てのひらをかさねて - 番外編

ユニフォーム




 洗濯ものの中に、ジェットの、バスケットのユニフォームがまじっていた。
 偶然なのか、ジェットによく似合う---そして、ジェットの、大好きな色でもある---鮮やかな赤で、ふちは、白だった。もうひとつ、色違いのユニフォームは、白地に、赤。
 「どうして、色が違うんだ?」
 そう言えば、見に行った試合によって、色を使い分けているように思えたけれどと思いながら問うと、ジェットが、くすりと笑う。
 「自分とこで試合する時と、相手のとこで試合する時で、替えるんだよ。」
 そうなのかと思ってから、それがすでにどういうことなのかわからず、けれど、続けて問うのはやめた。
 スポーツに興味はないし、バスケットを見るのは、ジェットのためだけだったので。
 表面に、細かな穴の開いているように見える、つるつるさらさらとした手触りのユニフォームは、服というよりも、何か、たとえばロボットにかぶせる皮膚のように思えて、素材のせいなのか、ひどく人工的に思える。
 まとめて渡そうと、ジェットに差し出す前に、ふと、唇を寄せた。
 ひんやりと、肌触りのいい、その布に、洗い立てで、あるはずのない、ジェットの匂いがあるような気がした。
 いたずらっ気を起こして、赤い方をふわりと広げ、肩の辺りを持って、自分の胸の前に当ててみる。
 自分より、もちろん背の高いジェットが着れば、もっと身に添うのだろうか。すそが、ずいぶんと長いように思えた。着ればおそらく、わきも胸も、余るのかもしれないと思った。
 「せんせェにも、赤の方が似合いそうだね。」
 それを見て、ジェットがにっこりと笑う。
 そんなものでも、似合うと言われれば、少しうれしくて、照れる。
 薄く微笑みを返して、手の中で丸めようとすると、ジェットが、その手を止めた。
 「着てみなよ、せんせェ。」
 笑ったままでそう言うジェットと、真っ赤なユニフォームを、交互に見た。
 「これを?」
 「うん、着て見せてよ。オレ、せんせェが長袖のシャツとか以外着たの、まだ見たことないもん。」
 確かに、今はまだ冬で、夏に着るつもりの半袖のシャツは、まだ手に入れていない。
 予行演習とでも思えばいいのかと、また、真っ赤なユニフォームを下目に見た。
 戸惑いながら、それでも、くるりとジェットに背を向け、着ている黒のタートルネック---もちろん、長袖だ---のすそを、スラックスから引き出して、ゆっくりと持ち上げる。
 そう言えば、自分の背中は、自分では見えないのだなと、ジェットの背中の手触りを思い出しながら、ふと思う。
 きつめの首回りから頭を抜いて、ジェットのユニフォームを、頭からするりとかぶった。
 すとん、という感じで、体の回りに落ちてくる。さらりと、布が膚に当たった。
 タンクトップの肩は、ほとんど剥き出しも同然で、あごを引けば、半分以上晒されたままの、胸元が見える。わきも大きく開いていて、すそだけが、思った通り、やたらと長い。
 ほとんど裸と変わらないじゃないかと、その、頼りない布をまとって、アルベルトは下目に頬を赤らめた。
 大きく開いた胸元を、左手で押さえて、まだ背中を向けたままでいると、ジェットが、背後から声をかけてきた。
 「見せてよ、せんせェ。」
 今はいているベージュのスラックスに、こんな真っ赤な色も、かすかに光る素材も、合わないだろうと思いながら、振り返って、ゆっくりと立ち上がる。
 ジェットの顔が、それにつれて、動いた。
 「うわあ。」
 上向きながら、大きく口が開いて、そんな、感嘆とも聞こえる声がもれる。
 右肩と右腕は、どんなふうに見えているのだろうかと、思った。
 「・・・せんせェ、すごい、色、白いね。」
 赤との対比で、そんなふうに見えるのだろうか。そう言えば、こんな色の服も、今まで着たことがない。
 アルベルトは、自分を見上げているジェットから、するりと視線を外して、頬を赤らめた。
 「・・・チームの先輩が、自分の彼女が、ユニフォーム着るのけっこう好きとか言ってたけど・・・」
 つぶやくように、ジェットが、細く言った。
 「・・・似合わないな、やっぱり。」
 アルベルトは、思わず言った。似合うとは、そもそも思ってはいなかったけれど、ジェットの好奇心を満たすためだけだったのと、言い訳することにする。
 「脱がないでよ、せんせェ、着たままでいいよ!」
 いきなり、叫ぶように言われ、びくりとして、ユニフォームのすそに伸ばした指を止める。
 「着ててよ、そのまま。オレ、もっと、見てたい。」
 「・・・似合わないだろう。」
 ゆっくりと、目の前で立ち上がるジェットを見ながら、軽く苦笑いして、ぼそりと言う。
 「そんなことないよ、せんせェ。オレ、今、すげえどきどきしてる。」
 長い両腕が、そっと腰に伸びてきた。
 耳元に、息がかかる。
 そう言えば、ユニフォームを着たジェットと抱き合ったことはなかったのだと、その、さらさらとした布越しに、ジェットの体温を感じながら、思った。
 ジェットの体を、軽く押し返そうとすると、ジェットがいっそう近く、肩をすり寄せてくる。
 あのさ、とジェットが、耳の傍でささやいた。
 「・・・下、脱がしても、いい?」
 一瞬で、全身が、ユニフォームと同じほど、赤く染まった。
 答えられなくて、黙っていると、ジェットがまた、同じことを訊いてきた。
 「だめ?」
 顔を背け、頬を赤らめたまま、ほんのかすかに、こくりとうなずいて見せた。
 立ったまま抱き合って、ジェットが、軽く唇に触れながら、両手をそっと、ユニフォームのすそに滑り込ませる。
 ベルトを外し、ボタンを開け、ファスナーを下げる。下着ごと脱がされたスラックスが、ひざの辺りにたまった。
 しばらくの間、そのままで、抱きしめられ、キスが、あちこちに触れる。
 ふたりで息を弾ませながら、アルベルトは、ジェットの腕の中で、何度も体をよじった。
 床に背中が当たる頃には、ユニフォーム以外の、邪魔はすべて取り去られ、ジェットももう、すっかり着ている服を乱していた。
 ユニフォームの、肩の部分は落ちていて、そのまま、上からでも押し下げて、脱いでしまえそうだった。
 こんなふうに、ユニフォームをまといつかせて、あのコートの中を、ボールを追って走り回るのかと、熱く弾ける頭のすみで思う。腕を伸ばし、空中へ飛び上がるジェットを見るたびに、その皮膚や筋肉に触れることのできる自分を、ひどく幸運だと感じていることは、ジェットには決して言わない。
 飛んで、シュートを決めるジェットを想像すると、いっそう、体が熱くなる。
 腿の内側に、ジェットの掌が滑り、それから、慣れた仕草で、内側に触れられた。
 ジェットが直接入り込んでくるまでに、そう時間はかからず、アルベルトは、繋がったまま抱きしめられることを期待して、ジェットに向かって、両腕を伸ばした。
 ジェットは、そのまま、アルベルトの両脚の間で動き始め、床の上で揺さぶられて、ユニフォームが、すそからずり上がって、みぞおちの、さらに上まで、まくれ上がる。
 いつもなら、ジェットの汗を吸うはずのユニフォームが、今は、アルベルトの汗を吸って、ぴたりと肌に吸いついている。
 ジェットに、内側と外側から、2重に包まれているような感覚に、アルベルトは、知らずに煽られていた。
 ジェットの掌が、ユニフォームの下で、胸に触れる。掌だけではなくて、抱きしめられたくて---いつものように---、アルベルトは、薄目にジェットを見た。
 ジェットの、潤んだ瞳と出会って、それでもジェットは、腕だけをアルベルトに伸ばしてくる。
 勝手が違うことに戸惑いながらも、満たしてくるジェットの形と、繋がった部分の熱さに、また我を忘れる。
 ジェットの手が、不意に、ユニフォームのすそをつかんで、まるで乱れた着衣を整えるように、下腹に向かって、引き下ろした。
 何かと思いながら、下目にそれを見ようとすると、少し強く押し上げられ、思わず声を上げて、喉を反らした。
 ジェットが、ユニフォーム越しに、掌を重ねてきた。
 皮膚同士が触れ合う感触ではなく、肌に馴染んだ布の感触でもなく、そうしてこすり上げられれば、ざらざらとした触感の際立つ素材に包まれて、ジェットの掌が、その上から触れてくる。
 ジェットの、掌の体温と、自分の熱が、それに隔てられていた。
 「ユニフォームが・・・・・・汚れる。」
 それだけ、必死で言うと、ジェットの指が、いっそう強く、もっと煽るように握りしめてくる。
 もう、おそらく、汚れることを気にしても、今さら遅いのだろうけれど、このまま終わってしまうのは、どうしてもいやだった。
 「いいよ・・・汚しても、いいよ、せんせェ・・・オレ、後でちゃんと、洗う、から。」
 息を弾ませて、切れ切れに言いながら、ジェットが、そのまままた、手を動かす。動きを早めながら、ジェットが、うわ言めいて繰り返した。
 「汚して、いいから、汚して。せんせェ・・・」
 熱がふたつ、ごく近い、けれど違う場所で、そそのかされるように、包んで、包み込まれている。
 ジェットの、分身なのかもしれないけれど、ジェットではないものに覆われ、それに隔てられ、ジェットを遠いと、アルベルトは感じた。
羞恥を、今はどこか見えない場所に追いやって、ジェットに向かってまた、両腕を伸ばした。
 いつもとは違う触れ方に、アルベルトが、そそられながらも、うまく昇りつめられず、焦れているのがようやくわかったのか、ジェットが手の動きを止めて、じっとアルベルトを見下ろしてきた。
 「だめ?」
 数歩手前で、足踏みをし続けて、知らずにこぼれた涙が、目尻を濡らしている。
 目を閉じ、顔を背けたままで、アルベルトは、ジェットに向かってうなずいた。
 「これじゃ、ムリそう?」
 言いながら、少し強く、指を絡める。
 アルベルトは、びくりと肩を波打たせて、がくがくと首を折った。
 「じかに、さわってほしい?」
 そうやって、焦らされているのだとわかっていて、アルベルトは、逆らえずに、また目尻に涙をためて、こくこくとうなずいた。
 覆われていた、ざらざらとした感触が去り、ようやく、ジェットの、馴染んだ暖かさが包んでくる。
 羞恥を置き忘れたまま、手繰り寄せることをせず、待っていたぬくもりを与えられて、アルベルトは、遠慮もなく声を上げた。
 ジェットが先に、躯を引いた。それから、アルベルトも、ジェットの掌で、果てた。
 ジェットの指よりも、濡れたのは、ユニフォームだった。
 乱れた服のまま、アルベルトを、床の上で横抱きにし、腹と胸に散った名残りを、ジェットが指先でぬるりとつつく。
 くすりと、笑い声が、喉の奥に立った。
 「・・・これ着て、試合、できるかなあ、オレ。」
 からかわれているのだとわかって、アルベルトは、頬を薄く染めた。
 ユニフォームからふと、ジェットの汗の匂いが、ほんのかすかに立ち上がった気がした。


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