「あらし」-番外編
No Use
だるそうに、気もなさそうに、ベッドに横たわっているジェットに、のしかかる。
欲しくて欲しくてたまらなくて、せわしく、ジェットのシャツの下に手を差し込みながら、気ばかり急いて、剥き出しの機械の指先が、布に引っ掛かって、アルベルトは、焦れながら、思わず舌を打った。
ジェットは、おそろしいほど無表情なまま、アルベルトに手を貸そうとはせず、まるで、人形のように、長い両腕を体の脇に投げ出したまま、蔑みだけが、淡い緑の瞳に浮いていた。
その瞳の色を変えたくて、アルベルトは、ジェットのシャツをようやく首までたくし上げながら、噛みつくように、唇を重ねた。
素直に唇を開いて、舌を差し出すくせに、それ以上の協力はしない。
貪りたくて、ジェットの喉の奥まで、無様に舌を差し込もうとするのは、アルベルトだけだった。
それでも、うなじに手がかかり、指先が、柔らかな銀髪をまさぐり、次第にジェットも、必死なアルベルトに誘われたように、舌の動きに応え始める。
胸や肩をこすり合わせながら、シャツのボタンを外し、ジェットの手を取って、首筋から胸元へ、差し入れさせる。
ざらりと固い指先が、胸からみぞおちへ下がる、薄い皮膚をなぞる。
シャツのボタンが全部外れると、ジェットの腕が、シャツの下で、腰に回った。抱き寄せるように、その、長い腕の輪が小さくなると同時に、アルベルトも、ジェットの頭を抱え込んで、もっと深く唇を合わせた。
指の長い、節の高い手が、背中から腰へ、それから、腿の裏や、内側へ降り、薄い、なめらかな生地の上から、アルベルトの体温を引き出そうと、なぶるように動き始める。
ジェットの唇から、あごへ滑り、喉の線をなぞって、アルベルトは、ジェットの平たい胸に、顔を埋めた。
今までなら、ジェットがそうして来たように、薄い皮膚の下の、筋肉の形を舌先で確かめながら、ジェットの体温を、まるで、吸い取ろうとするかのように、アルベルトは夢中になって、固く立ち上がった、小さな胸の突起を、舌で弾く。
ジェットが、初めて、声をもらした。
無表情を保とうとして、けれど、頬や首筋の赤みが、それを裏切っている。
ジェットの胸から顔を上げて、皮膚に浮かんだ血の色を確かめて、アルベルトはまた、ジェットのみぞおちを舐めた。
けもののような、匂い。味わうように、舌に乗せて、それから、頬をすりつけるようにして、顔を、もっと下げた。
むしり取るように、ジーンズのボタンを外し、ジッパーを下げる。ジェットが腰を浮かせて、その時だけは、脱がせるのを手伝うように、体をねじる。
そこに現れるのは、失望だった。
ふたりとも、もう、そんなことは承知の上で、それでも、こうして絡み合うことをやめられない。
ジェットの下腹に左の掌を置き、顔を上げ、アルベルトは、自分を見下ろすジェットと、数瞬、視線をぶつけ合った。
失望はけれど、今は、奇妙な期待に姿を変え、以前の記憶にすがりながら、ふたりは、今と昔を混ぜ合わせて、ふたりは、同時に、一緒に、別々に、歪んだ形で欲情してゆく。
引きちぎられ、奪い取られた痕へ、舌を這わせる。額や頬をこすりつけながら、その、奇妙につややかな、引き攣れた皮膚に、アルベルトは、伸ばした舌を這わせる。
そこに、在ったはずのもの。
今は失われてしまった、ジェットの一部。
形を思い出しながら、アルベルトは、そこに、右の掌を乗せる。
まるで、動物が、傷を癒そうとするように、それとも、何かを探してでもいるかのように、アルベルトは、額にうっすらと汗を吹き出しながら、夢中になって、醜く、なめらかな皮膚を舐める。
ジェットが、両脚を開いて、アルベルトの頭を、空っぽのそこに引き寄せながら、時折、声をもらして、体をよじる。
舌の上に飼う熱の、その熱さ。時折喉に突き立つ、その形。思い出しながら、今はもう跡形もない、ただ平たい、つるりとした皮膚を舐める。
忘れてしまいそうだと、思って、そう思った自分に怯え、アルベルトは、その恐怖を忘れるために、そして、ジェットのことを、忘れてしまわないために、幻を追いかけながら、舌を使う。
耐え切れなくなって、アルベルトは体を起こし、また、ジェットの上に覆いかぶさった。
羞恥もなく、前を開いて、ジェットの手を取る。滑り込ませようとしたその手は、けれど、あっさりと払いのけられてしまう。
「自分でやれよ。」
アルベルトの下からずり上がり、また、ジェットが、両脚を開く。
鉛色の右手を引き寄せ、ジェットが、自分の腿の内側へ置かせた。
白く光る、引き攣れた皮膚と、鈍く光る、鉛色の掌。
片輪のからだがふたつ、奪われた痕を、触れ合わせて、慰め合おうとしている。
冷たい掌の傍に顔を寄せ、また、アルベルトは、舌を伸ばした。
左手で、もたもたと服を下ろし、ジェットを慰めながら、自分で慰める。
ジェットの傷を癒そうとしながら、自分を癒す。
生身の左手で、こすり上げた後、ジェットに、あちらからよく見えるように、腰を高く上げ、指先を滑り込ませる。
ジェットだと、思いながら、指を動かす。
差し込んで、内側で、熱を確かめながら、指を開く。ジェットが届いた、その奥深くまで、指を伸ばして、たどり着かせようと、無駄な努力を助けるために、腰が、いっそう高く上がる。
自分で、自分を侵しながら、右手を添えたジェットの傷跡を、アルベルトは、喘ぎながら、舐め続けていた。
そうやって、繋がることは、もうできない。
開いた躯の奥に、ジェットを誘い込んで、熱を交ぜ合わせることは、もうできない。
繋がって、けれど、もっともっと深く欲しくて、溶け合わせた皮膚と粘膜を、境もないほどこすり合わせることは、もうできない。
それでも、ジェットが、欲しかった。
自分では、うまくできなくて---いつだって、そうだ---、あきらめて指を外し、アルベルトは、媚びるように、ジェットを見つめた。
不様なショーを、終わらせてもいいかと目顔で訊くと、ジェットが、ばかにしたように鼻を鳴らして、あごをしゃくって見せる。
胸を重ねるように、ジェットの両脚の間に滑り込んで、アルベルトは、また、右手で、ジェットの下腹を撫でた。
それから、その、光る皮膚に、こすりつけるように、ゆっくりと、体を動かし始めた。
まるで、正面からジェットに繋がっているように、腰を合わせて、ジェットの下腹に、自分の熱を、こすりつける。
声を耐えることもせず、喘いで、汗を振り落としながら、ジェットの傷跡に、熱をすり込んでゆく。
ジェットの長い脚が、その時だけ、アルベルトを助けるように、腰に絡みついて、もっと強く、近く、引き寄せる。
肩を揺すり、果てるために、まるで、ジェットを侵しているように見える形で、アルベルトは、物足りなさには、気づかないふりをしていた。
こんなふうにではなく。
こんなやり方ではなく。
けれど、どうしようもなく。
絡み合う形の醜悪さと、中途半端さが、片輪同士の睦み合いに、とてもふさわしい気がして、アルベルトは、うっすらと目を開いて、ジェットを見下ろし、その、真っ赤に染まった首筋に浮いた、血管の形を、視線でなぞった。
どくんと、心臓が、大きく跳ねる。
抱え込まれた、ジェットの両脚の輪の中で、背中が震えた。
動きを止め、肩を喘がせていると、ジェットが、アルベルトの吐き出したそれに、指先を沈み込ませた。
腹筋の形に、すり込むように指を動かしてから、濡れて汚れたその指先を、ゆっくりと口元に運ぶ。
指の行方を、目で追って、アルベルトは、ジェットが、その指を舐めるのを、ぼんやりと眺めてた。
ジェットが、唇を歪めて、笑う。そこに浮かんだ、すさまじい妬みの表情から目を離せず、アルベルトは、まだ、指が差し込まれたままのその唇に、そっと接吻を近づけて行った。
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