「あらし」 - 番外編

Hard On



 たまには、こんな遊びもいい。
 素肌にシャツをつけたきりで、腕を後ろに回して、少しきつく、縛られた。
 それから、柔らかな皮で、目を覆われた。
 視界を塞がれると、音と匂いに敏感になる。
 床に、横坐りでじっとしていると、足音がして、からんと、氷が揺れる音がした。立つ香りは、質のいいウォッカ。水よりも透明なその酒を、グレートが一口すすった気配があった。
 目の前のソファに、坐っているのだと思ったから、膝を滑らせて、ゆっくりとにじり寄る。
 腕が動かせず、上半身のバランスが、つい崩れそうになる。倒れないように用心しながら、グレートの、裸足の爪先に触れることを期待しながら、前へ進む。
 床は冷たく、けれどソファに近づいた証拠に、膝に、絨毯が触れた。
 近づいている、そう思って、前方へ顔を上げて、思わず笑った。
 また、氷の音がする。
 その音を頼りに、方向を修正して、また、前へ進む。
 前へ突き出した肩先が、ついに、ソファに当たった。
 グレートは、ソファのどこに坐っているのだろうかと、顔を右と左に向けて、また氷の音を追おうとした。
 からんと、まるでそれを助けるように、酒のグラスが、左側で鳴った。
 そちらへまた、膝を滑らせ、ようやく左肩が、グレートの膝に当たる。
 顔があると思える方向へ首を伸ばし、得意そうに笑って見せた。
 あごに、指が触れる。くいと、持ち上げられ、唇に、唇が触れた。
 思わず膝立ちになって、体を伸ばす。グレートの唇が、意地悪に、少し遠のいたので。
 唇から匂ったウォッカに、思わず、自分の唇を舐める。舌を突き刺す鋭い味が、かすかにあった。
 「手を使わずに、何ができる?」
 からかうように、グレートが言った。
 声の方向へ顔を向けて、アルベルトは肩をすくめた。
 「何を、して欲しい?」
 問いに、問いを返し、自分に火をつけてくれるだろう、グレートの答えを、待つ。
 またグレートが、酒を一口すすったらしかった。
 間を置いて、グレートの注ぐ視線を、首の辺りに感じながら、アルベルトはふと、熱くなる体を持て余す。
 「さあ・・・我慢できなくなるのは、どっちかな、My Dear。」
 揶揄する口調ではなく、静かに、グレートが言った。
 そんなの、決まってるじゃないか。
 口にはせずに、見えるはずもない目元を、少しきつくする。
 決まってるじゃないか、そんなの。
 自分からは動き出そうとはしないグレートに焦れ、わざと不自由にされた体を引きずって、アルベルトは、グレートの膝の間に、体を割り込ませた。
 伸び上がり、胸の中に、倒れ込む。
 それなのに、いとしい男は、腕を開いたまま、アルベルトを抱きしめようとはしてくれない。
 「好きにするといい、My Dear。」
 また、酒を一口。
 「もし、できるなら。」
 少し冷たい口調で付け加えて、ソファの上で、体を、床に向かって少しずらす。
 手が使えずに、視界も塞がれて、そうなれば、できることはたかが知れていた。それでもアルベルトは、グレートのからかいにほんの少し腹を立てて、むきになることにした。
 倒れ込んだ体を、下に向かってずらしながら、グレートのシャツのボタンを、触れる端から噛んでゆく。
 かちかちと音を立てて、噛んだままあごを動かすうち、運の悪いいくつかが、ボタン穴からするりと外れる。
 頭を振って、体を揺すりながら、口を使って、シャツの前を開けてやろうとする。
 悪戦苦闘する間に、シャツの下に汗が浮いた。
 額から流れる汗が、目を覆う皮に吸い込まれ、皮膚をこする。
 唾液が、唇の端からこぼれ、グレートのシャツと、すでに開いた胸を濡らしていた。
 それに構う様子もなく、相変わらず静かなまま、グレートは、必死に頭を振り立てているアルベルトを下目に眺めながら、酒を舐めているらしかった。
 なかなか変わった酒肴だ。酒がいっそう美味くなる。
 そんなつぶやきが、聞こえるような気さえする。
 みぞおち辺りまでのボタンを、ようやく外して、あごの痛みにあえぎながら、アルベルトは、もう懇願するように、グレートを見上げた。
 もう、いいだろう?
 アルベルトに触れるその代わりに、グレートは、酒のびんに手を伸ばし、グラスをまた、透き通った液体で満たしたらしかった。
 おまえさんも魅力的だが、今は酔いたい気分でね、My Dear。
 口にしない、静かなささやきが、聞こえた。
 肩を揺すって、不満をあらわにしながら、アルベルトは、グレートの胸に唇を落とした。
 皮膚を舐め、甘く咬む。
 弾き返す張りはない、けれど柔らかな、乾いた膚を、自分の唾液で潤すように、濡れた舌で舐め続ける。
 上にずり上がり、少したるんだ喉元に接吻し、そこからまた上へ這い上がる。
 耳を咬んで、その複雑な線の内側に、濡れた舌先を差し入れても、グレートは、ぴくりとも反応しなかった。
 体をすりつけ、皮膚にねだらせる。それも、あっさりと無視された。
 それなら、と、もっと意地になった。
 体を落とし、両脚の間に、頬をすりつけながら、半分だけ開いた唇の間から、舌をのぞかせる。見せつけるように、舌を動かして、腰のベルトに歯を立てた。
 ベルトの先を、ベルト通しから外し、柔らかな、けれどしなるその革にぎりぎりと歯を食い込ませて、またさらに、金具から外そうとする。
 革に咬み跡がつき、唾液で濡れても、グレートは動じるつもりはないらしかった。
 下目に眺める自分の動きが、ベルト1本程度の価値はあるらしいと、アルベルトは少しだけ安堵する。
 ベルトが外れると、今度は、ズボンのウエストのボタンが待っていた。
 グレートの腹に、頬や額をすりつけながら、首から上を真っ赤にして、小さな金具と格闘する。
 歯が痛む。唾液が、あごにべたついていた。
 肩で息をしながら、グレートの腿に頭をもたせかけ、少しの間だけ、憩う。
 その間に、もしかすると、グレートが気持ちを変えてくれるかもしれないという、はかない望みは、やはりかなえられなかった。
 それでも、もう、大したことは残っていない。
 息を飲んで、両脚の間に顔を埋め、その小さな金具の先端を、舌で探って、それから、歯でとらえた。
 小さな音を立てて、ファスナーを下ろす。
 現れた布越しに、濡れた接吻を浴びせた。
 あくまで涼しげな気配とは裏腹に、しっかりとした熱の質量が、唇と頬に当たる。
 注ぐように、そこで湿ったあえぎをこぼした。
 「グレート。」
 声が、切羽詰まる。哀願にかすれ、もう限界だと、響きに言わせた。
 「アルベルト。」
 名を呼ばれ、顔を上げる。
 あごをとらえた手が、胸元を滑り、みぞおちの辺りから下の、シャツのボタンを外した。
 シャツの下で、閉じ込められ、火照っていた膚に、いきなり冷たい空気が触れる。
 思わず体を引くと、グレートの手が、ボタンの外れたシャツの前を、大きく開いた。
 「もっとよく、見せてごらん、My Dear。」
 軽く肩を突き飛ばされ、離れろと言われているのだと悟ると、アルベルトは、下肢を剥き出しにされた体が、グレートによく見えるように、数歩分後ろへ下がった。
 膝を折り、腿とふくらはぎを触れ合わせて、爪先を立てて、踵で体を支える。
 開いた膝と、突き出すようにした腰に、視線が、突き刺さる。
 肩が震えた。勝手に、呼吸が速くなる。
 熱く昂ぶる躯を晒して、開いたもっと奥に、視線が這う。這い回り、這い入り、もっと煽られる。
 「ぐ・・・・・・グレート。」
 喉をのけ反らせて、唇を開いた。
 グレートがようやく、立ち上がった気配があった。
 足音がやって来る方向へ、思わず舌を差し出す。
 目の前の気配が、いきなり上から、冷たい液体を注いだ。
 シャツが濡れ、膚に張りつく。皮膚の熱を奪いながら、鼻先に、強いアルコールの匂いが立つ。
 思わず声を上げて、胸を揺らすと、張り切った下腹めがけて、また液体が注がれた。
 昂まりきった熱の形に、たらたらと、透明なウォッカが、流れ落ちてゆく。
 腿の内側と、もっと奥の、熱の元へも、ぬるりと流れた。
 床に押し倒され、脚を抱え上げられる。
 触れて欲しい場所へ、酒の滴りを借りて、グレートが、入り込んできた。
 そうされるまでもなく、自分で大きく脚を開いて、もっと奥へ、グレートの形を誘い込む。
 足首を、グレートの腰に絡め、アルベルトは大きく胸を反らした。
 躯の熱を絡めると、酒の匂いが、ふたりを包んだ。
 「アルベルト。」
 切なげに名を呼んで、唇を重ねてくるグレートが、もどかしげに、アルベルトの目隠しを取る。
 ようやく目の前に現れた、いとしい男の瞳を、アルベルトはじっと見つめ返した。
 そこに酒の酔いはなく、あるのはただ、どこか哀しげな、はしばみ色だけだった。
 顔を下げ、グレートが、酒に濡れたシャツを、強く吸う。
 ふたりで一緒に、唇の間に味わうのは、舌を焼く酒の味。


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