「あらし」 - 番外編
Red Hot
ひどく、切羽詰まった感じで、皮膚の下が、騒めく時がある。
体中の血が、音を立てて逆流する。
今この瞬間、誰かと触れ合わなければ、世界が終わってしまいそうな、そんな、背中を突き飛ばされるような感覚に支配されて、こんな時には、ひどく物欲しそうな瞳の色をしているのだろうと、自分で思う。
空気に混じる、そんなアルベルトの熱を、ジェットはもちろんすぐに読み取って、アルベルトと同時に、その長い腕を、こちらに向かって伸ばしてきた。
中途半端に服を剥ぎ、あちこちに唇を滑らせながら、濡れた音を立てて、皮膚を濡らして、それから、湿った舌を絡める。
呼吸をすることも忘れて、互いを貪る。
まるで、発情期のけものだ。
背中に重なってきたジェットが、後ろの髪をかき上げて、動きながら、いつもは、高い襟と、柔らかな銀髪に隠れている青白い膚に、並びの悪い歯列を立てる。
雄猫が、つがう時にそうするのだと、何かの本で、いつか読んだと思い出しながら、その痛みに、もっと腰を高く上げる仕草をする。
汗を滑らせて、躯をきしませて、繋がって、揺れて、動く。
手足を、歪めた形に折り畳まれ、折り曲げられ、のしかかるジェットを引き寄せて、無理な姿勢でまた、濡れた唇を奪いながら、可能な限りで、ジェットと結びつこうとする。
深く深く、長く長く、どこまでも、際限もなく入り込んで、侵して、侵させながら、奪われているふりで、奪っているのは、アルベルトの方だ。
力の限りで、汗を吹き出して、混じり合わせ、融かした皮膚を、けじめもなく、繋ぎ合わせてゆく。
どこまでが自分で、どこまでが他人なのか、わからないと錯覚するほど、どこかに置き去りにした自我を、融け合わせているのだと、わざと誤解する。
いつの間にか、全裸になっていて、隠すところもないほどさらけ出して、互いに、開いた脚の間に、互いを抱き寄せて、互いの肩に、頬を乗せて、互いの正面に、両手を伸ばす。
ジェットの大きな掌に、鉛色の、冷たい手を重ねる。ジェットが、へへっと、肩の上で笑った。
もう、何度も、入り込んだり、吐き出したりしていて、ぬるつくそれを、重ねて、合わせて、ふたりで一緒に触れる。
形が、少し違う。自分の体温の方が高い気がして、アルベルトは、こっそりと頬を赤らめた。
ふたりで、そうと示し合わせたわけでもなく、呼吸を揃えながら、こする手の動きも、自然に揃える。
あごを乗せていた、アルベルトの右肩を、ジェットが、声を耐えるためか、軽く噛んだ。
かちんと音がして、それから、舌が這った。
重なる熱に、また張りつめて、乾き始めていた、敏感な皮膚が、新たに湿りを帯びて、それを親指で、広げるように、ジェットがこする。
今度は、アルベルトが、ジェットの鎖骨を、噛んだ。
細く浮いた骨は、薄い皮膚が、張りついてくぼんでいて、歯を立てて、骨の形を舌でなぞると、ごくりと、ジェットの、骨張った喉が上下する。
上目に見えるその、小さな光景に、アルベルトは、もっと欲情する。
すりつけるように、体をもっと近く寄せ、そっと顔を上げた。
喉の正面に唇を這わせ、細く見えて、実はしっかりとしたあごの線にたどり着く。喉を伸ばし、ざらつく皮膚を、唇でこすった。
下目に、そのあごを、胸元に引きつけたジェットが、まるで、受け止めるように、軽く開いたアルベルトの唇に、舌先で湿した唇をぶつけてくる。
ふたりで、喉を伸ばし、喉の奥を開いて、舌先で、互いを食い散らす。
湿った息を吐きながら、ずっと腰をずらして、ジェットがもっと近くへ寄った。
膝下の長い、細い足が、足首を重ねて、アルベルトの体を捕らえ、骨の形の剥き出しになった膝が、腰を締めつける。
ジェットの脚の輪の中で、ふたりは開いた脚の間を合わせ、そこに触れた両手を、まだ、先を求めて、動かし続けている。
湿った音は、上下から漏れて、ジェットが不意に、唇を重ねたままで、両手を外した。
戸惑って、一瞬、アルベルトは目を開いたけれど、ジェットの長いまつ毛は伏せられたままで、宙に遊んだ両の掌を、ジェットの手が包む。
そのまま、今度は、アルベルトの掌が、直に触れた。
傷つきやすく思える皮膚に、鉛色の、機械の手で触れることは、あまり好きではなく、けれど今は、その手を、ジェットがしっかりと押さえて、また、こする動きを再開させる。
張りつめた、ジェットの熱と、自分の熱と、生身の掌と、つくりものの掌と、包んで、こすり上げて、ぬめりが、滑りを助ける。
絡んだ舌を、軽く噛んで、喉の奥に誘い込んで、唇で嬲りながら、どうしてか、重なった掌が、いちばん熱かった。
腰を押しつけてくるジェットが、ジェット自身を焦らして、楽しんでいるのだとわかる。
先へ進みたくて、体の位置を変えて、いつものやり方で、わかりやすく果ててしまいたくて、けれど、もどかしく、いつもは柔らかな、傷つきやすさを重ねて、子どもが遊んでいるようなやり方で触れ合ってもいたくて、どこか純情にさえ思える姿勢を、焦れながら、ジェットが楽しんでいるのだとわかる。
肩をぶつけながら、飽きずに唇を重ねて、その奥で、淫らに舌を絡めて、ふたりは、また一緒に手を動かしていた。
熱が伝わって、機械の掌が、生ぬるく湿る。
この掌と、舌の上と、自分の内側と、ジェットがいちばん好きなのは、どれだろうかと、思って、腰の辺りがうずいた。
自分はどうされたいのだろうかと、そう考え始めた時、ジェットの足が、腰の後ろで解けた。
ようやく、もどかしさに耐え切れなくなったのか、今までの悠長さが嘘のように、ジェットの両手が、慌ただしくアルベルトの両膝を、開いて押さえつける。
滑り込んできた細い腰が、もう何度目なのか、入り込むために、押しつけられる。
ジェットを誘うためなのか、大きく脚を開いて、自分から、躯を寄せてゆく。
濡れた躯を触れ合わせて、滑り込むように、ジェットが、入り込んでくる。
包む掌よりももっと狭く、柔らかく、強く、内側が、ジェットの熱の形を、くるみ込む。
開いた躯の内側で、ジェットを受け止めて、アルベルトは、喉の奥で声を漏らして、胸を反らした。
さっきまで、全身で触れ合おうとしていたのに、今は、繋がった部分でだけ、ジェットが、動く。
伸ばしても、ジェットには届かない腕を、シーツの上に投げ出して、アルベルトは、開いた脚の奥で、自分を揺さぶるジェットを、できる精一杯で、自分の内側に取り込もうとする。
ジェットにこすり上げられて、そこで生まれる熱に満たされて、アルベルトは、知らずに、もっとと、言葉を投げかけていた。
唇が開くたび、ジェットが、まるで痛めつけるように、傷つけるぎりぎりで、躯を揺する。
触れれば、切れそうなほど、張り切った腿の内側を、ジェットの指が、そっと撫でた。
指の長い手が、滑り、下腹からみぞおちを這い上がってきて、それから、ほんものではない肩の部分に触れた。
手が、アルベルトの腕をとらえ、手首をつかんで、引き寄せる。
引き寄せながら、ジェットが、下方を眺めて、にやりと笑う。
「スゲエぜ・・・アンタのが・・・オレの・・・すげえ・・・」
切れ切れに、声が聞こえた。
取られた、鉛色の手が、導かれて、触れた。
繋がって、動くその部分に、指先が触れ、誰のものなのか、体液に濡れたジェットと、時折、ジェットの動きにつれて、ほんの少し、剥き出しになる、自分の内側の粘膜と、それに、鉛の指先が触れる。
熱の重なりが、濡れて、生々しく、触れる。
これが、時折持て余す、自分の熱さなのだと思って、そこに浸って、熱を吐き出そうとするジェットの熱さを思って、その淫らさと、醜くさと、それゆえに、滑稽なほど真摯な、それでも触れ合いたいのだという、想いの単純さは、いっそ清々しかった。
そこに手を置いたまま、アルベルトは、しっかりと目を開けて、ジェットを見つめた。
目元を赤く染めて、ジェットもまた、細めた視線で、アルベルトを見ていた。
頭を持ち上げて、機械の腕を視線で追って、指先の向かうその方向を見た。
繋がっている。
わずかな、躯の器官で、繋がった部分が見える。
動くジェットを視界におさめて、その真ん中で、白く弾ける自分の器官の向こうに、無機質に横たわる、自分の腕を見ている。
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