The Sleep
なあ、気分はどうだ?
002は、声を失くしていた。
恐らく落下のショックだろう、人工声帯が故障したのかもしれない。通信装置は、もうとっくに壊れていた。
唇だけを動かして、話しかける。
左腕に抱え込み、愛しげに、見つめる。
アンタ、意外と軽いんだな。
揺すって、おかしそうに、唇を曲げた。
こんなふうにふたりきりなんて、アンタ、想像したことあったか?
002の声は届かない。
逃げ回って、疲れていた。少しだけ、坐り込んで、休みたかった。
アンタに、もっと触れたいけど、今は無理だな。
右腕が、吹き飛ばされていた。肩口から、ぶら下がったワイヤーと、人工組織の切れ端が、破れた防護服の合間から、ふらふらと揺れている。
空を飛ぶ機能だけは、何とか無事だったけれども、もう、燃料がない。
ここまで飛んで、逃げるのが、精一杯だった。
後は、もし気力があるなら、歩き出すしかない。
002は、深く息を吐いた。
どうなるんだろう、とは不思議に思わない。
浮かぶのは、自嘲に似た、乾いた笑みばかりだった。
暗く、瞳の色を翳らせて、また002は、自分の左側に目をやった。
なあ、何とか言えよ。いくらアンタの口数が少ないからって、こんな時に黙り込むこと、ないだろう。
声は、もちろん届かない。
目を細め、002は、今度は優しく微笑んだ。
いつも、ひとりだった。父親の顔は知らない。母親に抱きしめられた記憶はない。気がつけば、路上で、その日一日を生き延びるのに、必死になっていた。
ようやく生き延びるために、ストリートのヒエラルキーを理解し始めた頃、人を刺して殺した。
それから。
目覚めた時には、自分ではなくなっていた。
サイボーグ、と彼らは002を呼んだ。
実験に次ぐ実験、拷問に近い日々を、また、たったひとりだった。
自由になりたかった。自由を信じていた。だから、耐えた。たったひとりで。
そして。
アンタが現れた。
冷笑に唇を歪め、殺気をその身にまとって、凍る視線を投げつけた。
それでも、オレたちは仲間だった。
遠い日を思い出して、002はまた微笑んだ。
こんな時にアンタと一緒なんて、オレたち一体、どういう縁なんだろうな。不思議に思わないか?
声は届かない。答えはない。
オレは、アンタと一緒なら、別に文句はないけどさ。
もう、首を傾けるのも億劫なほど、疲れていた。
目を閉じ、それでもまだ、話しかけ続ける。
なあ、ギルモア博士に頼んだら、くっつけてくれるかな、オレの右腕の代わりに。
左腕の輪を閉じて、002は、もっと近くに引き寄せた。
004の、右腕。
足元に吹き飛んできたのは、それだけだった。
破片さえ見つからないほど、木っ端微塵に爆発した。
拾い上げ、抱きしめ、それから、飛んだ。
なあ、そうしたら、オレたち、ずっと一緒だぜ。
ずっと。
なあ、ハインリヒ。
ゆっくりと、体が重くなってゆく。
もう唇を動かす気力もない。
ふつりと、どこかで微かに音がした。
瞳も、唇も、小さく開いたまま、それきり002は動きを止めた。
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