Still Of The Night
後ろから繋がったままで、ハインリヒはそちらに腕を伸ばして、胸を浮かせた。汗に濡れたシーツが、離れた胸に張りついたままで、けれどそのまま体を反らすと、負けたとでも言うように、はらりと落ちてゆく。
腕をねじって、ジェロニモの首に巻く。そうして、頬を頬をこすり合わせるように、もっと喉を反らすと、あごの辺りに、ジェロニモの唇が触れた。
腰にジェロニモの腕が回って、そのまま抱き上げられる。繋がったままだというのに、軽々と膝の上に乗せるように、ジェロニモは、ハインリヒの体を自分の上に抱き寄せた。
体の重みで、そうと意図したわけでもなく、押し開かれて、もっと深く繋がって、ハインリヒは思わず声を出す。ひどく甘く、それが自分の耳に聞こえて、けれどそれに戸惑うよりも、大きく脚を開いた自分の姿に戸惑って、腰に回るジェロニモの腕に、少しばかり抗ってみる。
体の重さを気にして、じたばたと数秒、ハインリヒはジェロニモの膝の上で悪あがきをした。けれど、ジェロニモの腕が、穏やかにけれどしっかりと自分を抱き寄せているのに、少しばかり頬を赤らめてから、おとなしく手足を下ろす。
そうして、どちらからも動き出さないまま、ただ躯を繋げて、背中を胸を合わせて抱き合っている。
ハインリヒは、また体をねじって、ジェロニモの首に腕を回した。
右の掌を、うなじから、きれいに剃り上げられた頭の方へ滑らせて、まるで汗を拭うようにしながら、骨と筋肉の形を確かめる。そこだけ残る髪に、鉛色の小指が触れた。
柔らかな、けれどしっかりとした髪が、指に絡む。今は弾丸の入っていないマシンガンの指先が、そこで遊んだ。
そうしながら、唇を重ねようと、もう少し体をひねる。ジェロニモの頭を引き寄せて、軽く喉を反らした唇を開いた。けれどその誘いを、ジェロニモは軽く流して、代わりに、ハインリヒの耳に唇を寄せる。
自分の耳など、よく見たこともない。実際にどんな形をしているのか、どんな線を描いているのか、厚みや柔らかさや硬さや、実のところ、他人の方が、自分の耳の形をよく覚えているのかもしれないと、ハインリヒはそんなことを考えた。
ジェロニモの舌が、耳の後ろに触れる。わずかに柔らかさを残す、耳の上の辺りを噛んで、それから、普通の皮膚よりももっと滑らかな内側の、複雑な線を描く辺りを、ゆっくりと舌先がたどり始めた。
なぜそんな形をしていて、そんなふうに凹凸があるのか、きちんと調べれば、すべて理に適ったことなのだとわかるだろう。その、さして重要とも思えない小さな器官の造形には、けれどとても深い意味があるに違いないと、ハインリヒは、ジェロニモの首に回した腕に、少しだけ力を込める。
そこが、ひどく敏感なことにも、きっと意味があるのだと、ジェロニモの胸に、もっと近く体を寄せながら、ハインリヒは息を吐いた。
激しく動くことはせずに、ただ、ハインリヒの耳の形を、すみずみまで覚えようとでもするかのように、線のひとつびとつ、わずかな凹凸、皮膚の感触まで、すべてジェロニモの舌がたどってゆく。
そうして、ハインリヒは、いつの間にか、こぼれる声の端をかすれさせていた。
舌が、探るように奥へ入り込む。入り込んで、出てゆく。また入り込む。濡れた感触に、ぞくりと、背筋が慄えた。
まるで、繋がってこすり合わせる代わりのように、舌が、動く。
喉が反って、声が大きくもれた。
そうするつもりではなく、躯の内側がうねっていた。耳朶を噛まれるたびに、軽く腰が浮いた。ひどく欲しがって、躯が、ジェロニモに向かって応えている。
何度も何度も、皮膚が溶けるほど、ジェロニモの舌が滑る。唇も舌も、熱い。普段は、他よりも体温の低いはずの耳は、血の色を上らせて、今はどこよりも熱いように思えた。
そこで体温を分け合って、その熱が、内側へ流れ込んでゆく。ハインリヒが応えているのが、ジェロニモにも伝わっているのが、きちんとわかる。
ふたりは、ただじっと抱き合っているふりをして、こすり上げるのではなくて、うねるように繋がり合っている。
耳のあちこちに、歯が軽く食い込むたびに、濡れた舌が熱く滑るたびに、ハインリヒは、自分の躯が跳ねるのを感じていた。しなるように動く腰を止められずに、そのわずかな騒めきを受け止めて、ジェロニモが応え返す。そうしてまた、ハインリヒがジェロニモをもっと奥へ誘い込む。
耳から、全身が溶けてゆくような気がした。
いつのまにか、ジェロニモの膝の上ですっかり躯を開いて、体の重さも忘れて、抱きしめられた腕に全身を預けて、ハインリヒは深くジェロニモを貪っている。
暴れでもしない限り、外れることのない躯をふたつ、重ねて、合わせて、互いにあふれる熱をゆるく絡めて、まだジェロニモは、ハインリヒの耳を離そうとはしない。ハインリヒのこぼれる声に合わせて、時折、歯を立てる位置と強さを変えた。
両腕は、互いを探り合っていて、指先が髪に入り込む。あるいは、膝や腿に触れて、汗の湿りを確かめる。そうしながら、まだ、耳に触れる唇は外れない。
もっと、他のこともと思いながら、体に力が入らない。そこから溶けて、ひとつに混ざってしまったように、ハインリヒは、ジェロニモの腕の中で自分の形を忘れていた。
耳の、薄い皮膚は、もしかすると、もうすっかり溶けてしまっているのかもしれない。舌と唇の熱に、形すら失って、粘膜を剥き出しにして、不恰好な自分の姿を、痺れた頭の後ろに想像する。
ゆるやかな熱があふれすぎて、ハインリヒは、我を失っていた。
正気を支える激しさは今はなく、ただ穏やかさだけが、じわりじわり、皮膚の下をぬくめて、いつのまにか全身を溶かしている。
まるで、眠りに落ちる寸前のように、ハインリヒは、ふっと意識を手離しかけた。
その時、声が、近々と呼んだ。
ハインリヒ。
一瞬、自分のことだとわからずに、わかっても、どこから聞こえた声かわからず、あまりの心地よさに、まさか眠ってしまったのだろうかと、軽く腕を振った。
ハインリヒ。
また聞こえて、それが、今はそこにあるとすら定かではない耳の傍で、暖かな息とともに吹き込まれているのだと気づいて、ハインリヒは、ふと我に返る。
滅多と口を開かないジェロニモが、ハインリヒの名を呼んでいる。
ハインリヒの躯が先にそれに応えて、ふっと細く、ジェロニモが息を吐いたのがわかった。
ジェロニモ。
言葉で応えるために、ハインリヒも名を呼んだ。
名前ではなく、与えられたナンバーで出逢ったふたりだったけれど、今はそんなことは忘れて、ひとの名を口にして、親密さのあかしのように、その名を呼び合っていた。
ジェロニモ。
ハインリヒ。
声は潤んでいた。ハインリヒの方が、何度か多くジェロニモを呼んで、けれどジェロニモの声の方が、ほんの少し深かった。
耳の傍で声が聞こえる。躯が応える。すべてを溶かして、ふたりはまだ、そうして抱き合ったままでいた。
戻る