「あらし」-番外編

Orange Juice



 半分に切ったオレンジに、ジェットが、がぶりとかぶりついた。
 水分の弾ける、耳に爽やかな音がして、上目にアルベルトを見ながら、口の中に入り込んだ、酸味のある果肉を、また弾ける音を立てて、ジェットが咀嚼する。
 唇が濡れ、唇の端も濡れ、あごからあごの先まで、オレンジの果汁をたらして、ひどくうまそうに、ジェットはオレンジを食べていた。
 また、一口。
 唇を、腕で拭い、それでも拭いきれない果汁が、喉を落ちて、シャツの胸元に濡れた染みをつくる。
 残った半分を手にしただけで、唇も寄せずに、アルベルトはじっと、オレンジを食べるジェットを見ている。
 器用に、半円の皮だけを残して、中の果実をすっかり食べ切ってしまうと、アルベルトの手の中にある、手つかずの残り半分を、ジェットがちらりと見た。
 鉛色の右手にある、鮮やかな、黄色がかった橙色の、オレンジ。小さな三角形に、きれいに、白い柔らかな皮で分けられた、瑞々しい果肉。
 残った皮を受け取ってやりながら、自分の半分を、ジェットに手渡す。
 ありがとうとも言わずに、少し照れたように笑って、ジェットはまた、新しい半円のオレンジに、がぶりと歯を立てた。
 うっすらとオレンジ色の、小さな飛沫が上がる。
 ジェットの白い大きな歯が、小さな、水分のたっぷり詰まった果肉の一粒一粒を、噛みちぎり、こそげ取って、口の中に運び入れる。
 唇を離した皮の端から、たらたらとこぼれた果汁が、また、ジェットの口元とあごを濡らした。
 それを拭い取ろうとしたジェットの腕を、アルベルトが止める。
 なんだ、と見返したジェットに向かって、顔を上げ、喉を伸ばす。
 酸っぱく濡れたあごを、舌先で、舐めた。
 下目に、そんな自分を見たジェットと、視線が合う。
 少しばかり驚いているジェットに、ふふっと、軽く笑いを返して、また、舌先を伸ばした。
 濡れて、べとつくあごを舐め、それから、唇の端を舐め、それから、唇を舐めた。
 オレンジの果汁の味と、べたつきがなくなるまで、アルベルトは、ジェットの皮膚の固いあごと、柔らかな唇に、繰り返し繰り返し、唇を滑らせた。
 あごが終わると、あごの先と下へ、移る。
 ジェットが、促されるまま、喉を反らす。
 両手は、ごく自然に、ジェットの肩や胸に触れていた。
 喉を舐めて、まるで猫が、他の猫を毛づくろいするように、丹念に、酸味の残る皮膚を舐める。
 そこから下がり、鎖骨にたどり着いて、鎖骨の、両方のくぼみを、また丁寧に舐めた。
 もう、どこにも、オレンジの味はなく、アルベルトは、少しだけ、失望を頬の辺りに浮かべてから、体を起こしながら、唇を舐めた。
 ジェットの、下目の視線に、またぶつかる。
 唇に向かって、喉を伸ばした。
 開いた唇の間で、舌が絡む。
 オレンジの、香りと味。
 歯の裏や、舌の奥をなぞって、オレンジを、貪る。
 ぴちゃりと、違う水分の音がする。
 唇を離すと、ジェットが、にいっと笑った。
 腕が、あごに伸びる。
 指先があごをとらえ、持ち上げられ、唇の上に、ジェットが、アルベルトが与えたオレンジを、果肉の部分を下にして、かざした。
 かぶりつこうと、唇を開け、舌を伸ばし、あごを突き出した。
 ジェットがまた、にいっと笑う。
 いきなり、ジェットの手が、半円のオレンジを、指先で握り潰した。
 ぷしゅりと、果肉が勢いよく弾け、たらたらと、絞った果汁が、落ちてくる。
 開いた唇と、舌で、果汁の雨を、受け止める。
 受け止めきれずに、唇の外に、こぼれ、流れ落ちた。
 不意に、あごから外れた手が、白いシャツの襟元をつかみ、引き寄せる。
 引き寄せながら、あごを噛んだ。
 噛んで、舐めた。
 まるで、そうやって、オレンジの果肉を食べたように。
 アルベルトが、さっきそうしたように、オレンジの果汁に濡れたあごと唇を、ジェットが舐める。
 ぴちゃぴちゃと音をさせて、時々、舌なめずりしながら、丹念に、オレンジの酸味を、アルベルトの皮膚から舐め取る。
 唇をなぞられて、思わず、唇を開いた。
 ジェットの頭を引き寄せ、深く唇を重ねた。
 オレンジの味。
 唾液にまだ、飲み込み切らない果汁が、残っている。
 互いに、飲み込みながら、オレンジを味わう。
 ジェットの、空いた片手が、アルベルトの、シャツのボタンを外した。
 下腹の近くまで、細長いV字に切り取られた剥き出しの膚の上に、ジェットがまた、残ったオレンジを絞った。
 ひやりと、爽やかな香りの果汁が、こぼれ、流れる。
 シャツに染みをつくり、もっと下へ、流れ落ちてゆく。
 それをまた、ジェットが舐め取った。
 反らした胸に、ジェットが顔を伏せ、もっと大きくシャツの前を開いて、尖った、薄紅い突起に、軽く歯を立てる。
 声が、もれた。
 頬が、オレンジよりも、もっと赤く染まる。
 そこにオレンジの酸味はないはずなのに、ジェットの唾液に混じったオレンジの果汁のせいで、ジェットの触れた皮膚から、オレンジの香りが、強く立った。
 胸を舐め、みぞおちに滑り、腹の、少し下まで、ジェットの舌がなぞる。
 ふっと呼吸を吐いて、腹の筋肉が、大きくうねった。
 自分の息も、また、オレンジが匂う。
 ジェットの手が、伸びて、シャツのボタンを全部外してから、ベルトも外した。
 耳元に、オレンジの匂いのする唇を寄せて、淫乱、とジェットが囁いた。
 ぞくりと、背筋に、走るものがある。
 息を弾ませて、アルベルトは、目を閉じた。
 ジェットの手が、触れる。
 晒された熱に、ジェットの長い指が絡みつく。
 唇が欲しくて、思わず腰を揺すった。
 残りのオレンジを、ジェットが、そこから、強く絞った。
 ジェットの大きな手の中に、すっかり握り潰されたオレンジが、最後の果汁のしたたりを、指と拳のすきまから、たらたらとこぼす。
 淡い橙色の水滴が、アルベルトの、勃ち上がった熱を、打った。
 あ、と声を上げて、肩と腰が、止められずに、同時にはねた。
 ジェットが、潰れたオレンジの残骸を投げ捨て、床に膝を折った。
 そこから、オレンジの果汁を、飲む。
 口元を覆うように伸びてきた、果汁まみれのジェットの掌を、アルベルトは、貪るように、舐めた。
 指の間に舌を差し入れ、掌の肉を噛み、指を口に含む。
 ジェットに、なぶられながら、ジェットの手をなぶった。
 片足を持ち上げられ、ジェットの肩に、乗せられる。ぶら下がった膝から下で、思わずジェットの背中を、もっと近くに引き寄せる。
 ジェットの大きな掌を、まるでオレンジそのもののように、アルベルトは、いつまでも舐め、しゃぶり、噛んでいた。
 差し入れられた指を、一本一本、根元まで、しゃぶる。爪の部分を噛み、骨の硬い手首の辺りにさえ、ぎりぎりと歯を立てた。
 舐めながら、ジェットの舌の上の、自分のオレンジの酸味を、想像する。
 ジェットの、赤い髪が、下で揺れている。
 オレンジの香りが、いつまでも消えずに、背中に回った足の爪先が、ひくりと反った。


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