Rotten Apple



 縛られた腕を、さらに押さえつけて、ジェットは、強く突き上げた。
 唇を噛んだまま、思うように声を出さないハインリヒに焦れて、わざと膝に手をかけ、大きく左右に割り開く。
 「声、出せよ。」
 ハインリヒは表情を消して、顔を横に背けた。
 「アンタも、ほんとうに強情だな。」
 また、軽く浅く突き上げる。
 躯をずらして、必死に耐えようとする反応を楽しむために、繋がっていた部分をそっと外す。
 ハインリヒの、喉が反った。
 「声、聞かせろよ。」
 また、ジェットが言う。
 細い小さなベルト状の革で、きつく締め上げられていて、熱は、極限まで昂まっても、解放されない。
 外したくても、腕は動かせないし、自分でそんなところで手を伸ばす---しかも、ジェットの目の前で---など、考えただけで寒気がする。
 ハインリヒは、また奥歯を、噛んだ。
 「言う通りに、声出せば、外してやるって、言ってんのに。」
 からかうように、けれど、声に苛立ちを込めて、ジェットが繰り返す。
 指先が、かするように、触れていった。
 唇を開いて、息はもらすけれど、声はもらさない。
 繋がらずに、当てがっただけで、ジェットが躯を揺すった。
 「この、げすやろう。」
 水色の瞳で、にらみつけてやる。
 「アンタ、もうちょっと素直に色っぽくなれないのか。」
 また、ジェットが、柔らかな粘膜の入り口に、触れてゆく。
 「躯は、アンタより素直なのに。」
 浅く繋がって、ハインリヒが、すっと息を吐いた瞬間に、また去ってゆく。
 「ほら、こっちはアンタの、そっちの口より、素直だぜ。」
 無意識に追いすがろうとして、体がずり下がる。
 ジェットが意地悪く、大きく躯を引いた。
 「声出せよ、Honey。」
 「Honeyなんて、呼ぶな!」
 「この強情っぱり。」
 あごをつかまれ、ジェットが無理に舌を差し入れてくる。
 舌をからめ取られている間は、それでも、声の漏れる気遣いはない。
 知らずに、頭を浮かせ、ジェットの舌の動きを追っていた。
 重なった唇と舌の間で、ジェットはまだ、囁くのをやめない。
 声を出せと、言い続けながら、舌先で歯列を舐める。
 薄い唇の輪郭を、丹念になぞりながら、その動きを追って、舌を絡め取ろうとするハインリヒの舌からは、一瞬の間で、するりと逃げ出す。
 散々舌先でなぶられた後、あふれた涙が目尻を伝う頃には、もう抵抗する気力もなく、ハインリヒは両脚をジェットの腰に絡め、自分の方へ引き寄せていた。
 「欲しいか?」
 がくがくと首を振って、ジェットを見た。
 「じゃあ、言うこと聞けよ。」
 また、顔を背ける。
 「・・・・・・じゃあ、声出さなくていいから、歌え。」
 いきなり何を言われたのかと、ハインリヒが、涙のたまった目で、ジェットをにらむように見た。
 「歌えよ。あえぎ声より、いいだろ?」
 声が、不意に優しくなる。
 「歌ったら、入れてやる。これも、外してやる。」
 ジェットの指が、ゆるりと絡みつく。
 肩を揺らして、ハインリヒは首を縮めた。
 「歌えよ。」
 耳の中に、硬い声を、甘い威圧を込めて、注ぎ込む。
 ハインリヒは、焦点の合わない瞳のまま、喉を伸ばした。
 「・・・・・・Innocence is over, Over  Ignorance is spoken, Spoken」
 震える声が、かすれる。ハインリヒの英語が、いつもよりも、潤みを帯びる。
 ジェットは、ようやくにやりと笑った。
 「いい子だ・・・・・・そのまま、歌えよ、やめるなよ。」
 ゆったりとした、悲しげな旋律に合わせて、ジェットは、ゆっくりとハインリヒの内側に、入り込んだ。
 
 Confidence is broken, Broken
 
 音が高くなる部分で、声がかすれ、時折、息を飲む音が混じる。

 Sustenance is stolen, Stolen

 それでも、ハインリヒは、言われた通りに歌い続けた。

 Arrogance is potent, Potent

 子守歌のような、眠りを誘うようなリズムを無視して、ジェットは、ハインリヒの中を侵した。
 声と音が、膚に絡みつく。言葉に合わせて動く唇が、濡れている。
 舌先が、動くのが、そこから見えた。
 
 What I see is unreal I've written my own part

 突き上げると、そのたびに、声が大きくなる。喉を反らして、ハインリヒは、言われた通りに、歌い続けた。

 Eat of the apple, so young I'm crawling back to start

 熱い、とジェットは思った。
 触れるのは機械の部分と、人工皮膚なのに、内側は、生身でないことが信じられないほど、熱い。
 狭く包まれて、それを拒むように、また侵す。
 
 A romance is fallen, Fallen

 歌う声は、あえぎよりも、ジェットを煽る。
 Rの音で、不自然に舌を巻くのが、ジェットを欲情させる。
 歌えよ、とまたジェットは言った。
 
 Recommend you borrow, Borrow

 言葉を、覚えている通りに舌に乗せながら、もう、意識はどこかへ飛んでいた。
 白く、頭のどこかが濁ってゆく。霧の向こうに何があるのか知っていて、そこへ飛び立ってゆくのが待ちきれない。
 握りしめた掌に、爪が食い込んでいた。


 ジェットが、不意に、動きを止め、それから、ハインリヒの、縛められたままだった熱を、解いた。
 声が、一瞬、止まった。
 叩き落とされたように、体が弾けた後、今はもう単なる反射のように、ハインリヒはまた、歌を続けた。

 What I see is unreal I've written my own part

 ジェットの胸が、落ちてくる。
 繋げたままの躯は、まだ熱く火照っている。
 重ねた、平らな胸と腹を、軽く波打たせて、ジェットの額に息を吹きかけながら、ハインリヒはまだ歌っていた。

 Eat of the apple, so young I'm crawling back to start

 弛緩した体を、ハインリヒの上にずり上げ、ジェットは、まだ動き続けるハインリヒの唇を眺める。
 最後の音を歌い終わったと思った頃、濡れた唇を重ねた。
 上唇と舌を噛み合いながら、唾液がぴちゃぴちゃと音を立てる。
 

 ふふっと、笑ったジェットの鼻先で、ハインリヒが、また歌い始めた。
 ひどく淫らな、笑みを浮かべて。

 Innocence is over, Over・・・・・・


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