Lying From You



 一緒にいれば、そうして時間を過ごすのが当たり前だとでも言うように、手を伸ばしてくる。
 やろうぜと、身も蓋もない言い方も、一向に羞恥を呼び覚ますものではなく、何もかもを率直に口に出して何が悪いと、真顔で言われれば、説得力のある反論も、喉の奥に引っ込んでしまう。
 長い手足に絡め取られて、あちこちに体を動かされて、時々、自分は、この男の快楽のための、ただの道具ではないのかと、そんなふうに思うことがある。
 道具という言葉は、あまり冗談にもならず、武器である体が、そんなことのために使われるという皮肉も、"ひと"の本能ということを考えれば、不思議でも何でもないようにも思える。
 明日は、ジェロニモと一緒に、フランソワーズに頼まれた庭仕事をやるんだ。
 頬に触れていた手を軽く払って、無駄と知っていて、拒んでみた。
 唇を突き出して、子どもっぽい表情を浮かべて、ほんのちょっと、肩をすくめて見せる。
 じゃあ、アンタがやれよ。
 無茶をされて、明日の朝、体が痛むのはごめんだと思えば、痛くならない方をやれと、いともあっさりと解決策が出る。
 ・・・おまえは、どっちでもいいんだしな。ずるい奴だな。
 皮肉を混ぜても、通じない。
 抱いても、抱かれても、上から見下ろしても、下から見上げても、そこに浮かぶのは、決して苦痛ではなくて、ためらいもなく、快楽の波へ泳ぎ出してゆける、その放埓ぶりを、心の底では実は好ましく思っていることを、決して口にはしない。
 違う種類の人間---と言うと、思わず苦笑が浮かぶ---なのだと、思ってしまえば、納得もできるのだけれど、違うものに魅かれ、自分を変えてみたいという、下らない欲望にとらわれる一瞬が、ひどく疎ましい。
 アンタだって、いいんだろ?
 少しだけ下品な口調で、もう了解を取ったつもりなのか、横に広い唇が頬に近づいてくる。髪をかき分けるように、鼻先を滑り込ませてきて、耳の近くに、あたたかい息がかかった。
 ぞくっと、背中が慄えて、悟られないように、必死で肩に力を入れた。
 口で言うほど、何をどうしようと、嫌いというわけではないのだ。
 手足の長い、背高い体を、自分の下に敷き込んで、まるで女とそうするように、まるでひとであるかのように、開いた脚の間に、ゆっくりと埋もれてゆくことも、奥深い体温を繋げて、無茶な形に、躯を歪めさせることも、そこで声を上げて、全身で---文字通り、総てで---応えてくる、同じように機械にまみれた体を見下ろすことを、嫌いなわけではない。
 同時に、両手足を縫いつけられて、素面でなら、屈辱で舌を噛み切りたくなるだろう姿勢で、まるで小さな動物のように手足を開いて、別の躯を、自分の内側に受け入れることも、嫌悪の表情を浮かべているほど、心底嫌っているわけではない。
 躯を繋げるということに、さして違いがあるわけでもなく、けれどどちらにせよ、主導権を握っているのは、常にあちらなのだと、そう考えることに、間違いがあるとも思えない。
 与えたいために、体温を重ねるわけではなく、むしろ、どれほど多くの快楽を得られるのか、ひどく自分勝手になって、相手の苦痛にかまわないことも、しばしばある。
 それでも、もう、これっきりにしようとは、決して口にはせず、どちらが先に始めようと、どういう思惑があろうと、自身の知らないぬくもりを奪うために、ひとごっこを繰り返している。
 どこへいようと、どちらの立場であろうと、得られる快楽の種類が違うだけで、根本はまったく変わらないと、浮かべる歓喜の表情の中に見える彼とは違い、何をどうするかで、どうされるかで、人が違ってしまうように思える自分のことが、ひどく恐ろしい。
 見下ろしている限りは、彼のことを、蔑むことさえできそうなのに、彼に躯を開いてしまえば、内側を満たしてくる形に、心の底から感謝しそうになってしまう自分がいる。
 そうすることが、快楽に繋がるわけではなく、ただ、そんな形であれ、ひととして、誰かと躯を重ねていて、そんなやり方であれ、自分を満たそうとする誰かがいるのだと、そんなことに、下らなく安堵している自分がいるだけのことだったけれど。
 恋とか愛とか、甘い響きの言葉にすり替えられる感情では決してなく、何もかもを剥ぎ取って率直に言ってしまえば、処理のために、互いを利用しているだけだった。
 けれど、そう割り切ってしまうと、ねじけた罪悪感がわく。
 互いに、人形よりはましだと、そう思っているのだと、言い切ってしまってはいけないのだろうか。
 だって、人形じゃないかと、口の中でつぶやいてみた。
 彼は、相変わらず、はばかりのない声を上げて、こちらに長い足を絡みつかせている。
 人形には、体温はないし、自分では動かないし、声も出さなければ、こちらに応えてくれることもしない。
 だから、俺たちは、人形より、ずっとましじゃないか。
 つぶやくと同時に、頭の中で声がする。
 でも、この機械まみれの体が、人形じゃなくて、何なんだ。
 もちろん、俺たちは、こんなことのために作られた人形ではない。
 もっとと、彼が言った。
 言われた通りに、もう少し深く、入り込んでやった。
 そこにある熱も、その熱を抱え込んだ柔らかな粘膜も、それが人のものではないとは、到底信じられず、けれどその精巧さゆえに、いっそう人形らしさを増してゆく。
 滑稽に、機械仕掛けの人形が、人間の真似をする。
 抱きしめることも、躯を開くことも、そんなことのために、造られたわけではないというのに、どうして、求めることをやめられないのだろうか。
 ひとらしさの残骸にしがみつくことこそ、人形であることの証拠なのだと、思ってしまえば、自己憐憫がわく。
 かわいそうな奴だなと、淫らな表情を見せる彼につぶやく言葉が、自分へのそれだとは、わかっていても、知らない振りをする。
 彼は、目の前に置かれた鏡だ。
 これは、俺だ。
 躯の動きを止めると、彼が、薄く笑って体を起こした。
 長い腕に肩を押され、力の脱けた体が、ゆっくりと倒れていく。
 首筋に唇が滑り、鎖骨のくぼみに舌先を差し込まれて、それから、鉛色の右腕の、肩との境に息がかかる。
 素直に脚を開いて、彼の腰に絡みつかせた。
 淫らな仕草だと、自分で思いながら、満たしてくる彼の形を想像して、ふと期待がわく。
 鏡が覗き込むわけではない。鏡は、覗き込まれるものだ。
 見下ろされて、欲情に潤んだ瞳に見つめられて、視線を避けるように目を閉じた。
 鏡の中に自分の姿を見つけるよりも、視線のない、見つめられるだけの鏡でいた方が、自分についた嘘がばれなくていいと、そう思いながら自分を嘲笑う。
 俺は、俺たちは、人形------
 つぶやこうとした唇をふさがれて、音のない言葉が途切れた。
 口づけにさえぎられて、人形ではないと言おうとしたのか、人形だと言いたかったのか、どちらともわからなくなってしまった。


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