「あらし」 - 番外編
The Doll
階段を上がりながら、どうしたのだろうかと、また思った。
夕方には、まだ少し間がある。それなのに、店を閉めて、言われたまま、こんなところへ来てしまっていた。
ジェットだとは、思いもしなかった。店の電話番号を、教えたことはないけれど、もちろん調べればすぐにわかる番号だったから、声を聞いて驚きはしても、不審には思わず、それでも、妙に押し殺した声が、少しばかり奇妙ではあった。
すぐ、来いよ。
高飛車に、そう言った。鼻白んで黙り込むと、また重ねて、同じ台詞を繰り返した。
まだ、店を閉める時間じゃないな。
素っ気なく返すと、またしつこく、来い、とジェットが言った。
その執拗さが、なんとなく尋常ではなく、最後には、わかったと言わされて、アルベルトは電話を切った。
はやらない書店が、たまたま早く店を閉めたと言って、誰が迷惑するわけでもない。店のドアに鍵をかけて、ジェットに会うために、車に乗り込んだ。
階段は、覚えている通りに薄暗く、目指すドアを叩くと、すぐに中から開いて、ジェットが顔を見せた。
するりとドアの中に入った途端に、ジェットに、右腕をつかまれた。
ひどく性急な仕草で、右手にはめた手袋を取る。それから、コートを剥ぎ取られて、いきなり、キッチンのテーブルの上に、うつ伏せに押し倒された。
「おい、一体、何なんだ。」
抗議のために、声を荒げると、ジェットが背中に胸を乗せて、髪を強くつかんだ。
「うるせえ。」
耳元で、言い捨てて、首の後ろをつかんでから、ジェットは目的のために、最小限の服を剥いだ。
「おい、いきなり」
顔を横に向けて、肩を上げようとして、声が、喉の奥で、とがって、消えた。
いくら、慣れたこととは言え、何の準備も心構えもなく、押し開かれて、押し入られて、アルベルトは、痛みに顔を歪める。
容赦のなく突き上げながら、ジェットが、上で、喘いでいた。
妙に細い、まるで、泣いているような声を上げながら、しゃにむに、アルベルトの中で果てようとする。
躯が、ようやく開いて、柔らかく包み込むようになるよりも、ずっと前に、ジェットは、アルベルトの腿の間に吐き出してしまった。
それでも、終わりではなく、引き上げられた体は、今度は床の上に押し倒され、手早く剥ぎ取った服を、そこらに投げると、またジェットは、ものも言わずに、躯を繋げにくる。
今度は、最初よりは、少しだけ楽に、ジェットを受け入れて、それでも、いつもよりも大きく足を開いて、必死に、むやみに動くジェットに、合わせようとした。
ジェットは、それをわざと無視するように、自分勝手に動く。
動きながら、アルベルトの上で頬を上気させ、せわしなく、湿った息を吐き出していた。
まるで、アルベルトの躯を使って、マスターベーションでもしているような、そんな感じがした。
躯の中が、すれ違っている。
ジェットは、まるで、アルベルトを痛めつけたいように、動いた。
粘膜だけを、こすり合わせる。
他の、どこにも触れず、ただ、アルベルトの内側だけを、かき回す。
何度も、体の位置を変え、形を変えて、アルベルトの、開いた脚の間で、ジェットは喘ぎ続けていた。
ジェットの額に汗が散って、それが、喉の辺りに、何度か落ちてきた。
夢中になっている。しゃにむに、没頭しようとしている。快感だけを追い駆けて、アルベルトの上で、体を揺する。
いつもなら、そうなるのは自分のはずなのに、今は、ジェットが声を上げて、胸を喘がせている。
人形のように、床の上で揺すぶられながら、アルベルトは、目を閉じて、半開きの唇から、舌をのぞかせているジェットの表情---恍惚としているけれど、どこかが、かすかに、苦痛に歪んでいるように見える---を、薄目に眺めた。
一体、どうしたのだろうかと、もう、何度目か思ったことを、また考えた。
開きっ放しで、ジェットの体の重みを受け止めている脚が、そろそろだるい。
突き上げられる痛みばかりで、もう少し何とかならないかと、頭のすみで思う。
アルベルトは、そっと、左手を、下腹に伸ばした。
達するまでには、程遠く、それでも、軽く疼いている熱に、掌を重ねる。
ジェットが何もしてくれないなら、自分で何とかするしかなかった。
もっと、ジェットの方へ、腰を突き出してから、ジェットの表情を盗み見た。
赤らんだ頬、ゆるく開いた唇、ぬらぬらと光る舌先、汗を吹き出しながら、額には、赤い前髪がぴったりと張りついている。
快楽の真ん中にいる、人間の顔。組み敷かれて、組み敷いている人間の顔を、あまりまじまじと眺めることはないけれど、その、どこか無邪気とすら思える表情に、アルベルトは、いきなり欲情した。
自分のせいで、ジェットが、そんな顔を見せるのだと思った瞬間、内側で、何かが弾けたような気がした。
同じような表情を、自分もするのだろうかと、そう思って羞恥がわく。その羞恥が、欲情を誘った。
ジェットがまた、声を上げた。
淡い緑の瞳が、大きく開く。焦点を合わせるように、また細められて、それから、うっすらとかかっていた紗が、いきなりどこかへ消えた。
触れていた手を払われ、ジェットが、アルベルトの両手首を、床に縫いつけた。
「アンタは、おとなしくやられてりゃいいんだ。」
頬の赤みはそのままだったけれど、溶けるように、ぼうっとかすんでいた、頬の輪郭が、いきなり、ぱきりと音を立てて、元に戻る。
「自分勝手な淫売だな、アンタ。」
いつもよりも、鋭く容赦のない言葉が、胸を刺す。
一体、何がジェットをそんなに怒らせたのだろうかと、アルベルトは、思い始めた。
けがをさせられるかもしれないと、ほんの少しだけ、怯えがわく。
アルベルトは、ジェットの怒りを反らすために、目を閉じて、顔を横に向けた。
また、ゆっくりと、ジェットが動き出す。
押さえつけられた手首が痛んだ。
もう、開いた脚に感覚はなく、聞こえるのは、ジェットの喘ぎ声だけだった。
バスルームに消えたジェットが、シャワーの水音の後に、全裸で戻ってくるまで、アルベルトは、床の上で、体を縮めたままでいた。
痺れと痛みが、体を使われた惨めさを、いっそう深くする。
くしゃくしゃになった、シャツ一枚の姿で、アルベルトは、胎児のように、膝を胸の前に引きつけた。
ドアを開閉する音がして、足音がして、まだ少し濡れたままのジェットが、頭上に現れた。
顔をねじり、喉を反らして、ジェットを見上げる。
厚い胸まで、鋭い体の線が、真っ直ぐに立ち上がっていた。
横に滑らせた視界の端に、ジェットの爪先が見えて、どうしてか、居心地悪げに、足の指が動いていた。
ジェットの肩が、ゆっくりと降りてくる。
長い腕が、アルベルトの体を、引き起こした。
床に坐り込み、膝の間にアルベルトの背中を抱いて、ジェットがやっと、腕を回してきた。
抱きしめられて、アルベルトは、人形のように、かくんと首を折りながら、目を閉じた。
耳を覆うように散った髪を、まるで別人のように、ジェットの指が、優しくかき上げる。硬張った頬の線に、ジェットの唇が、撫でるように、降ってきた。
このまま眠ってしまいたいと、そう思った時に、ジェットが、ささやいた。
「・・・アンタが、悪いんだ。」
折れていた首を伸ばし、顔を、ジェットの方へ向ける。
表情のない、色の薄い瞳を向けて、無関心の視線を送ると、受け止めたジェットが、傷ついたように、緑の瞳を揺らした。
「せっかく女に誘われて、シケ込んだのに、肝心な時に役立たねえ。」
胸の前に回った両腕に、力が入る。
「それなのに、アンタ見た途端、このざまだ。」
床に伸びた、長い、形のいい、ジェットの両足を、アルベルトはぼんやりと眺める。
そうかと、そう思って、惨めさが、ほんの少しだけ、消えた。
子どものように、ジェットが、耳や頬や首筋に、音を立ててキスをする。
特には反応も返さずに、ジェットの腕の中で、アルベルトはされるままになっていた。
「・・・なんとか言えよ、アンタ。」
焦れたように、ジェットが、生ぬるく、吐息を耳に吹き込んでくる。
馬鹿馬鹿しいと思ったのは、ジェットの告白にではなく、自分の上で、うっとりと目を閉じていたジェットの顔を、もう一度見たいと思った、自分自身に対してだった。
くたりと、人形のふりを続けたまま、ぼそりと言ってみた。
「抱き人形がそんなに大事なら、壊さないように扱え。」
自分に対する皮肉と、ジェットに対する、少しばかりの鬱憤を、そんな言い方で、表そうとした。
ジェットが、耳の後ろで、黙り込んだ。
ゆっくりと、瞬きを繰り返した後、静かに息を吐いて、ようやく、ジェットの腕の中で、体を起こした。
腕の輪の中で、くるりと体の向きを変える。
ジェットと、正面で向き合ってから、その首に、両腕を回した。
床に、背中から倒れながら、ジェットの体を、自分の上に引き倒す。
胸を重ねて、床の上で抱き合う形になった。
ジェットの体から、水の匂いがした。
熱に潤んで、ゆらゆらと揺れる緑の瞳が、また見たいと思う。
「・・・今度は、ちゃんと丁寧に扱え。」
蓮っ葉に言って、自分から、胸を反らした。
ジェットの唇が、重なってくる。
一緒に声を上げながら、アルベルトはまた、大きく足を開いた。
微妙なところですが、
オルガニズムのオルガさんとハジメさん
へ。
ジェットがかわゆくないのは、目をつぶっていただいて、あんあん言ってない(言わせたつもり、ね!)ところも勘弁していただいて(ダメじゃん)、ところで2万ヒット、おめでとうございます(ついでか、オイ)。
なんか、ダメダメばっかりですが・・・すいません(泣汗)。脱兎。でも努力だけは、受け取っていただける、かな?(ムダと知りつつかわい子ぶりっこ)
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