「あらし」-番外編
Painful Gaze
「アンタ、オレと寝てる時に、あのオヤジのこと、思い出してるのか。」
唐突に、ジェットが訊いた。
アルベルトは、その問いを受け取って、瞳を押し上げるようにして、考え込む表情を作った。
どうだっただろうかと、思い出さなければならない程度にしか、ジェットといてグレートを、グレートといてジェットを、と思うことはないのかもしれないと、自己弁護のように考える。
それでも、思い返せば、ごく普通に振舞っている時---つまり、ベッドの中ではなく---には、それなりの頻度で、ふたりのことを、交互に考えていることを思い出す。
それはおそらく、ふたりの使う英語が、あまり似ていないせいだったろうし、それだけではなく、外見も癖も、アルベルトへの接し方も、何もかもがまるきり違うふたりだったからかもしれない。
全裸を、乱れたシーツの上に伸ばしているジェットに、さり気なく背中を向けて、ベッドの端から足を下ろしながら、
「いや、そんなことはない。」
答えを告げる口元を、見られたくはなかった。
立ち上がって、シャワーでも浴びようという素振りを見せると、ジェットの手が、腕をつかんでくる。
「逃げるなよ。」
肩越しに振り返って、言いがかりだと、口元を少し下げて見せる。
ジェットは、アルベルトの表情には取り合わずに、ふんと鼻を鳴らして、その腕を強く引っ張った。
抱き寄せるためではなく、目的の位置に、アルベルトの体を導くために、長い腕が肩を引き寄せる。頭の後ろを押さえつけられ、そうして、唇が、触れる近さでそこへ近づいた。
逆らう気もなく、ジェットの腕を軽く払うと、アルベルトは、自分から顔を寄せた。
ジェットの、だらしなく開いた脚の間に這い寄って、左手を添えて、まだ生暖かい鉛色の右手は、ジェットの平らな腹に乗せる。そうして、唇を開いて、ジェットが喉を反らして声をもらすまで、深く飲み込む。
「なあ、オレとあのオヤジと、どっちがいい?」
ジェットが、執拗に問い続ける。
からかっているような口調が、けれどどこか痛々しくて、それはきっと、ジェットの若さゆえの、滑稽な真摯さの証しなのだろうと、思いながらアルベルトは、唇と舌を使うのに忙しい振りをして、ジェットの質問を無視する。
どちらがいいと、考えたことがないと言えば嘘になるけれど、結論を出したことは一度もない。あっさりと出せる結論で、あるはずもなかった。
即答できるなら、とっくに、少なくともどちらかと---おそらく、それはジェットになるだろうと、ふと思う---手を切っている。
グレートとは、少し違うジェットのそれを、舌でなぞりながら、どちらも欲しいのだと、正直に出した答えのせいで、自分が苦しめる羽目になった、ふたりの男のことを考える。
苦しみながらふたりは、けれどアルベルトを、手放す気はないのだ。
いつもより丁寧に、舌を使う。いつも、そう、グレートにするように。
ジェットが、唇を湿しながら、わずかに腰を浮かせて、脚の間に顔を伏せているアルベルトを、下目に見ている。
頬が赤らんで、瞳が、ぼうっと霞んでいた。
驚くほどの早さで甦り、アルベルトの喉の奥を突いてくる。せっかちに先を急いで、アルベルトのやり方に、頓着する様子もない。
ジェットだと、思いながら、あふれた唾液を唇の端で軽く拭いながら、やっと顔を上げる。
「早く来いよ。」
右手を引かれ、あごをしゃくられてから、上に乗れと言われているのだと悟り、アルベルトは、ほんの少しだけいやな顔をした。
ジェットは、そんなアルベルトを鼻先で笑うと、そこに空いた手を添えて、見せつけるように、少し高く腰を浮かせた。
見下ろして、そうされれば、躯の奥で繋がる感覚が欲しくて、それでも嫌々というポーズは崩さずに、シーツの上に、折った膝を滑らせる。
面倒なことは何もなく、ただ、少しだけ手元に注意しながら、アルベルトは、ジェットの上に腰を落とした。
ごく自然に、胸が反る。受け入れる姿勢を、少しでも楽にしたくて、ジェットの膝に手を置いて、体を支えて、ゆっくりと動き始める。
ジェットが、アルベルトの腰に手を添えて、眺めるために、目を細める。
繋げた部分に目を凝らして、アルベルトが動くたびに、かすかに聞こえる、粘膜のこすれ合う音に、耳を澄ませる。
淫猥な光景に、恥ずかしげもなく腰を揺する、少し歪んだ体に、さらに欲情しながら、ジェットは、少し息を弾ませて、また訊いた。
「なあ、オレと、どっちがいい?」
「・・・そんな、こと・・・」
うっかり、唇から言葉がもれた。
熱くこすり上げる躯の奥が、原型もとどめずにぐずぐずと溶け、背骨も神経も、どこにあるのかわからなくなってしまっている。躯の中を貫く、真空の感覚だけが、今は体を支えている。
「どうせ、比べて、腹ん中で笑ってんだろ。」
決めつけるように、そう吐き捨てたジェットが、不意に体を起こして、アルベルトを抱いて、シーツの上に押し倒してきた。
崩れて開いた膝を、ジェットが抱え上げて、揃えて腕に抱え込むと、それごとアルベルトを抱きしめて来る。
背高い体に覆いかぶさられ、体をふたつに折り曲げられて、いきなり最奥まで突き上げられて、アルベルトは、苦しさにうめいた。
「・・・アンタ、誰でもいいんだよな、どうせ。」
弾む息の合間に、そう囁かれた。
目の前で、ジェットと自分を隔てる脚の下で、アルベルトは必死に首を振る。
違う。そんなことはない。ジェットとこうなってしまうまで、グレートを裏切ったことはなかった。裏切ろうと、思ったことすらなかった。ジェットだから。ジェットだから。
ぱくぱくと、唇が動くだけで、声がジェットに届くことはない。
乱暴に揺すぶり上げられて、声のない叫びが、喉の奥で尖る。
似ているなら、ふたりもいらない。
わかってくれと、求めることは許されない。
裏切りであることには変わりがない。
痛みと快感と、見極めもつかずに混じり合った感覚の中で、自分の体にも押し潰されながら、アルベルトは、ほんの一瞬、ジェットを見上げた。
こちらを見つめているジェットの、淡い緑色の瞳に、いつもの欲情の色が浮かんでいて、けれどそこに、ひどく悲しげな色をも見つけて、アルベルトは、不意を突かれて、慌てて顔を横に向ける。
罪悪感に、気づかない振りをして、重なったジェットの腰に、そっと右手を伸ばしていた。
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