「バスルーム、どこだ?」
アルベルトが、グレートの手の動きに耐えるために伏せていた顔を上げるより早く、グレートが、空いた方の手で、店の中を指差して、
「あっちだ。」
信じられないほど、穏やかな声で、言った。
ジェットは、いっそう顔色を白くし、がたんと音を立てて立ち上がると、一瞬だけアルベルトに、睨むような視線を当てて、グレートが示した方へ、大きな歩幅で歩いてゆく。
ジェットが歩くにつれ、その動きを追う、人たちの好奇の視線をたどりながら、アルベルトはようやく、少しだけ高く声を上げた。
グレートが、手を離して、わざと見せつけるように、ナプキンで指先を拭いた。
「続きは、後にしよう。いくら無礼講とは言え、店の中では、少しばかり不謹慎だ。」
止められた熱が、腰の辺りに、どろどろと渦巻いている。
ジェットを追わなければと、そう思いながら、必死で、テーブルの下で乱れた服を整えた。
立てるかどうか、懸念しながら、アルベルトは、椅子から腰を上げた。
広いバスルームの壁は、つやつやと光る黒で、触れれば、指の跡がくっきりと残りそうに、染みひとつなく磨かれている。
床も、バスルームの個室も、すべてが黒で、その中に、洗面台のそばで、濡れた顔を拭っているジェットがいた。
鏡にうつる位置から、ジェットの肩に手を伸ばそうとして、その手を、強く振り払われた。
さっきは青白かった頬が、今は、怒りで真っ赤になっている。
「・・・・・・大した淫売だな、アンタ。」
殴られるかと思った、伸びてきた手が、シャツの襟をつかんで、アルベルトを、いちばん奥の、車椅子用の個室に引きずり込んだ。
隣りの個室とを隔てている仕切りに、胸を押しつけられ、前に伸びてきた手が、ベルトを外そうと動き出す。
ジェットの意図を悟って、アルベルトは、逃れようと、体をねじった。
「やめろ、こんなところで・・・見つかったら------」
「無礼講だって、アンタ言ったろう。見つかって恥かくの、アンタとあのオヤジだぜ。」
言いながら、いきなり押し入られて、アルベルトは慌てて左腕を前に回し、そこに、服の上から歯を立てた。
「ちくしょう、人のこと、バカにしやがって。」
吐き捨てるように、ジェットがつぶやいた。
突き上げられて、革靴のかかとが、床から浮いた。
仕切りに肩が当たり、がたがたと音を立てる。
誰か入って来たら、と思ったけれど、さっき、グレートに散々なぶられた躯は、今はジェットに侵されながら、また熱を持ち始めていた。
自分勝手に動いていたジェットが、それでもおざなりに、前に手を伸ばしてくる。
「・・・誰のせいで、勃ってんだ、アンタ、オレか、それともあのオヤジか?」
強く握られて、思わず声がもれた。
「・・・聞かれるぜ、あんまり声出すと。」
言いながら、いっそう強く、ジェットが突き上げてきた。
逃げようとしていたはずの躯が、今は、ジェットに添おうと、逆に誘うように動く。
首の後ろに響くジェットの声が、少し湿りを帯びてきた頃、いきなりジェットが躯を外した。
支えを失った体が、くたりと後ろによろめいて、それをジェットの胸が受け止めた。
ジェットは、怒りを抑えた手つきで、アルベルトを、トイレの上に坐らせると、ジーンズの前を閉めながら、吐き捨てるように言った。
「アンタらの悪趣味に、付き合ってられるか。」
言い訳のために、力なく唇を開く前に、ドアを壊しそうな勢いで、ジェットが個室から出て行き、荒々しい足音に、バスルームのドアが大きく開く音が続いた。
開け放されたままの個室の中で、まだ正気に戻れないまま、それでもアルベルトは、何が行われたのか明らかな自分の姿を隠すために、必死でベルトに手をかけた。
冷たい水で、何度も顔を洗い、呼吸と服装を整えるのに、一体どれほど時間がかかったのか。
その間に、数人入って来た誰もが、知らんふりを装いながら、ちらりとアルベルトに一瞥をくれた。
どこかに、痕跡が残っているのかと、そのたびにぎくりとしながら、アルベルトはようやくバスルームから出た。
「あのボウヤは、一足先に帰った。おまえさんに、よろしくと、言い残してたが・・・」
よろしく、というのは、かなりの彎曲表現だろうと思いながら、まだふらつく体を、そっと椅子に落とす。
遅かったな、とも、どうした、とも言わず、グレートは一向に変わらない、涼やかな笑顔のままで、またテーブルの下で、アルベルトの膝の上に、手を置いた。
「紅茶が、すっかり冷めちまった。おまえさんのところで、飲み直そう。」
はしばみ色の瞳に、銀色の光が、一筋走る。
笑顔の下の、グレートの怒りを見て、アルベルトは、ぞっと膚に泡を立てた。
「このくらいの意趣返しは、許してもらえるだろう?」
らしくもない、無邪気な口調で、グレートが言った。
そんな声は、もう聞こえても、意味は持たない。
床の上で、縛られた体をくねらせて、アルベルトはまた喘いだ。
こんなやり方は、グレートの好みではない。
上着を脱がされ、後ろ手に縛られ、床に転がされた後、ゆっくりと、下肢を剥き出しにされた。
ジェットの痕跡に、気づかれるだろうかと、アルベルトは、精一杯手足を縮めた。
グレートは何も言わず、シャツのボタンをひとつひとつ、丁寧に外した後、片側だけの、胸の突起---もう、とっくに固く尖っていた---に、きりきりと歯を立てる。
それから、ぬるりと濡れた指先を、アルベルトの中に差し入れて、そこに何か、塗り込んだ。
躯が疼き始めてようやく、薄めたヘロインか何か、そんな類いのものだと気づいて、けれど、自分に伸ばせる腕は、後ろに縛られていた。
グレートは、そんなアルベルトを放ったまま、自分にだけ紅茶をいれ、ソファに坐って、アルベルトを眺めていた。
唇を噛んでも、もれる声は殺せない。
ボタンを外されたシャツはもう、肩から外れて、手首の辺りに丸まっている。
レストランで、グレートに煽られ、バスルームで、ジェットに昂められた熱が、一向に解放されることもないまま、躯の内側に渦巻いている。
両膝を何度もすり合わせて、アルベルトは浅ましく腰を揺らした。
「・・・無礼講だと言ったのは、おまえさんだ、アルベルト。」
静かに、冷たいほど静かに、グレートが繰り返す。
こうして、ふたりでいれば、目に映るのはグレートだけなのに、ジェットが視界に入った途端、世界が変わってしまうのは、なぜなのだろう。
淫売と、何度罵られても、それを否定する言葉もなければ、それに抗う態度も示せない。
内側で、どろどろと、鉛のように溶け出す躯を持て余して、アルベルトはまた喘いだ。
胸を波打たせ、足を突っ張らせて、痛いほど張り切った下肢を、グレートの目の前に晒す。
触れてもらえずに、触れて欲しくて、ぴくぴくと、引きつった動きを見せる。
床にうつぶせになって、下肢をすりつける仕草を、もう、恥ずかし気もなくし始めた頃、グレートが、空になった紅茶のカップをテーブルに置いて、ようやくソファから立ち上がった。
「おいで。」
優しい声だった。傷ついている時に、必ずグレートは、そんな声を出す。
必死で体を起こし、伸ばされた手に、頬をすり寄せた。
涙と汗で濡れた頬を、グレートの指が軽く撫でる。
指の動きにまた、躯が疼いた。
首を伸ばし、舌を差し出す。
あふれた唾液が、唇の端をこぼれ、首と胸を濡らした。
グレートの形に、まるで飢えた犬のように、必死で舌を滑らせながら、自分がどれほど淫蕩な表情をしているか、知覚する余裕すらない。
頭を振り立てて、時折髪を撫でるグレートの手に、うっとりと首を伸ばして応えながら、アルベルトは、もっと深く、グレートを喉の奥に飲み込んだ。
どのくらいで、許してもらえるだろうかと、思った。
いつ、グレートは、アルベルトが欲しがっているものをくれるだろうかと、思った。
疼く躯を、鎮めてくれるだろうかと、思った。
舌の上に乗せたグレートの熱の重さを、躯の奥に想像して、また、腰の辺りが溶けそうになる。
早く、と思った。
思って、不意に、躯の内側に、ジェットの形を思い出した。
乱暴に突き上げてきた、ジェットの体の重みが、爪先に甦る。
押し開き、入り込み、侵してきたジェットの熱さが、背骨に響いた。
背中に重なる、ジェットの胸の大きさが、ふと感じられた。
唇を外して、思わず、グレートを上目に見上げた。
悲しい色の瞳に、見下ろされていて、罪悪感に、きりきりと、胸が絞られる。
その痛みと、ジェットに侵される痛みが、不意に、背骨の奥で、重なった。
唇を寄せて、また、舌を動かした。
そうしながら、後ろから自分を抱きすくめるジェットを、感じている。
突き上げられながら、肩を揺らし、それに合わせて、頭を動かす。
自分を慰めるために、必死で、ジェットの感触を、自分の中にとどめようとした。
腰に回ったジェットの腕が、ようやくアルベルトの熱に触れる。
架空の指が、なぞり上げ、アルベルトを追い詰める。
ジェットの動きに合わせて、腰を揺らしながら、ふたりに、同時になぶられているのだと、そう思った。
思いながら、見えない手の中に、アルベルトは淫らさを吐き出していた。
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