ここからふたりではじめよう - 番外編その8
病院にて
階段を、とがめられない速さで駆け上がり、告げられた病室を探し当てて、アルベルトは、そっとドアをノックした。
ジェットの名前しか外にないその部屋の中から、ジェットの元気そうな声が聞こえた。
「せんせェ!」
アルベルトが、顔だけ部屋の中に入れた途端に、明るい声が飛んでくる。
他には誰もいないらしいことを確かめてから、アルベルトは、そっとドアを閉めた。
「大丈夫なのか?」
ベッドに寄りながら、見える部分を眺める。
「大丈夫だよ。ここの先生が大げさでさあ、今病院ヒマだから、ついでに週末明けまで入院してけって。」
ようやく安堵の息をつく。
「練習の後の片付けで、倉庫でさ、棚用の鉄の棒だ何だが、ゴロゴロ落ちて来ただけだから。」
「だけって、で、ケガはどこなんだ?」
見える部分には、あざさえ見えず、アルベルトは、心配そうな、けれど強い声で訊いた。
「足、くじいちゃってさあ、けっこうひどいから、2、3日動かすなってさ。だから、入院。」
いつもの明るい笑顔で、天気の話でもするようにジェットが言う。
良かった、と小さく思わずつぶやいた。
「もう、お姉さんとかは?」
「うん、もう帰った。着替えとかも持って来てくれたから、明日のお昼くらいにまた来るってさ。」
なら、見咎められる心配はないなと、アルベルトは、改めて、ベッドの傍の椅子に腰を下ろす。
それでもすぐ帰るつもりで、コートも脱がなかった。
隣りのベッドは空で、ジェットを入院させた医者が言った通り、どうやらあまり忙しくはないらしい。廊下に人の気配もあまりなく、アルベルトは、ゆっくりと部屋を見渡した。
「せんせェ、心配してくれた?」
「当たり前だろう、スピード違反ぎりぎりで飛ばして来たんだ。」
のん気そうなジェットに、少しだけ腹立ちを見せて、アルベルトは頬に血の色を上らせる。
それでも、元気そうで何よりだと、安心した顔色を隠せない。
「ねえ、せんせェ。」
ジェットが、声を低くして、甘えた声で囁いた。
「ドアのカギ、閉めて来てよ。」
「ドア?」
振り返って、今時は、病室のドアの内側からロックできるのかと、少しだけ驚く。
言われた通り、ドアの鍵を閉めて戻って来ると、ジェットが、少しだけ赤い顔で、手を伸ばしてきた。
「来てよ、せんせェ・・・」
一瞬、体を硬くして、ジェットの言葉の意味を、違う方へ読み取ろうとした。
それでも、それがまったく無駄な努力で、ジェットが、思った通りのことを言っているのだと悟って、アルベルトはいきなり首筋を赤くする。
「入院中のケガ人だろう?」
「そうだけど・・・・・・だって、オレ、またしばらくせんせェのとこに、行けないかもしれないよ。」
ジェットの、熱に潤んだような瞳を見て、アルベルトは、ジェットの熱さをふと膚の上に思い出す。
右肩の、腕の接ぎ目の部分が、どくりと疼いた。
ためらいを隠せないまま、それでもまたベッドの傍へ行き、ベッドの周りのカーテンを引いて、ベッドを、ドアから誰が入って来ても、見えないようにする。
それから、ゆっくりとコートを脱いだ。
「手袋も、外してよ、せんせェ。」
言われた通り、右手を剥き出しにして、それから、ジェットの手に促されて、ベッドの上に上がった。
こんなふうにジェットを見下ろすことは滅多になく、それだけのことで、全身が赤くなるほど羞恥がわく。
明かりはなくても、部屋の中はまだ明るい。
「あんまり、見ないでくれ。」
言いながら、左の掌で、ジェットの目を覆った。
「オレ、動けないからさ・・・・・・」
それでも、腰に両手が回る。
胸の上に引き寄せられながら、唇を重ねた。
浅くゆるく絡めた舌先を強く取られ、まるで、1年も会わなかったように、ジェットに誘い込まれる。
舌の輪郭を、ジェットの舌先がゆっくりとなぞった。
唇を重ねる間に、ジェットの手が、黒のタートルネックのセーターのすそを引き出してそこから忍び込み、いつもと変わらない動きをする。
薄いセーターを上まで引き上げられ、背中と胸を剥き出しにされた。
ひとり用の小さなベッドが、アルベルトが喘ぐたびに、ぎしぎしと音を立てる。
ジェットの顔の近くに、肩の辺りを引き寄せられ、目の前の壁に手をついて、体を支えた。
ジェットの舌が、右肩の、腕との接ぎ目を滑る。それから左へ移り、尖った胸の突起を、少し強く噛んだ。
ついもれる声を、腕に歯を立てて、殺す。浅くこぼれる呼吸が、鼻から抜けて、奇妙に甘く響く。
もし、誰かが突然入って来たら、と思いながら、意識はもう、ジェットの触れる掌だけに集中していた。
また、体の位置を変えられ、ジェットの上に、背中と胸を合わせて寝そべる形に整えられた。
首筋と肩に唇を這わせながら、ジェット指が、下へと動く。
その手を慌てて押さえて、直前で、止めた。
耳元で、ジェットが、まるで魔法のように、優しく滑る言葉をこぼす。
「せんせェ、このままじゃ、つらいよ?」
胸と腹を反らせて、伸びた喉を、あやすようにジェットが撫でる。
その手が、ゆっくりと張り切った皮膚を降りて、下へ伸びた。
器用に、コーデュロイのズボンのボタンを外し、半分だけ下げたジッパーの中へ、ジェットの、長い指先が忍び込む。
熱の形を探り当てられ、アルベルトは、また喉を反らした。
ジェットの胸の上で、上半身を伸ばし、目を閉じる。長い指にそそのかされ、もう、自分の姿も、自分が今いる場所も、頭から飛ぶ。
腕を曲げて伸ばし、ジェットの髪をつかんだ。
耐えるために唇を噛んで、歯が、ぎりっと音を立てる。
ジェットが、空いた手でアルベルトのあごを引き寄せ、唇を重ねた。
声を飲み込んで、舌の熱さに我を忘れて、ジェットの掌の中に果てる。
耳を噛まれ、体が震えた。
大きく息を吐いて、また、ジェットの胸の上で体を伸ばした。
ジェットに揺すられ、ゆっくりと体を起こすと、ジェットがまた、潤んだ目でこちらを見ていた。
「オレもいい、せんせェ?」
どうするつもりかと、ジェットの上から降りようとすると、腕をつかまれてそれを止められる。
「下だけ、脱いでよ、せんせェ。」
こんな明るいところで、と思いながら、それでもだるい体を引き起こして、シーツの下で、言われた通り下肢だけ裸になる。
ジェットも、最低限だけ膚を出して、それからまた、アルベルトを自分の上に乗せた。
「せんせェ、自分で入れられる?」
開いた脚の間に、ジェットが触れる。
シーツでなるべく体を隠しながら、下を見下ろすことも出来ず、アルベルトは、ただ頬を赤らめて、軽く首を振った。
ジェットの手が腰に回り、そこから後ろへ伸びる。
柔らかな粘膜の入り口に、指の腹が滑る。指先を埋められて、アルベルトは、思わず腰を浮かせた。
ジェットの上に、少し体を倒し、シーツを握りしめて、指の動きに耐えた。
腕を引かれ、倒れた体を元に戻され、ジェットが、アルベルトの腰に手を添えて、ゆっくりと繋がろうとする。
導かれるまま、躯を持ち上げては下ろし、ジェットの手が促すように、位置を変える。
いつもとは違う感触で、ようやくジェットが入り込んでくる。
いつもよりも強い痛み---より正確には、圧迫感---に、思わず声が高くもれた。
ジェットが進む動きを止め、肩を引き寄せた。
「声出したら、外に聞こえちゃうよ。」
まるで、からかうように、言う。
こんなところで、こんなことを始めたのは、一体誰だと言ってやりたくて、けれど、声が出ない。
涙の浮かんだ瞳でにらみつけて、アルベルトは軽く頭を振った。
ジェットが、また、セーターをまくり上げ、胸をあらわにした。
そして、セーターのすそを、アルベルトの唇に差し入れ、歯列に噛ませる。
「声出すと、落ちちゃうよ。」
いたずらっぽく、笑う。
自分がどんな姿か、見る気はなく、ただ想像しただけで、肩甲骨の辺りが、溶けるような気がした。
また、横たわったジェットの上に乗って、体を伸ばし、ゆっくりと腰を沈めた。
不安定な体を支えるためと、無防備に、ジェットの視線に晒された体を隠すために、ジェットの、硬い腹筋の上に、両手をつく。喉を反らし、ほとんど閉じた視界に、細く天井が見える。歯列の間のセーターを、思い切り噛んだ。
軽く揺すり上げられ、肩が大きく震えた。
促されて、ゆっくりと、動き出す。
晒された胸の皮膚が、いつもより冷たいような気がした。
胸を反らして、首をがくがくと振る。
伸びきった腹と胸に、ジェットの両手が触れる。胸の突起を軽くはじいて、ジェットの荒い息が、下から聞こえた。
いつもとは違う姿勢のせいなのか、入り込んだジェットが、違う形で内側に触れてくる。
うまく動けないもどかしさに焦れながら、これでいいのか確かめたくて、アルベルトは、首を前に折って、ジェットを盗み見た。
視線が、絡む。
ジェットも、下から、アルベルトを見つめていた。
潤んだ瞳は、今にもこぼれそうで、半分だけ開いた淡い緑の視線に、アルベルトは、いきなり全身が熱くなるような気がした。
せんせェ、と呼ばれて、躯の奥で、何かが弾けた。
また、セーターを噛んだ歯を食い縛って、一度、大きく体を揺らす。
それから、がっくりと、ジェットの上に倒れ込んだ。
まだ繋がったままの躯が、少し痛む。
ふたりで、大きな呼吸に揺れる胸を重ねて、一緒にその数を数えた。
ジェットが、アルベルトの右手を取って、指先に口づける。
その手をもう少し先へ伸ばして、アルベルトはジェットの頬を撫でた。
剥き出しになった下肢から、ゆっくりと熱が引いてゆく。肩を小さく震わせて、アルベルトは、最後に大きく息を吐いた。
まだ、歯列に引っかかったままのセーターを、ジェットが取った。
唾液に濡れたそれを、ゆっくりと下に引き下ろして、汗の浮かんだ薄紅い膚を隠してやりながら、額に接吻する。
ジェットは触れた唇を滑らせるように、そっとささやいた。
「せんせェ、オレの上にいる時、すごいきれいだったよ・・・・・・。」
真っ赤になった顔を上げられず、ジェットの胸に、額をすりつける振りをして、それを隠した。
上から見下ろした、ジェットの潤んだ緑の瞳を、ひどくいとしいと感じたことは、言わないでおこうと思った。
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