Toy Soldier
きききと音がして、ドアが開いて、姿を現したのは、ジェットだった。
かしゃかしゃと、歩くために、足を前に踏み出すと、何か、不自然な音がする。歩くたび、上半身が、不安定に揺れていた。
ゆるいトラックパンツのすそから見える、腿と膝の接ぎ目が、いつもと違う。
ああ、こいつもまだメンテがすんでないのかと、そう思って、ハインリヒは、うっすらと笑った。
狭くて固い寝台の上に、坐った形で、ここに放置されている。正確には、放置されているわけではないけれど、こんな姿を、誰に見られたいわけもなく、ひとりにしておいてくれと、そう頼んだら、ほんとうに、誰もやって来なかった。
にやっと、ジェットが笑った。
手足のないハインリヒを見下ろして、半分以上空の寝台に、浅く腰を下ろす。
「よう、お互いさまだな。」
「そうらしいな。」
ふたりで、不敵な、けれどどこか淋しげな微笑を、交わした。
ハインリヒの左腕は、二の腕の残骸以外はなく、血管に当たる細いチューブは、循環液が回るように、中に繋がれているけれど、それ以外の、腕の部分と繋がるコードや部品は、そこから垂れ下がり、剥き出しのままになっている。
右腕は、肩と胸の装甲に繋がる部分から、外されていた。
両足も、腿の半分から下が、同じように、なかった。
そんな体を覆うものは何もなく、着けているのは、かろうじて、下着だけで、上半身は、右側の、鉛色の装甲が外されて、いつもよりももっと、機械の部分が剥き出しになっている。
ジェットが、そんな体を、上から下まで、中から端まで、見える部分を、じっと眺めた。
それから、へへっと笑って、まるで、服でも脱ぐように、左のふくらはぎに両手を掛け、かしゃかしゃと回したりひねったりして、どこかを、ぱちんと外す音がした。
左足が、膝から外れた。
それを、ほんとうに、脱いだ服のように、ぽんと床に投げ、同じように、右足も、膝から取る。
どんな素材なのか、まるで、プラスティックの食器でも投げたくらいの音しかしない。
「歩いて、動くだけ用だからな。」
ハインリヒの瞳の色を読み取ったのか、そう訊く前に、ジェットが答えた。
床に落ちた、ジェットの仮の足を眺めて、ハインリヒはそれから、自分の足に視線を落とす。
いわゆる見舞いに来たのだろうと思って、もう一度、ジェットに笑いかけた。
動くのに、いちいち人の手を借りるもの煩わしく、それでつけてもらった義足だけれど、実際に使えば、逆に不自由ばかりが目立って、けれどそれを外せば、ギルモア博士やフランソワーズ辺りの気持ちを傷つけるとわかっているから、ジェットはわざわざ、ここに降りて来たのだと、ハインリヒは知っている。
足のない体を見下ろして、いくら平気なつもりでいても、平気だと思っても、どこかで、卑屈さが、影を落とすから、自虐的になるなら、誰もいないところで、けれど、ひとりでは、落ち込んでしまうだけだから、誰かと一緒に---同じように、手足のない、ハインリヒと一緒に。
そんなことを、いちいち口にしなくても、ハインリヒなら、わかるからだ。
ジェットが、腕を伸ばして、体の位置を、少しハインリヒに近づけた。
「いい様だな、アンタ。」
近づいてくる唇が、言った。
ジェットだから言える台詞だなと、唇を受け止めながら、ハインリヒは目を閉じなかった。
ついばむように、唇に触れてから、ゆっくりと、押しつけがましくなく、舌が入り込んでくる。
「おもちゃで、遊ぶ気か?」
鼻先を、あいさつのように触れ合わせて、ジェットが、くくくと笑う。
「おもちゃは、お互いさまだろ。」
両腕で、体を支えながら、ジェットは、ゆっくりと、唇を舌へ滑らせた。
部品の部分には、触れないようにして、上半身の、装甲の表面をなぞり、それから、腕の名残りの、丸く残った縁を、ゆっくりと舐める。
内側に舌先が触れると、びくりと、ハインリヒは肩を震わせた。
「・・・なんだよ、神経が近いのか?」
ハインリヒの反応を見ながら、ジェットが舌を伸ばす。
「おい、あんまりしつこくするな。」
右肩を振ろうとして、今は、肩の部分が取り去られていることに気づく。
「心配すんなよ、感じたら、ちゃんと付き合ってやるよ。」
付き合ってやってるのは、一体どっちだ。心の中で悪態をつきながら、ジェットの舌が、ぬめぬめと動くのに、ハインリヒは、耐え切れずに、声を上げた。
解剖した死体の、血や肉をすするように、ジェットの舌と手が動く。
機械の体の内側を晒して、そこに、指先を差し入れる。
こんなことをするために、ここへ降りて来たのか、それとも、手足のないハインリヒを見て、いきなりこんなことを思いついたのか。
自分では、ろくに動かすこともできない体を、ジェットの動きに合わせて、時折揺れるように、震わせながら、ハインリヒは、ジェットの、今はない膝---あっても、もちろん触れる腕がない---に触れたいと思う。
体をずらして、ほとんど寝そべる姿勢になりながら、ジェットが、ハインリヒの下着に手を掛けた。
「おい、ここにはシャワーがないってことを、覚えとけよ!」
声を高くすると、下から、にやりと、ジェットが見上げる。
「・・・心配すんなって。アンタのくらい、飲んでやるよ。」
そういう問題ではないと、言おうとしたら、ジェットの唇が触れてきた。
下目に、ジェットの赤い頭が、ゆるゆると動き出すのを見て、ハインリヒは、思わず湿った息を吐いた。
今は、何をされても、逆らえない。
手足の取れた、人形。手足をもぎ取られた、昆虫。
破壊と死の匂いが、まとわりついている。
不様な姿の機械が2体、睦み合っている。
「ジェット・・・おまえ・・・・・・覚えてろよ。」
時間はかからなかった。
手足を取られた体を、好き勝手に扱われているのだと、そう思うと、いつもは、あまり馴染みのない被虐心がそそられ、ジェットはそう言った通り、ハインリヒはそこから吐き出した循環液を、きれいに飲み込んだ。
ハインリヒをきれいにしてから、体を起こすと、ジェットは、また、不自由な動きで、寝台の上で位置を変え、ハインリヒを、腿の上に抱え上げた。
「おい、どうする気だ?」
胸を合わせて、慌てて、左腕の名残りをジェットの肩に乗せ、自分では支えられない体を、安定させようとする。
足のないジェット体も、ハインリヒが動くと、不安定に傾いだ。
腰を抱いたジェットの手が、するりと下に滑る。
「じっとしてろよ、でないと、ふたり揃って、床に落ちちまう。」
体の重みを持ち上げることはできず、ジェットの指が入り込んでも、ハインリヒには、逃げる術もない。
ジェットの肩に、頭を乗せ、ジェットのシャツを噛んで、声を耐えた。
指を増やして、なぶるように、ジェットが、中で動く。
支えられない体を、いつものように動かすこともできず、好きに反応できないせいで、いっそう、内側に熱がこもる。
汗の浮いた額を、ジェットのシャツにすりつけて、ハインリヒは、いつもよりもっと、湿った声を、高く上げた。
「アンタ、どうする? オレの入れたい? それとも、しゃぶる方がいい?」
指を使いながら、ジェットが、訊いた。
歯を食い縛って、息を止めて、意地悪ではなく、本気で訊いているらしいジェットの声を、頭の中で繰り返した。
胴体だけの姿で、必死に頭を振っている姿は、あまりにも惨めだと思って、どちらもいやだと言えば、ジェットは無理強いはしないだろうと思ったけれど、今は、欲しがっているのはジェットだけではないと、不意に気づく。
首を伸ばして、ジェットの耳朶を、唇で噛んだ。
「人の体、床に落としやがったら------」
最後まで言わせずに、ハインリヒの希望を聞き取って、ジェットが、もう少し深く、指を差し入れた。
ハインリヒの体を、片腕で、少し持ち上げて、必死に繋がろうとする。
まるで、初めて同士のティーンエイジャーが、車の中でしてるみたいだと、ハインリヒは思った。
余裕のあるふりをしていて、ジェットだって、焦っている。
ハインリヒは、せいぜい、ジェットの肩にすがって、体の重みを減らす努力程度しか、できることはない。
ぬるぬると、滑る躯に手を添えて、何度も失敗した後で、ようやく、ジェットが入り込んできた。
体の重みで、いきなり奥まで突き上げられる。
うめいて、傾いた体を、ジェットがまた、胸に抱き寄せた。
ジェットの長い腕が、ハインリヒの体を支え、いつもよりゆるく、動く。
体が不安定で、行為に没頭できないのか、ジェットは、顔を真っ赤にして、荒く息を吐きながら、何度か悔しそうに、小さく舌打ちした。
それでも、次第に、ハインリヒの体の重みに慣れ、目を閉じて、激しく動くよりも、むしろ包まれて誘い込まれながら、ハインリヒの首筋に、低く声をもらす。
「おもちゃで遊んで、楽しいか・・・」
皮肉をこぼしたハインリヒの頬にも、血の色が上がっていた。
ジェットが、誘うような動きで、下唇を舐めて見せた。
ジェットの両腕が、まるで、背骨を折ろうとでもするように、ハインリヒの体を、強く抱き寄せた。
「ああ、アンタ、サイコーだ。」
手足のない体で、機械がふたつ、絡み合う。
畸形とすら呼べない、ぬくもりも潤いもない機械の体を、絡め合う。
不様に、惨めに、不器用に、人間くさく睦み合う。
まるで、壊れた玩具。
醜悪だと、自分たちのことを思いながら、ジェットの、潤んだ緑の瞳を、ひどくきれいだと、ハインリヒは思った。
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