Unusual



 何についても、探究心が旺盛なのは、きっと良いことなのだろう。
 ピュンマの博識には、仲間の誰もが舌を巻いているし、イワンと対等に話ができるのもピュンマだけだ。好奇心というのは、とても健全だと、ジェロニモは思おうとして、少しだけ失敗した。
 「こんなのはどうかな。」
 どうだろうと言われても、興味がないときっぱりと返すこともできず、ジェロニモは、頬を赤く染めて---あまり、そうは見えないけれど---、あごを引いて、視線をそこから必死にずらす。
 一体どこから手に入れて来たのか、おそらくジェット辺りから流れて来たのだろうと、容易に想像のつく、ゲイのポルノグラフィーも、どうしてかピュンマの手の中で見ると、何かの研究資料のように見えるから不思議だ。
 全裸の男たちが、いろんな形で抱き合っている。他のページをめくれば、きっと、半裸で挑発的な視線を投げかけている写真や、全裸でとんでもない姿勢をしている写真や、そんなものもあるのだろう。
 女たちを喜ばせるためではなくて、男のための、男の裸。ポルノグラフィー自体に興味も関心もないジェロニモは、そのあからさまさに驚いて、何度か瞬きをしてから、ピュンマの方だけを見ることに決めた。
 「どうして、そんなもの・・・」
 「いや、キミと、何か試せないかと思って。」
 真顔で、きっぱりとピュンマが言う。まるで、明日の朝食の、卵の焼き加減の話をしているみたいだと、ジェロニモは思う。
 試すって、何を? そう思ったのが、顔に出たのか、ピュンマが、ジェロニモの方へ差し出していた雑誌を自分の方へ向けて、ぱらりとページを繰りながら、ひどく難しい表情を作る。
 「キミ相手だと、ボクの身長が足りないんだ。手足の長さもこんなに違うから、もう少し、何とかならないかと思って。」
 正確には、いたって標準サイズのピュンマを基準にすれば、ジェロニモが大きすぎるのだけれど。
 確かに、ふたりで一緒にいると、さまざまな不具合がある。
 ベッドの大きさが、まず絶対に足りない。それは、ふたりとも床で寝るのを気にしないということで解決された。
 ピュンマの腕は、ジェロニモの腰にさえ回り切らない。それはもうそういうことだと、ふたりで黙って受け入れることにした。
 ピュンマにあれこれ扱われるには、ジェロニモの体は重すぎる。ピュンマをうっかり潰してしまったりしないように、ジェロニモが気をつけるしかなかった。
 結局、ベッドの中でふたり一緒に暴れれば、部屋の床が抜けかねなくて、いつもひっそりと静かに、寄り添うように抱き合うことになる。
 ジェロニモは、それに不満はなく、けれど少しくらいは羽目を外したいらしいピュンマは、何か疑問があればいつもそうするように、さっそくリサーチにかかったらしかった。
 なるほど、それでゲイのポルノグラフィーというわけか。納得したからと言って、気恥ずかしさが消えるわけもなく、ジェロニモはまだ赤みの消えない頬の辺りを、そっと掌で撫でた。
 何をどうしようと、行為自体に大した違いがあるわけでもなく、それよりも大事なのは、互いのことを大切に思う気持ちなのではないかと、場合によっては鼻で笑われそうなことを、ジェロニモは生真面目に信じているのだけれど、ピュンマが、何をどうするかも大事だと主張するなら、それに付き合うのも大事なことだと、半信半疑で自分自身を説得にかかる。
 頼むから、とんでもなく難しいことを、要求するのだけはやめてくれと、こっそりと思いながら、とりあえずピュンマに反論するのはやめておく。
 「いつも同じだと、キミだってつまらないだろう?」
 いやそんなことはないと、言っても多分ピュンマは信じないだろう。
 抱き合って眠れるだけでもいいじゃないかと、そんな言い草はピュンマには通用しない。
 生身じゃないからって、引け目に思う必要なんかないし、楽しめることなら、最大限楽しむべきだと思うな。こんな体だからこそ、できることにはすべて、徹底的に挑戦するべきだと、その前向きな姿勢は、戦闘でも普通の生活をしていても、常に良い方に生かされていると、ジェロニモは思う。人間同士の営みという、とても基本的な、大事なことだからこそ、ピュンマもこんなにこだわるのだとわかっていても、けれどその探究心を、もう少し他の方面に向けてくれてもいいのではないかと、思わずにはいられない。あるいは、他の誰かと一緒に徹底的に追求するのはどうだと、けれどそんなことを言えるはずもなかった。
 そんなことをされて困るのは、何よりジェロニモ自身だった。
 「キミが上になると、ボクが動けないし、後ろからだと、足の長さが違いすぎて大変だし・・・」
 雑誌のページをめくりながら、ピュンマがひとり、あごを指先でつつきながら、ひどく真剣な表情で検討中だった。何をどう検討中なのか、想像するだけで顔から火が噴きそうになる。
 「とりあえず・・・」
 ピュンマが、ぽいと雑誌を床に放った。見事な筋肉を見せびらかす半裸の男の表紙が、ピュンマの肩越しに見える。そちらに視線を移した隙に、ピュンマが、体をぶつけるようにして、ジェロニモに抱きついてきた。
 不意のことに、よろけた体を支えて、ピュンマの腰に腕を回して、いきなり触れてきた唇に目を白黒させながら、それでもジェロニモは抗うことはせずに、気をつけて、ピュンマを抱いた腕に力を込めた。
 首に腕が回り、掌が頭の後ろを抱え込んで、ぴたりと濡れた唇が張りつく。歯列を割った舌が、こちらを食むように動き始める。ピュンマと抱き合うと、いつも一方的に貪られていると感じるのだけれど、ジェロニモは、それを嫌いではなかった。
 いつもよりもずっと深く、舌が入り込んでくる。長々と呼吸を奪われて、何度かあえぐように、ぴったりとピュンマと重なった胸を大きく反らした。
 次第に力の脱けてゆくジェロニモの体から、ピュンマがさり気なく服を剥ぎ取ってゆく。ピュンマが自分で服を脱ぐのを、よろよろと腕を上げて手伝いながら、この長い接吻も、ピュンマが試したいことのひとつなのだろうかと、ジェロニモはこっそりと何度か瞬きをした。
 いつもなら、とっくに押し倒しているジェロニモの体を、今夜はピュンマが手前に引き倒そうとする。うっかり倒れ込めば、ピュンマを押し潰しかねないから、ジェロニモはうろたえながら、腕を伸ばして体を支えた。
 ほらと、膝の間に、ピュンマの膝が割り込んでくる。
 まだ、全部は脱ぎ切っていないシャツや下着をあちこちに絡めて、ピュンマの腕に引かれるまま、珍しくピュンマの体を下に敷き込んで、ジェロニモはそっと胸を重ねる。
 戦車に轢かれると同じくらいの負荷を、ピュンマに掛けるわけにもいかなくて、ジェロニモは手足を軽くばたつかせた。
 「・・・大丈夫だよ、ボクだって、深海の水圧に耐えられる程度には丈夫だから。」
 ジェロニモの懸念を見透かしたように、ピュンマが笑って、下から言う。そうだとわかっていても、うっかりすればピュンマを壊してしまいそうで、ジェロニモは必死に、抱き寄せようとするピュンマから、体を浮かせようとする。
 唇を重ねたまま、そんな攻防を繰り返して、そうして、ピュンマがようやく腕をゆるめて、ジェロニモの肩を押した。
 またピュンマの腕に従って、ピュンマの細い腰をまたぐ形に体を起こして、こんなふうにピュンマを見下ろすことの珍しさに、ジェロニモは目を細めた。
 「キミが、よく見えるね・・・。」
 ジェロニモの腿を撫でながらピュンマがささやいた。
 そうして、初めて羞恥がわいて、ジェロニモは思わず口元を掌で覆う。赤くなった頬を隠そうとしたのだと、自分でも気づかないまま。
 ねえ、とピュンマが、もっと低く言った。
 「このまま・・・」
 ピュンマの言った意味をすばやく悟って、ジェロニモは首を振った。
 その仕草がおかしかったのか、下から、ピュンマが笑った振動が伝わる。脚が、しびれるような気がした。
 「まだ無理かな・・・。」
 ジェロニモに言ったのか、それとも、自分に言い聞かせたのか、ピュンマがゆっくりと体を起こす。
 また、首に向かって腕が伸びてきた。
 下から迫るピュンマの、ひどく潤んだ瞳が、何か言いたげに揺れていた。けれど読み取る前に、唇が重なって来て、ジェロニモは何も言わずに目を閉じる。
 どう抗っても、結局は、ピュンマがそうしたいようにさせてしまうのだろうと思いながら、正面を向き合って坐って、互いの背中に腕を回して、ジェロニモはまた長い長い接吻のために、ピュンマに向かって首を折る。
 背中に回りきらないピュンマの腕が、肩甲骨の辺りをさまよっていた。
 ピュンマの体を腕の中に収めて、慣れない姿勢に挑戦するのは、もう少し先にしてくれと、苦笑交じりに思う。
 ピュンマが、ジェロニモの胸を押して、ゆっくりと、いつものように、ジェロニモを自分の下に敷き込んだ。重なる腰の辺りの熱さに、ふたり同時に、ひそやかに声をもらす。


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