ここからふたりではじめよう - 番外編

学校にて




 夜の校舎には、もちろん人気はなかった。
 アルベルトの手を引いて、ジェットは暗い廊下を、まるで昼間と変わらない足取りで、歩いてゆく。
 長い間生徒のいなかった校舎は、どこかほこりくさい、そんな気がする。
 来週には、ようやく夏休みを終えて、生徒が帰って来る。その前に、遊びに行こうと言い出したのは、もちろんジェットだった。
 体育館の裏側の非常口から、校舎の中に入れるのだと知っていて、一度どうしても、夜中の学校に入ってみたかったのだと、ジェットはいたずらっぽく言った。
 「ひっさしぶっり。」
 歌うように言って、真っ暗な、自分の教室に入ってゆく。
 しんとした、暗い部屋は、昼間見る教室と、同じ空間とは思えなかった。
 ふと、薄闇の中、深海を泳ぐ魚になったような気分になる。アルベルトは、軽く頭を振った。
 ドアを閉めた途端、ジェットの腕が、腰に回った。
 不意の、口づけ。
 驚きに、頬に血が上る。
 「こんなとこに来ようなんて、こういう魂胆だったのか。」
 頬が赤いまま、にらみつけると、どこ吹く風で、ジェットは笑った。
 「だって、制服でホテルに行けないだろ。」
 「そういう問題じゃあ・・・・・・」
 語尾は、ジェットの唇にかき消された。
 長く、唇が絡む。
 決してうまい接吻ではなかったけれど、長い間放っておかれた部分に火をつけるには、充分だった。
 ジェットの膝が、両脚を割って、滑り込んできた。
 背骨が、融けるような気がした。
 ジェットは、ひょいとアルベルトを抱き上げると、教壇の前にある机へ、彼を運んで行った。
 じたばたと暴れたところで、体格の差には、勝てない。
 そのまま机の上に坐らされ、ジェットが、ぐいっと顔を近づけてきた。
 「オレがガマンしてるの、知ってるくせに。」
 アルベルトの、生身の方の腕を引いて、ジェットはそこに触れさせた。
 「先生見るたびに、オレいつも、こんななのに。」
 切なそうに言われ、アルベルト自身も、疼く躯をもてあましかねて、けれどどうすべきかわからずに、ただ黙り込む。
 「オレ、せんせェのことばっかり考えててさぁ、いつも自分でやっててさぁ、かわいそうだと思わない?」
 耳に、息がかかる。首をすくめ、けれどもう、抵抗する気は失せていた。
 ジェットの長い指が、シャツのボタンを外し、もう長いこと、誰にも触れさせなかった肌を滑る。
 アルベルトは、切なげに喘いだ。
 唇が、胸元に降り、皮膚と金属の合わせ目をたどる。舌先が、微かなくぼみを舐め上げた。
 はあ、と息を吐いて、唇を噛む。思わず、ジェットの肩に両腕を回していた。
 ジェットの体が、下へ降りてゆく。
 膝裏に手を差し込まれ、足を抱え上げられた。ジェットはそれを肩に乗せ、器用にジッパーを下げると、そこに顔を埋めた。
 暖かな、湿った感触に、アルベルトは、機械の指を噛んだ。
 「声、出してよ、せんせェ。」
 ジェットの声が、耳に甘ったるく響く。
 躯を反らし、机の縁をつかんで、アルベルトは声を放った。
 爪先が、ぎゅっと内側に曲がる。
 ジェットの稚拙な舌の動きでも、今のアルベルトには充分だった。
 喉が、反った。
 腿の内側の筋肉が、痛いほど硬張った。
 ジェットの肩を叩き、終わりが近いことを知らせたけれど、ジェットはそれを無視した。
 「ジェット、離せ、早くっ。」 
 もう、言葉にもならず、止めようもなく、アルベルトはジェットの口の中に放っていた。
 体の力が脱けてゆく。首を折り、また、ジェットの肩に両腕を回した。
 ジェットはいやがる様子もなく、アルベルトの後始末をすると、いたずらっぽく顔を上げ、唇をべろりと舐めた。
 「・・・・・・よくも、そんなもの・・・・」
 まだ、静まらない息で、ようやく言う。
 「先生のだもん。なんでもいいよ、オレ。」
 立ち上がって、またジェットはアルベルトを抱え起こした。机から下ろし、そのまま床に坐り込む。膝の上にアルベルトを乗せた形で、ジェットはすいと体を動かした。
 脚の間に触れるそれに、アルベルトは思わず体を固くした。
 「今度、オレの番。」
 ジェットの肩にあごを乗せ、少しばかり思案する。どうしていいのか、わからない。できることは知っていても、自分に可能かどうか、わからなかった。
 戸惑いが、伝わったのか、ジェットが、肩をつかんできた。
 「オレ、このままじゃおさまんないよ、先生。」
 泣きそうな声で、言う。顔が赤い。
 「別に、口でもいいんだけどさ、オレ、できたら、せんせェの中に、入りたい。」
 このまま放り出すのは、あまりに酷かもしれないと思う。
 半ば投げやりに、どうにでもなれと、アルベルトは心を決めた。
 「あんまり、乱暴にはするなよ。」
 手伝って、ジェットのジーンズを半分下ろさせ、またそこにまたがった。
 もう、手を添える必要もないほど昂ぶったそれを、ゆっくりと、自分の中に導いてゆく。
 暗闇で、知らない曲を弾かされているような、そんな感じだった。
 急ごうとするジェットを押さえて、アルベルトはゆっくりと、ジェットの上に身を沈めてゆく。
 それでも痛みは避けられなかった。
 「うご、くなっ。」
 息を吐きながら、ようやくジェットがすっかり中に入り込んでしまうと、足の位置を変えて、アルベルトは、ジェットの肩に抱きついた。
 ジェットが、ゆっくりと動き始める。突き上げられるたび、小さく悲鳴が漏れた。
 「すげェ・・・オレ、もう、イキそうだよ。」
 そう言った言葉にうそはなく、5つ数える間に、ジェットは、くたりとアルベルトの肩に額を乗せた。
 息を弾ませて、まだ名残惜しげに躯は繋げたまま、ジェットはアルベルトを抱きしめた。
 「すげェ・・・・・・・・・・」
 肩に回った腕を解き、躯を外すと、アルベルトはそっと、ジェットの膝から下りた。
 腰の辺りが、鈍く疼いている。歩けるだろうかと、現実的な問いが、ふと浮かぶ。
 「ごめん、先生。」
 背中を向けて、服を着ようとしているアルベルトに向かって、ジェットが言った。
 「ごめんて、何が?」
 顔だけ振り返って、訝しげに、アルベルトは訊いた。
 ジェットが、顔を赤くして、上目にアルベルトを見た。
 「オレ、あんまり持たなくて・・・・」
 そんなことかと、苦笑が漏れる。
 「後5秒長く続いたら、逃げるつもりだった。」
 笑いを交えて、そういうと、ジェットも、ようやく笑った。
 服を着るアルベルトの背中に、またジェットが声をかけた。
 「せんせェ、オレのこと、好き?」
 シャツのボタンを、首まできっちりかけて、アルベルトはゆっくり振り返った。
 まだ、床にだらしなく伸びたままのジェットに向かって、
 「ああ、好きだよ。」
と言った。
 ジェットが、笑う。そして、言った。
 「オレも、せんせェ好きだよ。」
 ジェットが、アルベルトに向かって手を伸ばす。その手に向かって、微笑みながら、アルベルトは、機械の方の手を伸ばした。


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