Heat
手馴れているというわけでは決してなく、けれど、軽々と扱われることには、慣れていない。
生身でなくなってしまってから、見た目は変わらない---もちろん、生身でないと、一目で知れる---けれど、内蔵された武器と、それを抱える装甲のせいで、ずっと重みを増している体を、軽々と抱き上げられることには、まだ戸惑いを消せない。
腰を抱え寄せられ、ぶ厚い肩に手を乗せて、体を支える。
こんなことに、長けているとも思えないのに、大きな指が、心づけのように、腿の柔らかな---人工---皮膚をまさぐる。
歯を立てずに、そっと暖かな粘膜に包まれて、舌が動き始めると、声がもれた。
太い首に腕を回し、金属が剥き出しの右腕が、その皮膚を傷つけることを恐れる必要もなく、指先を、つくられた筋肉に突き立てる。
快楽を与えることは当然だと、受け入れることはできても、与えられる立場を定着させてしまうことには、本能にも似た怯えがある。最後には、お互いさまになるのだと、知ってはいても、一方的に与えられる快感に、浸りきることを引き止める自分がいる。
けれど、太い腕にとらえられ、それに似ない優しさで触れられれば、心がとけてゆく瞬間があって、自分でも、聞いたことすらない声をもらすことにも慣れてしまうのは、ある意味恐ろしいことではあった。
唇の優しさとあたたかさに、体を支えきれなくなる頃には、喘ぐみぞおちに、額を軽くこすりつけて、見上げてくる穏やかな瞳がある。
色の深いその瞳は、いつも、素直になればいいと言っているように思えて、ふと、落ちてしまってもいいと、思う瞬間もある。
落ちてしまうということが、一体どういうことなのか、自分でもわかりもしないまま、その瞳に促されて、抱き寄せられた腕の中で、素直にくたりと体を伸ばす。
口数の多いふたりではないので、こんな時は、ことさら---口数少なく---ものを言うのは腕や指先ばかりで、それは、羞恥のせいでもあったけれど、何度こんなふうに肌を合わせても、馴れ合うということのないふたりだった。
伸びた喉に、唇が滑る。浅黒い肌に、あごの先をすりつけて応えながら、偶然のように、その頬に刻み込まれた白い線に、そっと唇をかすめさせる。
決して小柄ではない自分が、この、大きな男の腕の中では、まるで子どものように扱われてしまうのに、時折不満を感じながら、同時に、それにかすかに安堵もしながら、猫が甘えるように、自分から肩をすり寄せることもある。
膝の上に引き寄せられながら、唇を重ねて、差し出された舌先を甘く噛む。
横抱きにした腕が、さり気なく膝を開きに来る。顔を横に向けて、首筋で視界をふさいで、大きな、ぶ厚い掌が促すままに、大きく脚を開く。
右膝を、脇に挟まれてしまうと、抗うこともままならずに、掌が、そっとみぞおちを撫でる。
焦らしているわけではなく、ただ、慎重に、指先が、直接ではなく、伸びてくる。
唇を噛んで、指の動きを待った。
穏やかすぎる触れ方に、焦れてくるのは、いつもこちらの方で、太い首に腕を回し、胸を開いて、隠す場所もなく晒してしまえば、もう、羞恥よりも、求める気持ちの方が強くなる。
空いていた手を伸ばし、腿の内側をさまよっていた大きな手を、自分で導いた。
掌を重ねて、触れて、包み込まれれば、指が動き出す。
そうされて、舌を噛んで声を耐えながら、けれど触れる手に、もっと躯が近づいてゆく。腰を押しつけるように、もっと大きく脚を開いていることには気づかない。
腰に回っていた手が、いつの間にか上に上がり、大きく広げた掌が、脇から胸元に伸びる。そうして、改造され、ひとつきり残された、生身の名残りを、指先が軽くなぶる。
小さな悲鳴が、喉を裂いた。
胸と喉を反らして、もう、自制も利かずに、声だけを殺して、躯を震わせる。開いた脚の間で動く手を目下に眺めて、その光景の羞ずかしさには、今は思い当たる余裕さえない。
かすかに開いた唇から、舌先をのぞかせて、けれどその舌を、自分で噛んだ。
ねじれ、逃れる姿態で誘う白い体を、太い腕はしっかりと抱きしめたまま、薄く開いた唇を、濡れた舌が、突然舐めた。
それはまるで、けもののような仕草で、驚いて、うっかり唇を開き、ぼんやりとしていた視線が、しっかりと間近で絡む。
うっすらと笑いかけられ、思わず、大きなあごを引き寄せて、開いた唇を、貪るように重ね合わせた。
もれる声を、あちらの唇に吸い取らせて、みぞおちが、数度あえいだ。それから、不意に強く動いた掌の中に、熱く吐き出して、その時だけは、正気に返って、頬を赤らめる。
うすぼんやりとした視界を、左右に漂わせながら、もう少し先へ進むために、姿勢を整えられて、痛みとともに蘇る期待に、躯の奥が、止めようもなくうずく。
この、戦車のように重い大きな体を受け止められるのは、自分だけなのだと知っているから、ほんのかすかな怯えを楽しみながら、触れてくる熱さを待つ。
平たくうつ伏せにされ、背中に、胸が乗った。
掌が、背中から腰に触れ、そうして、脚の方へ下りてゆく。
躯の内側へ、きわどく指が触れてゆき、左足だけを体の横に折り曲げて、まるで、潰された小さないきもののような形にされた。
うなじや耳の後ろへ、あごが触れる。大きな体が、上で動いて、それから、熱が、入り込んできた。
逃げるために、思わず肩が動く。どんな姿勢を取っても、たやすくは受け入れられない形が、傷つけないように、壊してしまわないように---決して、比喩ではない---、ゆっくりと、けれど確実に、入り込んでくる。
うめいて、肩を振った。
上に乗った体の重さから、逃れることは不可能だったけれど、それでももがく動きは止められず、ついに大きな掌が、銀色の髪を軽くつかんで、頭を押さえた。
「動くと、よけいに痛む。」
低い、深い息が、耳にかかる。そのまま、唇が、複雑な耳の流線をひとつびとつなぞり、内側を舐めた。
皮膚の下が、騒めく。
躯を繋げて、ゆっくりと動き始めながら、増す痛みは、次第に背骨の辺りに広がり、沈んでゆき、そこで、身内の熱と混ざる。
痛みは、いつしか熱さと区別もなくなり、そうして、押し潰された下で、次第に持ち上がる肩が、熱に応えてあえぎ始める。
いつの間にか、頭を押さえていた腕が、脇から胸の前に回り、重なる皮膚の部分を増やそうとするかのように、しっかりと抱き寄せられている。
押し潰され、抱き寄せられ、揺さぶられながら、溶けきった頭蓋骨の中からあふれる蜜色の、深い海の底へさらわれるのが恐ろしくて、躯が求めることとは裏腹に、拒む言葉が、唇からこぼれる。
まだ逃れようとする体は、けれどしっかりと、内側で相手をとらえていることを知らない。
ずり上がろうと、腕を伸ばした時に、突然、うなじに歯が立った。
噛みつかれたのだと悟るより早く、逃げようとした体の動きが止まる。驚いたのではなく、まるで、逆らうことを一瞬であきらめたように、逃げることをやめて、それきり素直に、繋がって揺れる動きに合わせて、あえぐのは胸だけになる。
うなじに食い込んだ歯列は、終わるまでそのままだった。
痛いと言うよりも、それは激しい接吻のようで、ふたりの、繋がりのあかしのように思えた。
「痛い。」
うそではなかったけれど、わざとふてくされたように、言ってみた。
首の後ろに触れると、かすかに食い込ませた歯のくぼみが残っていて、後ろ髪で隠れるかどうかが心配になる。
「・・・猫は、首の後ろに噛みついて、相手をおとなしくさせる。」
うっすらと笑って言い返すのがしゃくに障って、うつ伏せのままで、軽く殴る仕草をして見せる。
振り上げた腕は、あっさりと受け止められ、そうして、笑みはまだ消えない。
刺青が縦横に走る、浅黒い頬を見つめて、ぼそりと言った。
「俺は、猫じゃない。」
受け止められた腕は、まだそのままで、分け合った熱の名残りが漂う暗い部屋の中で、眠りに落ちるまでの瞬間を長引かせようと、他愛もないやり取りをする。
自分を軽々と押さえ込む、大きな男の胸の中に、言葉とは裏腹に、小さないきもののようにもぐり込むと、柔らかく背中に回る両腕の輪に、弛緩しきった体を収めた。
「ああ、そうだな。」
額の辺りに、息がかかった。
体を丸め、すっかり自分を預けてしまいながら、夢さえ見ない眠りに落ちてゆく。
この男の腕の中にいると、ひどく安心する自分に照れながら、鎖骨に額をすりつけて、自分とは違う匂いを、胸いっぱいに吸い込んだ。
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