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The Little Thing

 裸になってベッドに入る。横たわって向き合って、最初の間はただ相手の頬や首筋を撫でている。ジェロニモの指先は、すっかり短くなったハインリヒの、もう絡め取ることはできない後ろ髪をただかき上げて元に戻し、ハインリヒの指は、ジェロニモの首の後ろへ回って、そこで束ねられた髪をつかんでは軽く引っ張ることを繰り返している。
 そのうち、ハインリヒの指先がジェロニモの髪の根の方へもぐり込み、先端へ向かって滑り込みながら、まとめられていたその髪をほどく。重力に従って、ほどけた髪が枕の上へ散らばり、それを合図のように、ハインリヒがジェロニモの上へのし掛かって来る。
 ジェロニモの頭を抱え込み、ハインリヒの白っぽい唇が額から鼻筋へ、また眉の方へ上がってまぶたへ、そこから頬を通ってあごへたどり着く。ジェロニモをかハインリヒ自身をか、焦らすように唇へはまだ触れず、そのくせマシンガンの右手はそうする間に肩を撫でて鎖骨のくぼみを滑り、脇腹を落ちてもう危うくジェロニモの下腹に触れ掛けていた。
 ハインリヒの手指の触れる端から、ジェロニモの浅黒い皮膚の上に、赤い刺青が浮き出始める。ほとんど魔法のように、それはひと触れごとに色を増し、今では他の何物にも見間違いようのない、ジェロニモのその刺青だった。
 やっと唇が触れる。浅く開いたそこへ舌先が滑り込んで来て、すでに熱い口内で舌がふたつ重なる。互いの喉の奥を目指して、けれど探り過ぎないように気をつける理性はまだ保って、時々歯の当たる固くて軽い音が喉の奥へ滑り落ちて行った。
 まだハインリヒを上に乗せたまま、ジェロニモはハインリヒの首や髪には触れながら、まだ抱きしめる腕を伸ばさずにいる。ハインリヒは皓い体を押しつけて、血の色の上がった──ジェロニモの刺青の色を写したようにも見えた──胸や腹をこすりつけて来る。こんな時には邪魔なようにも思える手足が、シーツの上を泳いだりベッドの端からはみ出したりしながら、時々ふたり分の体重全部でベッドが丸ごと床を滑り、明らかに木肌のそこへ傷を残す、不穏な音を立てた。
 ハインリヒの体がずり上がり、ジェロニモの頭を肩口近くへ引き寄せ、それから、今は顔全部を覆う赤い線をわずかの間見つめてから、髪の中へ消えるその線を唇と指先が追ってゆく。闇よりもふた色浅い、けれど闇よりもずっと深く艶を帯びたその髪を、どうしていいのか分からないとでも言いたげにぐしゃぐしゃとかき回して、髪の根が吊るほど手指の中に強く引く。
 思わず喉を反らせて、その痛みをやり過ごそうとしてから、その喉に噛みついて来たハインリヒをほとんど反射的に抱きすくめて、ジェロニモはその隙に体の位置を入れ替えた。
 待っていたように、ハインリヒの手足が全身に絡みついて来る。今度はハインリヒが喉を反らせ、ごくりと飲み下して上下するその尖りを、今はジェロニモが飲み込むようにそこへ噛みついてゆく。
 体全部でハインリヒを抱き包むと、ジェロニモの刺青は、つるりと白く塗られた壁に手掛かりもなく必死で伸びて絡みつく赤い蔦のように見えて、それは或いは、人知れず積もった雪の上に流れ散った、誰かの血のようにも見える。
 ハインリヒの指先は正確にジェロニモの刺青を背中になぞり、盛り上がった肩胛骨から首の後ろへ這い上がった後で、また長い髪の中へもぐり込んでゆく。
 自分の指を締めつけるその髪の湿りを求めて、耳の後ろを撫でてまた髪の中へ戻り、ハインリヒは自分の頬や額へ落ち掛かって来るジェロニモの髪の先を顔を振って避けた後に、唇を撫でるそれには、唇の先だけで噛みついた。
 やがて我慢できなくなって、体を起こして向き合う形に足を開いて坐り込むと、下腹を近づけて互いに触れ合う位置へ躯を落ち着け、先走らないように気をつけながら、ようやくそれに触れる。
 ハインリヒが左手を使うのに合わせて、ジェロニモも自分の左手を伸ばす。両足首を合わせると、両脚の間に互いを閉じ込める形になって、いっそう近く躯が寄った。肩の位置は残念ながら合わず、ジェロニモは首を折ってハインリヒの背中をほぼ全部見下ろし、ハインリヒは喉を伸ばしてジェロニモの鎖骨の辺りへ軽く歯を立てていた。
 呼吸のたびに、みぞおちから下が痙攣するように波打つ。時々体をわずかに遠のかせて、あごや唇も触れ合わせた。
 熱く重なってこすれ合うそれは、限界にはまだ少し遠いと、馴染んだ指先に伝わっている。わざとそうして先を急がずに、そこで触れ合う指先も、こぼれ始めたぬめりを借りて絡まったり離れたりしていた。
 ハインリヒの空いた右手は相変わらずジェロニモの髪を飽きもせず探り、ジェロニモの右手は、ハインリヒの背中や腿を撫で続けている。
 髪を玩ぶハインリヒの指先の調子に、そろそろ先へ進めと言う声を聞き取って、ジェロニモは重ねていた足首を解いて、ハインリヒから左手をそっと外す。汗ばんだハインリヒの体をまた自分の下へ敷き込んで、それでもまだすぐには動かずに、ハインリヒの右肩辺りを撫でていた。
 こうやって見下ろせば、まるで金属の人形のような体だ。鈍く銀色に輝く金属片の露わな、歩く武器庫のサイボーグだった。
 抱きしめれば熱くなる。意思を持ってこちらに触れて来る。人の形をしているその中身は、これ以上ないほどにひとらしく、人間でないとうそぶけばうそぶくほど、ハインリヒは間違いなくただの人間だった。
 膝のミサイルの発射口のせいで、生身に見える部分はわずかな大腿部の、そこからそのまま繋がる下腹の、機械部分とは対照的な生々しさがジェロニモの目を刺して来る。さっきまで左掌の中に触れていたそれが、これもきちんと人工皮膚の張られた腹の方へ見事に勃ち上がって、その再現率の高さが、サイボーグ部分よりもいっそう強く、BGの技術力を示している皮肉だった。
 早く、とハインリヒが吐息交じりにささやく。ジェロニモの腕を引き、自分は片方の脚を軽く上げながら、下から回して来た手でそこをわずかに開いて見せて、また、早く、と声が低く言った。
 陰の落ちたそこ──闇の中ではっきり見えるはずもない──は、一緒に視界に入る装甲部分と同じ体とは思えず、どこまでも柔らかく傷つきやすそうに、そのくせどんな時もジェロニモを受け入れて跡も残さない強かさを内側にひそめて、それもまた改造された故だろうかと、添えられた指先の、マシンガンの銃口の縁を視線でたどる。
 今思いついたと言う風でもなく、ジェロニモはまだハインリヒの求めには応じない代わりに、重ねて何か言おうとして薄く開いた唇へ、親指の腹を押しつけた。
 ハインリヒの唇はすぐに開き、ジェロニモの指先を招き入れて、歯列の間に甘く噛み込みながら舌先を絡ませて来る。逃がさないようにか、手首を掴み、掌をもっと近く引き寄せて、ジェロニモが親指を引き抜いて次に差し入れた人差し指と中指を、さらに深く飲み込もうとした。
 長い指の間に、濡れた舌が滑り込んで来る。爪の根元に舌先が巻きつき、ジェロニモの指はじきにハインリヒの唾液まみれになった。
 束ねた指を中でほどき、口をもっと大きく開かせて、頬や歯の裏へ指の腹を滑らせる。舌の奥へ、吐き気へ届く手前まで指を進めても、ハインリヒはジェロニモの指を吐き出そうとはしなかった。
 そうする間に、ハインリヒのもう一方の手は、もう開き始めている小さな筋肉の襞を自分で押し拡げて、指先を浅く抜き差ししていた。そこへ、じきに入り込んで来るはずのジェロニモのそれを想像しながら、今は舌の上にジェロニモの指先を乗せて、粘膜が熱く絡みつくのはどちらも同じだった。
 ハインリヒの喘ぐ息が喉からこぼれる慄えが、ジェロニモの指先に伝わり、唾液の熱い湿りと一緒に、そこから何もかもをすっ飛ばして、背骨の根を叩く。今は吐息だけの音を、きちんと声で聞きたいと思った。あの、どんな時も落ち着いた声。冷たく髪を濡らす、静かな雨のような声。あの声が、熱く湿って、言葉もきちんと発せなくなるその瞬間を、知っているのはジェロニモだけのはずだった。
 引き抜く指を追って、開いたままになる唇から唾液が糸を引く。その濡れた指先を、ジェロニモはハインリヒの腿の付け根に押しつけて拭った。
 ようやく残っていた髪の毛ひと筋ほどの理性を放り投げて、引き寄せられるままハインリヒの上へ躯を落として行くと、そこへ添えられていたハインリヒの右手をやや乱暴に放り出して、何も確かめずに自分を埋め込んでゆく。
 今度こそ、はっきりとした声が、ハインリヒの喉から飛び出して来た。その声よりも大きく、ベッドがきしむ。ジェロニモの戦車の躯が、ハインリヒの機械の躯を 下敷きに轢いて押し進んでゆく。
 まるで戦闘のように、鋼鉄の塊まり同士がぶつかって、白いシーツの上に血の流れることのないのが幸いだった。その代わりに、人工皮膚の上には赤みがより強く差し、ジェロニモの刺青は、今では炎のように緋い。
 直戴に、互いを求め合う間に、ジェロニモはふと、視界の端にハインリヒの右手を認めた。どこかへ掴まろうと、頭上へ投げ出されていたハインリヒの右手の手首に、何か黒いものが見えて、こんな真っ最中だと言うのに、ふっと甦って来た理性のひと切れが、それへ目を凝らす。
 銀色の手首を横切るそれは、ハインリヒがほどいた、ジェロニモの髪を束ねていたゴムだった。
 外してどこかへやったかと思っていたのに、失くさないように、そんなところへ着けていたのかと、ジェロニモは思わず目を細めて、ハインリヒがむやみに自分の髪に触れたがることと、その髪を束ねていたゴムと、それをハインリヒが外して髪をほどいたことと、そして今、ハインリヒがそれを着けていることと、しかもそれが右の手首であることと、何もかもが繋がって腑に落ちたような気がして、そこからあふれるように湧き出て来たのは、自分が今抱いているこの男への、たとえようもないいとおしさだった。
 失くしては困ると、そう思ったから外した時にそこへ着けて、そして着けておいたことを忘れないためにそこを選んで、それはつまり、ハインリヒに対するジェロニモ自身の在り様にも思えて、それはただジェロニモの髪を束ねておいたゴムの輪に過ぎないのに、そのハインリヒの扱いには、奇妙な思いやりがあるような気がした。
 そうして、今は何もかもが今ひどく意味深く感じられて、下目に見るハインリヒの唇が自分の名を呼ぶ時のその形さえ、自分たちの繋がりの深さ──自分たちが自覚しているそれ以上の──を表しているように思えた。
 ハインリヒの右腕を引いて、ジェロニモはその手首を撫で上げるようにしてから、掌を合わせて重ねて、ハインリヒの手を握り込んだ。指の間に自分の指を滑り込ませ、ハインリヒの躯を揺すぶるリズムと一緒に握ると、ハインリヒも応えて握り返して来る。
 背中に回っていたハインリヒの左手が動いて、首筋を滑り上がって頬を包む。親指の腹が、いとおしそうにジェロニモの刺青を撫でた。
 繋がった躯が、一瞬、より熱く燃え上がった。こうすることが、ただそうしたいという欲情だけではないのだと、改めて躯の中にも体の上にも刻み込むように、上と下で見つめ合って、思わずふたりは微笑み合っている。それは、驚くほど穏やかな微笑みだった。
 ハインリヒの左手がジェロニモの右耳の線をなぞり、そしてまた刺青の赤い線を追って、長い髪の中へ消えて行った。そうする間も、消えることのない笑みだった。

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