Rise



 素肌につける皮は、ぴったりと、まといつくようにはりついて、何だか、皮ではない、別のものを想像させる。
 ジェットの言った通り、サイズは、あつらえたようにぴったりだった。
 黒の、皮のジャンプスーツ。誕生日にと、ジェットが抱えてきた箱の中に、丁寧にたたまれて入っていた。
 レーサーのジェットが着るならわかるけれど、何故自分に、黒の、皮のジャンプスーツなのか、意図が読めずに、ハインリヒは怪訝そうにジェットを見やった。
 今度、別のバイク手に入れるからさ、そしたら、アンタとツーリングに行けるだろ。
 ほんとうのところ、理由などどうでもよく、年中かわり映えのしない服装でいる自分に、まるで着せ替え人形のように、何か変わったものを着せたかっただけなのだろうと、ハインリヒは苦笑した。
 当然だけれど、普段着馴れた素材とは、まるで肌触りが違う。
 くっきりと体の線の浮き出た、胸や腰の辺りを撫でて、ハインリヒは、少しばかり面映ゆい思いをする。
 何だか、いつもの自分と違って、頼りない気がしながら、ジェットに見せるために、ハインリヒは、真っ直ぐに立って、頭を高く上げた。
 「すげえ、こんなに似合うなんて、思ってもみなかった。」
 素直に、ジェットが感嘆の声を上げる。
 似合うと誉められて、悪い気はしないけれど、それでも、毎日これを着ようとはとても思えないなと、ハインリヒはこっそり思った。
 「レーサーでもバイク乗りでもないからな、何だか、しっくり来ない。」
 「着てるうちに慣れるさ。かっこいいよ。」
 いかにもジェットらしい口ぶりに、一応、そうかな、と口調だけは合わせておいた。
 「まあ、いい。ありがとう。一緒にツーリングに行く時に、忘れずに着るさ。」
 そう言って、さっきまで着ていた服を取り上げ、またバスルームへ向かおうとした。
 「待てよ、そう急いで着替えること、ないだろ。」
 ジェットが、ハインリヒの服を取り上げると、ソファの上へ放り投げた。
 下から、すくい上げるようにハインリヒを見上げて、ジェットは何の前触れもなく、ハインリヒに口づけた。
 思わず体を後ろに引こうとして、壁にぶつかる。そのまま、はりつけにされるように、両腕を取られ、壁に押しつけられた。
 「Happy Birthday, Baby。」
 唇を離して、息の触れる間近で、ジェットが、わざと下品に言う。
 「離せ。」
 短く言っても、ジェットはまだ笑いを止めないまま、ハインリヒの首筋に顔を埋めた。
 「このツナギ見た時、アンタに似合うって思ってさ、アンタに着て欲しくて、それから、オレが脱がせたくて・・・」
 言うなり、胸の前のジッパーを、勢いよく、下まで降ろす。派手な音を立てて、鈍く光沢を放つ黒い皮の間に、ハインリヒの、青白い膚が現れた。
 みぞおちどころか、ジッパーは、下腹があらわになる辺りまで下りていた。
 「脱ぎ着しやすいようにってことなんだろうけど、オレには、ヤリやすいようにこうなってるってしか、見えないね。」
 驚いているハインリヒの、腰の両脇から、するりと両手を滑り込ませ、そのまま、腿の裏側に近い辺りへ、忍び込んでゆく。
 「おい、いいかげんにしろ。着せ替え人形になってやっただけ、ありがたいと思え。」
 「皮の感触って、いいだろ?」
 耳を、ジェットがそっと噛んだ。
 「アンタだって、欲しいくせに。」
 指先が、下着の下に、潜り込んだ。
 ジェットの肩をつかんでいた手を、あきらめたように、下ろした。
 こんな口実でもない限り、滅多に会えないのなら、会えた時に、こんなことになるのは、避けがたいことなのかもしれない。そしてジェットの言う通り、ハインリヒも、ジェットが欲しかった。
 唾液と舌を、一緒に絡めながら、ジャンプスーツの上だけを、脱がせるジェットのシャツの下に、ハインリヒも両手を滑り込ませる。
 新しい、人の膚に慣れていない皮が、肩から、腕から抜け落ちながら、柔らかくきしんだ音を立てる。
 ジェットの唇が、右肩の、機械との接合部に触れた。舌先が、小さな溝をなぞってゆく。
 人の膚の匂いと、機械の匂い、それから、皮の匂い。そして、もっと躯の奥から立ち昇る、欲情の匂い。
 上半身を裸にされ、体を裏返しにされた。
 壁に頬をすりつけ、押し潰される痛みに、背中がぎしぎしと音を立てる。
 するりと、脱皮でもするように、腰の辺りまで、皮膚が剥き出しにされる。腰から下がった黒い皮は、まるで脱ぎ捨てられた、古い皮膚のようだった。
 ジェットの荒い息が、首の後ろに聞こえた。
 「アンタ、他に誰かと、ヤってたのか?」
 重く湿った息の合間に、ジェットが尋いた。 
 「躯に訊いてみろ、バカ野郎。」
 毒づくと、ジェットがいっそう強く突き上げてきて、ハインリヒは、思わず息を止めた。
 久しぶりの、ジェットの形。いちばん最後は、いつだったろうかと、ふと記憶をたぐり寄せる。
 ジェットが体を倒してきて、脇から腕を回して、ハインリヒの、機械の方の肩を抱いた。そこにあごを乗せ、また、動く。
 汗に湿ったジェットの皮膚が、背中に熱かった。
 そうして初めて、この、黒い皮の感触が、ジェットの膚によく似ているのだと、気づく。
 ジェットは、そう思って、これをハインリヒに着せたのだろうか。
 ジェットと、躯を繋げている時のように、ジェットと、膚を重ねて、輪郭も忘れて、混じり合わせる時のように。
 まだ、膚に馴染まないこの黒い皮は、ジェットの、熱くなる皮膚の代わりなのだろうか。
 ハインリヒ、とジェットが、切れ切れに、呼んだ。
 この黒の皮をまとうたびに、ジェットを思い出すのだろうか。ジェットとの、こんな時を。
 一際強く、壁に胸を押しつけられた。
 繋がった熱が、一瞬、膨張する。ゆるやかに引いてゆく、体の中の波を、ふとハインリヒは、未練がましく追おうとする。
 去ってゆくジェットを、まだ引き止めておきたくて、ハインリヒは思わず、背中をジェットの方へ倒した。
 抱き止められ、まだ繋がったまま、ジェットが、ハインリヒを抱きしめる。
 ふたりの間に挟まれて、ふたりの体温と吐息に暖まった皮が、また柔らかいきしんだ音を立てた。
 ハインリヒの髪をつかんで、自分の方へねじ曲げさせると、ジェットは、静かに浅く、口づけた。
 「Happy Birthday, Baby。」
 優しく囁かれ、ハインリヒは、目を閉じたまま、ジェットの肩へ、うなじを預ける。
 反った喉に、ジェットの指が触れる。
 唇と喉だけを動かして、声には出さず、ダンケ、とハインリヒは言った。




 すいません、思わず、コッペイさまの、皮のツナギハインさんにノックアウトされて、こんなこと、妄想してしまいました。だって、半端に脱がしてみたかったんだもん。ハインさんが、色っぽいのがイケナイんだもん(←お得意責任転嫁)。
 そういうわけで(どういうわけ?)で、迷惑以前の話でしょうが、コッペイさまに捧げます。あの、不二子ちゃんハインリヒへのオマージュってことで・・・っつーか、単なる冒涜?(←死刑)


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