Heresy



 自分の前に立つ男の足元に、ジェットはうずくまった。
 這い寄り、足首を抱え込んで、爪先に接吻する。
 それから、ゆっくりと体を起こし、少しずつ、接吻を上へ移動させる。
 男は、微動だにしなかった。
 ジェットを無表情に見下ろして、指一本動かすでもない。
 ジェットが立ち上がり、男を抱きしめ、手を、あちこちに這わせた後、ようやく、決心したように、男の唇に接吻した。
 触れる。背中と、肩と、首筋と、腰と、腿の裏側と、手の届く限りに、触れる。どこに触れても、皮膚の弾力はないのだけれど。
 硬く冷たいまま、まるで、男の瞳のように、ジェットの熱い掌を弾き返す。
 ぴっちりと着込んだ、黒のタートルネックのシャツのすそを引きずり出し、ジェットはその下に掌を潜り込ませた。
 また硬い、体。触れるのは金属の感触だけだった。熱くはならない、機械の体。
 もう、息が熱く弾む。
 ジェットはもう、自分のシャツの前をとっくに開け、男に直接触れたくて、潤んだ目で男を見上げた。
 「欲しけりゃ、おまえが自分で脱がせろ。」
 冷たい声。男自身と同じくらい、無表情な、色のない声。
 ジェットは、不器用な手つきで、男のシャツを脱がせた。
 両腕を上に上げさせ、腕と首を抜く。その時だけ、その滑稽さに、ジェットは思わず微笑んだ。
 男の銀色の髪が、くしゃくしゃに乱れ、それに手を伸ばして撫でながら、また接吻する。
 胸が、重なる。生身に見えるジェットの胸と、男の、金属の胸。色も形も感触も違う、ふたつのからだ。
 男は、まだジェットに腕さえ回さず、自分からは触れようとさえしない。
 ジェットは、ひとりきりで、弾む息を抑えながら、男に触れ続けていた。
 男の気配を伺いながら、ゆっくりと、上目に男を見上げながら、ひざを折る。
 触れたくて、いちばん触れたくてたまらなかったところへ、触れる。まるで、ガラス細工にでも触れるように、静かに、そっと。
 男が、別に嫌がりもしないのを確かめると、今度はもう少し、大胆に触れる。
 前を開き、そして、両手を添え、唇を開いて舌を伸ばす。
 頬に、血が上るのが、わかった。
 男は、揺らめきもせず、ジェットを見下ろしている。青みがかった、銀色の瞳。冬の日に降る雨のような、その視線。
 ジェットは、男の顔を見ないようにしながら、舌を使い続けた。
 生暖かい唾液と、紅色の舌の動きに促されて、男がゆっくりと、自制の効かない反応を返してくる。
 男の胸よりも硬く、ジェットの粘膜に触れ始める。
 唾液が、唇の端を伝って、胸元まで流れ落ち始めていた。
 不意に、男の腕が動き、ジェットのあごをつかんだ。
 強く引き寄せられ、抗う間もなく、喉の奥に、男が硬く突き当たる。襲われた吐き気に、思わず喉が鳴った。
 男の腹を叩き、必死で逃れようとすると、するりと躯を外して、男はジェットを突き飛ばした。
 床に倒れ、何事かと、思わずきつい視線で男をにらむと、気味の悪い薄笑いが目に入った。
 ゆるりと、悪寒が背筋を這う。そしてそれに、間違いなく欲情していた。
 屈服してゆく自分を止められず、堕ちたがっている自分がいた。
 さっきまで触れていた男の躯が、目の前にある。また触れたくて、けれどその手を振り払われるのが、怖かった。
 「欲しけりゃ、そう言え。俺に、わかるように。」
 からかうように、けれど凄みのある低い声で、男は言った。
 すがりつくように、男を見上げた。けれど男は動かず、冷たくジェットを見下ろしているだけだった。
 手足のひょろ長い体。肉付きは薄く、完全に成長しきらないまま、それ以上育つことを、止められてしまった体。一生、この少年の見かけのまま、彼は封じ込められている。
 鮮やかに赤い髪。それを見るたびに、今は失われてしまった、生身の人間の血を思い出す。鉄の味のする、ぬるぬるとした紅い体液。
 自分より先に改造されたくせに、彼の外見は、今も生身のそれと、あまり変わりはない。
 男の、人目に晒すことの出来ない、機械の体とは違って。
 男は、促すように、あごをしゃくった。
 ジェットは、口元をぐいっと拭い、まだ強いままの光の視線で、男を見やった。
 それから、ふっとその光を弱めると、目を伏せ、下半身から、じゃまな服を、男のために剥ぎ取った。
 「アンタが、欲しい。」
 はっきりとした、けれど細い声で、そう言った。
 男は、体を落として、ゆっくりと、ジェットの開いた両脚の間に、滑り込んだ。
 もう、それだけで、期待に息がまた弾む。半分だけ開いた唇が、もの欲しそうに震えていた。
 ようやくジェットに触れ、けれどまだ男は、薄く笑ったままでいた。
 「はや、く。」
 そこから動きを止めてしまった男に焦れて、ジェットは肩を揺すった。
 「自分で、入れろよ。」
 男が、笑いながら言った。
 ジェットが欲しいままの形を保っているそこに、男が手を引いた。指先が、びくりと震える。
 「アンタ、いじわるだ。」
 必死で、男の罪悪感を求めて、そう言ってみる。震える細い声が、声変わりはしているのに、けれど大人になりきっていない、子どもの甘さで呟くのが、よけいに男の欲情をそそるのだとは知らずに、言ってみる。
 「欲しいんだろう?」
 意地悪な声音で、男が重ねて言った。
 ジェットは目を閉じ、床の上に仰向けになると、両脚を出来る限り開いて、男を導こうとした。
 男が触れると、ひくりと躯が硬張る。息を吐きながら、導き入れる。
 ゆっくりと、ジェットの手に従って、男が躯を進めてきた。
 痛みに、ジェットは呻いた。きしむ音が聞こえるような気がした。それでも、男が欲しかった。
 ようやく、少しだけ繋げると、不意に男がジェットの手を払い、突き上げてきた。
 喉を反らし、悲鳴を上げる。引き裂かれる痛みに、ジェットは背骨を突っ張らせた。
 男の腕が首に回り、逃げられないように、しっかりと抱え込む。思わず男の背中にしがみついて、ジェットはそこに爪を立てた。傷の残る皮膚は、そこにはなかったけれど。
 ぎしぎしと音を立てるのは、一体自分の躯なのか、男の金属の体なのか、ジェットにはわからなかった。
 男の、硬く冷たいからだが、脚の内側を打つ。精一杯脚を伸ばして、広げて、 男の腰に絡みつかせた。
 腰が浮くと、いっそう男が、深く入り込んで、ジェットの中を侵した。
 今はあるとも知れない粘膜が、男を包み込む。拒むように、誘うように。
 男は容赦もなく、躯を動かしていた。
 ジェットは、泣いていた。
 痛みのためなのか、男に与えられた屈辱のためなのか、どちらかは定かでなかったけれど、男にしがみついたまま、その胸に額をすりつけながら、泣いていた。
 「は・・・ハイン、リ、ヒ。」
 男の名を呼ぶと、男は躯の動きを緩め、口づけてきた。
 躯を繋げたまま、舌を絡ませる。濡れた音を響かせて、ジェットはまた、躯が疼くのを感じた。
 男が動き出す。さっきよりは、少しだけ優しく。
 自分の中がうねって、男をしめつけているのを、感じる。
 ジェットも、また勃ち上がっていた。
 男は、体を浮かし、ジェットの両手首をつかんだ。床にはりつけにするように、ジェットを押さえつけると、また少し乱暴に、ジェットの中を突き上げる。
 胸を反らして、ジェットは痛みと快感に、耐えた。
 どちらがどちらとも、見分けがたく絡み合って、脳の奥辺りを、ひっかき回す。ふと、快感が勝った一瞬、ジェットは、背中を駆け上がるうねりを、そのまま解き放った。
 呼吸が、ほんの一時、止まった。
 ジェットの少し後、男が、ぬるりと躯を外す。息を弾ませて、今は少し、頬に血を上らせて。
 弛緩したジェットの体を見下ろして、男は、その腹と胸元に、指先を伸ばした。
 本物ではなく、けれどそれとそっくりな、体液。
 10代の半ばのまま、他人と交わることを許されなくなった躯。誰でもよかったのだ、静めてくれるなら。
 男は、自分を嘲笑うために、薄い唇を歪めた。


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