「あらし」-番外編
No Bounds
上にのしかかられ、こちらのことなどおかまいなしに、体を揺すり始める。
狭く拒むのは最初だけで、動くうちに、次第に躯がこちらに添ってくる。そうなる頃には、殺していた声も耐えることは忘れて、いっそう痛めつけるように動きながら、貪ってくる。
心を通わすためでもなければ、心を繋ぐためでもない。ただ、体が求めるから、それを埋めているだけだ。
こうすれば、こうなる、こうされれば、こう応える、言葉ではなく、躯で伝え合う。
おまえは、俺のものだと、伸ばす右手がささやく。
憤りもない。怒りもない。それは事実だと、求められるままにネクタイをゆるめながら、思う。
本音を言うなら、どこの馬の骨ともわからない相手と、数時間にせよ行方不明になられる方が困るのだと、まるで、見下したように、思ってみることもある。
性には合わない考え方だけれど、少なくとも、この状況への言い訳には、なる。
ただの部下ではない。右腕と呼ばれるようになって、もう久しい。
こうやって、アルベルトをボスと呼ぶ以前から、互いのことは知り合っている。その頃はまだ、アルベルトは、グレートの想い人に過ぎなかったけれど。
車の後部座席で、グレートとアルベルトが何をしていようと、アルベルトの部屋で、グレートが何をしていようと、ジェロニモは顔色ひとつ変えなかった。
自分を救ってくれた恩人に対する敬意は、そんなことで軽蔑に変わってしまうほど、浅いものではなかったので。
少なくとも、複数の女や男と、その場限りの関わりを、数限りなく持つわけではなかったし、アルベルトひとりを守っていたグレートは、ある意味、趣味の方向はともかくも、この世界では珍しく潔癖と言えた。
それを見習ったというわけではないにせよ、ジェロニモも、酒や薬や女---あるいは、男---の誘いに、うかうかと乗るようなこともせず、面白味のない、固い男で通っていた。そんな誘いよりも、グレートのために働くことで忙しかったし、だらしのない人間を、グレートはひどく嫌ったので。
敬愛する、大事な人に嫌われるくらいなら、下らない欲望を抑えるくらい、どうと言うこともない。
アルベルトを、そんなふうに眺めたことはなかった。
グレートの傍で、グレートに頼りきった様子で、どこかにあやうさを漂わせるアルベルトを、護るべき対象として見たことはあったけれど、それはあくまで、グレートのためだった。
グレートが、大事にしているから。グレートが、庇護している人だから。グレートが、悲しむから。
だから、護らなければと、思ったことはある。
目の前で、汗に濡れた手足を絡ませて、自分を貪っているのがアルベルトだと、まだどこか信じきれないまま、ジェロニモは、ただ、支えるためだけに、アルベルトの腰に手を添える。
女に興味が湧かない以上に、男にも興味はない、と思う。
ジェロニモにとって意味があるのは---あったのは、グレートを護るということだけだった。
その意味を喪なった後で、残されたのは、グレートが残したものに、関わり続けるということだけだった。
アルベルトの手が肩に乗って、そこに指先を食い込ませる。右手の、鉛色の指は、いつもそうやって、ジェロニモの膚にひどく痕を残す。
声を上げて、躯を揺する動きと、同じリズムで、硬い指先が膚に食い込む。痛みに唇を噛んで、ジェロニモは、そっとアルベルトを見つめた。
こんな時に、視線を交わすことは滅多となく、あちこちに漂うアルベルトの視線は、ジェロニモを、たまに認めることもあるけれど、その視線はどこか芒洋としていて、誰か、別の人を感じているのだと、重ねた膚の上に伝わる。
それが、グレートであることは間違いなく、こうし続ける限り、アルベルトはグレートを忘れず、ジェロニモも、アルベルトを通じて、グレートを護るという役目を、果たし続けることができる。
どちらにも、都合のいい話だと、自分を嗤う。
不意に、アルベルトの両腕が、首に回った。
躯の動きを、少しだけゆるめて、胸と肩を合わせて、唇を重ねてくる。
濡れた舌が、するりと入り込んで来て、歯列を割った。
求められる通りに、けれど一瞬だけ動きを遅れさせて、アルベルトの舌に応えながら、ジェロニモは、アルベルトの腰に添えていた手を、そこから外した。
今は動くのをやめて、唇の奥だけで、濡れた音がする。
何をどうするのか、決めるのはアルベルトだ。ジェロニモはただ、そこに横たわって、与えられるままを、受け入れるだけだった。
アルベルトは、自分のために、ジェロニモを使う。貪って、満足すれば、躯を外す。離れてしまえば、起こったことなど、一筋も跡を残さない。無表情を、いっそう硬張らせて、何の感情も読めない視線で、ジェロニモを見下ろすだけだった。
躯でつがうことなど、何の意味もない。そう思い込みたがっているのは、けれどアルベルトだけではないのだと、気づいているのだろうかと、思って、ジェロニモはふと、シーツに落としていた腕を、また持ち上げた。
舌を絡ませ合ったままで、ジェロニモは、アルベルトの背中に腕を回し、そして、力を込めて、抱きしめた。
触れ合っていた胸が、ぴったりと重なって、上がった体温にぬくもったアルベルトの義手の胸の部分が、ジェロニモの膚をこすって、かすかに引きつれた音を立てる。
正面から、唇を交わしながら、まるで恋人同士のように抱き合って、ふと、もう少しだけ踏み込んでみたい気がした。
腕に、もっと力を込めて、そのままアルベルトを膝の上から抱き上げると、その場に押し倒しながら躯を外した。
不意のことに、抗うことが思い浮かばなかったのか、戸惑ったアルベルトの、強く寄った眉を見下ろして、一瞬の後には、体を裏返し、背中に重なっていた。
引き寄せて、持ち上げた腰に、そこからまた繋がってゆきながら、けれど手荒には扱わない。
一度添った躯は、抵抗もなく受け入れて、むしろ欲しがるように、絡みついてくる。
こちらに向けた横顔が、瞳を驚きに見開いていたけれど、怒鳴ることも、暴れることもなく、むしろ引き寄せるように、伸びた右腕が、ジェロニモの腿の裏側に触れる。
ゆっくりと、声を確かめながら動いて、覆いかぶさるように、胸を重ねた。
肘を折って、重ねた手首の上に額を乗せ、シーツに吸い取られてしまうせいなのか、声が、いつもよりもやわらかい。
うなじや肩に、心づけの口づけを落としながら、胸と鎖骨に掌を滑らせた。その手を、もっと上に運んで、半開きの、湿った唇の間に、揃えた指先を差し込んだ。
歯列が、指の腹に当たる。舌先が、一度奥へ引っ込んで、それから、その動きに誘われたようにもっと深く差し込んだ指を、戻って来て、舐めた。
こちらに横顔を向けて、嫌がるどころか、手首を、逃げないようにか、しっかりとつかんで、唇に差し込まれた指を、音を立てて舐めしゃぶる。
歯の跡が残るほど強く噛んだことがあるくせに、今は、決して噛み切るほどのひどさはなく、舐めながら、甘く噛む。
後ろから繋がって、けれどジェロニモは、そのことを忘れていた。
唇の中の指の形を、すみずみまで舌でなぞる動きに、他のことは何も考えられなくなる。
抗うように、うごめく舌を、時々、指先で挟むと、唇の端が上がって、にやりと笑った顔になる。
指が生暖かく湿り、指の間から、あふれた唾液がこぼれて、掌と甲にあふれる。
それが手首を濡らし始めた頃には、もう、耐えられなくなっていた。
指を、唇の中に残したまま、躯を外して、背中から抱きしめる。
まだ、ジェロニモの手を抱え込んだまま、指にしゃぶりついているアルベルトを見ながら、グレートという言い訳を、さっきよりももっと必要としている自分に気がついて、ジェロニモは、アルベルトをそれ以上見なくてすむように、汗に湿ったアルベルトのうなじに、火照った顔を埋めた。
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