Message In Blood



 ジェットが、床に坐り込んで、ハインリヒの膝に頭を持たせかけた。
 読書の邪魔をされるのが嫌いなハインリヒは、それでも本から視線を外さずに、ジェットを見ようともしない。
 熱い、とジェットは思った。
 躯が疼いて、仕方なかった。
 ハインリヒが、悟りすました表情で本を読んでいる時は、なぜかいつも躯が疼く。まるで、彼が、自分以外のものに目を向けているのに、嫉妬でもしているように。
 ハインリヒの右手を取って、口元に運んだ。
 それでも、彼は、ちらとも眉さえ動かさない。
 冷たい、鉄色の掌に、口づける。唇を湿らせ、それから、舌を滑らせる。
 頬を紅潮させ、つい夢中になる。その機械の手が、まるでハインリヒ自身であるかのように。
 指の間に舌を割り込ませ、指先に向かって舐め上げる。舌伸ばし、淫らな動きで。
 ぴちゃりと、唾液が音を立てる。
 それから、人差し指を、口の中に入れた。
 舌の上に乗せ、舐める。輪郭を、舌の先でたどり、甘く、歯を立てる。粘膜のすべてで包み込むように、唇をそっと閉じた。
 床に、だらしなくぺたんと坐り、ジェットは、ますます熱くなる躯を、じれったく揺すった。
 潤んだ、欲情した瞳が、ようやく、ハインリヒのそれと出逢う。
 冷たく澄んだ瞳。銀色の視線が、物欲しそうなジェットを、静かに見下ろしている。
 右手を、ゆっくりと手離す。
 ふらりと立ち上がり、ジェットは、唇を引き結んで、ハインリヒの目の前に立った。
 本越しに、ハインリヒが、何だ、と言いたげに見返してくる。
 ジェットの唾液に濡れた指先を、ふらふらと揺らしながら、ハインリヒは、冷笑しているようにも見えた。
 本を、手を伸ばして取り上げながら、ジェットはまた、ハインリヒの右手を取った。
 そして、疼いて、触れてもらいたくて仕方のないところへ、ゆっくりと導いた。
 本を、なるべく静かに、傍に置いて、ジェットはゆっくりと、ハインリヒの膝の上に乗った。
 首に両腕を巻きつけて、耳たぶを舐めながら、ほとんど吐息で、
 「やろう。」
と、短く言った。
 「読書の途中だ。」
 短く、ハインリヒが、言い捨てる。
 「本より、こっちの方がいい・・・。」
 「おまえは、本なんか読まないだろう。」
 もっと強く抱きつくジェットにかまわず、ハインリヒは、取り上げられた本を、視線で探した。
 「アンタと、やりたい。」
 ジェットの、熱に浮かされた瞳が、すがるように見ている。ゆらゆらと揺れる、小さな自分が、その中に見えた。
 ふと、意地の悪い考えが、浮かんだ。
 じゃあ、とハインリヒが言う。
 「自分でやって見せろ。」
 ジェットが、言葉はわかっても、意味をわかりかねて、自分の耳を疑うように、軽く頬を引きつらせた。
 「やりたいんだろう? だったらその気にさせてみろ。本より面白い見世物なら、考えてやる。」
 いつもの気の強さが、一瞬で口元に戻ってくる。眉を寄せて、ジェットはハインリヒをにらんだ。
 「アンタなんか、大っきらいだ。」
 ふん、と鼻先でそれを笑う。
 「けっこうだな。おまえに嫌われたって、俺は痛くも痒くもない。」
 「アンタだって、オレがほしくて、仕方ないくせに。」
 精一杯強がって、ジェットは言った。
 「じゃあ、試してみればいい。」
 こんな言い方をすれば、ジェットが後に引かないのを知っていて、ハインリヒは言った。笑みを添えて。
 ジェットは、一瞬、鼻白んだ貌を見せて、それでも、ハインリヒから離れると、乱暴な仕草で、はいていたショートパンツを、下着ごと引きずり下ろした。
 「ヘンタイやろう・・・。」
 「おまえは、さかりのついたネコだな。」
 毒づくジェットに、毒づき返し、口元だけで笑って見せる。
 視線を合わせないようにして、ジェットが、床に腰を下ろした。
 ソファに背を持たせかけ、足を開く。
 それから、ゆっくりと、ショーが始まる。
 指先が、ぎこちなく動き、それでも次第に、ジェットが昂ぶってゆくのが見えた。
 抑えていた声が、少しずつ大きくなり、それから、息が浅く速くなる。
 目を閉じて、その暗闇に一体何を見ているのかと、ふと、ハインリヒは思った。
 空いていた右手が、シャツの下に滑り込み、胸元を探る。
 爪先が、伸びては縮み、奇妙な動きを見せる。
 手首の動きに合わせて、時々腰の辺りが、引きつった。
 血の上った頬、うっすらと浮いた汗、ちろちろと、蠢く舌が、歯列の間から、時折のぞく。
 少年のままの体は、足裏と、両脇にある、機械の部分さえ見えなければ、まるで生身の人間のように見えた。
 機械の体にも、欲情はある。だからジェットは、ハインリヒに手を伸ばす。
 まるで、自分の熱を、ハインリヒの、機械の体で冷やしたいとでも言うように。
 筋肉の硬張りが、もう明らかに、ジェットが終わりに近いことを告げていた。
 ハインリヒは、椅子から立ち上がって、タートルネックのシャツを脱いだ。それから、静かな足取りで、ジェットの傍へ寄った。
 気配に気付いて、ジェットが動きを止め、虚ろにハインリヒを見上げた。
 ハインリヒは、ズボンの前を開け、ジェットのあごをつかんで、ぐいと引き寄せた。
 逆らいもせず、ジェットが両手を愛しげに添え、舌を差し出した。
 ジェットの舌の上で形を変えるのに、そう時間はかからない。扇情的な眺めは、ハインリヒを充分楽しませてくれたので。
 まるで、飢えた犬が骨にでもしゃぶりつくように、ジェットが舌を動かす。
 時々、ちらりと上目に見る目つきが、ひどくハインリヒをそそった。
 唾液が、糸を引く。ぺろりと唇を舐めて、それからまた、舌を伸ばす。
 重い、湿った息遣いが、部屋に満ちていた。
 ジェットの唾液のぬめりに負けてしまう前に、ハインリヒは素速く躯を引いた。
 おあずけをくった犬のように、ジェットの視線が追いかけてくる。
 けれど、床から引き上げると、くたりと胸に寄りかかってくた。
 髪を後ろに引き、半開きの、濡れた唇に、舌を差し入れる。熱く濡れた接吻の間に、撫でるように指を伸ばして後ろに触れると、もう、待ちきれないように、ひくついていた。
 指先を埋めると、ジェットは、自分から足を開いて持ち上げ、ハインリヒの腰に絡めてきた。
 はあ、と重く息が漏れる。
 ハインリヒの背中にしがみつき、立っているのもつらそうなほど、全身を、ハインリヒの指の動きに合わせて、びくびくと震わせる。
 ふと思いついて、ジェットを壁際に引きずって行った。
 もう、何をされても、まるで意識すらないように、ふわふわと従うジェットの体は、自分の熱に溶けてしまったように、ぐにゃぐにゃと頼りない。
 ジェットを、壁と自分の胸の間に挟み、ハインリヒは、ジェットの両足を抱え上げ、自分の腰にしっかりと絡めさせた。
 背中を、壁にこすられる痛みに、ジェットが呻く。
 ハインリヒは、ジェットの唾液で濡れたそれを、ゆっくりとあてがった。
 ひ、とジェットが悲鳴を上げた。
 それでも、逃れることもできず、自分の体の重みで、ハインリヒを受け入れてしまう。
 軽く突き上げると、ジェットが喉を反らして、もっと大きく叫んだ。
 必死にハインリヒにしがみつき、少しでも体が落ちるのを防ごうとする。
 「あ・・・ハインリ、ヒ。」
 金属の肩に、思わず歯が立つ。
 ジェットの中が、熱い。
 いつもより深く狭く繋がって、ハインリヒは、額に汗を浮かべていた。
 短く呼吸しながら、ふと気づくと、ふたりの間で、ジェットがまだ、熱を保ったままでいた。ハインリヒの腹にこすられ、内側からも責められて、沸点をとうに越えて、快感はもう苦痛に変わり始めていた。
 ジェットが、ハインリヒの髪をつかんだ。それから、数瞬、躯を硬直させて、熱を放った。
 そのまま脱力してしまったジェットを、ハインリヒはしっかりと抱きかかえた。
 躯を外して、静かに床に下ろすと、まだ焦点の定まらない視線で、ジェットがハインリヒを見た。
 「アンタは・・・?」
 まだ終わってないのに、とその瞳が言っていた。
 「気にしなくていい。」
 冷たく聞こえるほど素っ気なく言って、眠りに落ちるように目を閉じてしまったジェットの頬を、左手で撫でる。
 まるで、生身の人間のような、交わり。生身では、もうないのに。
 力なく横たわるジェットの、細い首をへし折るのは、ひどく簡単なことのように思えた。
 頬からあごに指を滑らせ、ハインリヒは、右手で首筋をたどろうとして、やめた。
 逡巡の後、ハインリヒはまた、ジェットの頬に指を添えた。
 ジェットは、それには気づかず、冷たい床に自分の体温を同化させながら、まどろみの中に、落ち込もうとしていた。


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