てのひらをかさねて - 番外編
声
胸を重ねると、もう、ジェットが昂ぶっているのがわかる。ジェットだけではなくて、重なってくる肩を抱き寄せながら、互いが触れ合うように、ほんの少しだけ、躯の位置をずらす。
そうしてから、声を耐えるために、唇を噛んだ。
あちこちに触れられて、触れて、アルベルトの、皮膚のささやきを指先に聞き取るのか、ジェットはいつも、そうして触れて欲しいやり方で、触れて欲しいところに、触れて欲しい間だけ、掌を重ねてくる。
以前は、もっと余裕なく、ぎこちなく、アルベルトに触れていたのに、今は、こちらが翻弄されている。
時折、耳元で問われることに、言葉では返事を返せず、かすかにうなずくか、首を振るしかできない。
せんせェ、と、切なく甘く、声が流れ込んでくる。
名前を呼びたいと言ったくせに、いまだそれが果たされることは滅多となく、ほんとうにごくまれに、照れくさそうに、アルベルトと呼ぶこともあるけれど、それはいつも、ベッドの中で、ふたりきりで皮膚を触れ合わせている時の、ほんの一部に過ぎなかった。
語尾が甘くかすれる、彼独特の呼び方をされるたび、どこか、背筋の辺りが、少しざわめく。
どこにも、そんな匂いなどするはずのない呼ばれ方なのに、そっと唇を開いて、舌先を軽く噛まれたような、くすぐったいような、むずがゆいような、そんな気分になる。
もっと、と思って、唇を開いて、舌を、自分から差し出したくなる。
いつもではないけれど、時折、確かに、確実に、欲情を誘う。そんな言葉を、自分自身に対して使う日が来るとは、思ってもみなかったけれど、その感覚は、確実に、ジェットを、そんな形で欲しがることだった。
背の伸びも、ようやくおとなしくなり、それでも、肩や胸が厚くなるのには、まだ目に見える変化があって、抱き寄せて、抱き寄せられるたびに、小さな驚きがある。
それでも、腰の細さと、その薄さが、ジェットの年齢を、隠さずに伝えてくる。
削いだような、背中から腰の線に、腕を沿わせる。しっくりと馴染む、その、少しばかり激しい線に腕---特に、機械の方の右腕---を置くと、ジェットと繋がっているのだ---行為という意味ではなくても---と、いつも実感する。
それほど近く体を寄せて、抱き合って、接吻を交わすと、外の世界の、それ以外のことは、もうどうでもいいと、ほんの一瞬だけ、思う。
際どく、柔らかな皮膚を探られ、また、声がもれそうなる。それを噛み殺して、目を、きつく閉じた。
躯を繋げるために、まずは、指は入り込んでくる。
ジェットの、長い、節の高い指が、そっと、まるでこっそりとドアを叩くように、こわごわと、入り込んでくる。
もう、数え切れないほど繰り返していることなのに、いまだに、傷つけないかと、過剰なほど気をつけながら、ジェットの指が、そっと動く。
内側に触れられると、全身の皮膚が、ざわめく。皮膚の外側ではなく、ちょうど一枚下の辺りの層を、じかになぶられているような、そんな感じがする。
内側で、動くジェットの指の形を、知らずに、誘うように包み込みながら、全身を、ジェットにすりつける。
欲しいと、言葉でなく、膚に言わせて、それを、ジェットの皮膚に伝える。
せんせェ、と、またジェットがささやいた。
見上げて、引き寄せて、唇を重ねる。舌を絡めて、濡れた音を立てると、もっと強く、ジェットの指が動いた。
そんなつもりもなく、躯が応える。ジェットが上で、くすくすと笑う。
「せんせェ、食べちゃいたいな、オレ。」
「・・・そんなこと、なんか、もう、とっくに・・・」
意味をなさない口答えをして、言葉を終わらせられずに、息を飲む。
ジェットが指を外し、アルベルトの腰に、手を添えた。
素直に足を開いて、上にのしかかってくるジェットを期待していたのに、ジェットは、そうする代わりに、アルベルトの体を、横に押した。
「こっち向いて・・・うつ伏せになって。」
言われた通り、戸惑いながら、背中を向けると、抱えるように、腰を持ち上げられる。
取らされた姿勢に、思わず肩が上がった。
「・・・こ、こんなのは」
腰を重ねながら、ジェットが、くすりと笑う。
「大丈夫だよ、ムチャしないから。」
言いながら、まだ入り込まずに、ぬるりと、すりつけてくる。潤滑剤と、コンドームの触れる感触に、思わずひくりと、背中が震えた。
「・・・恥ずかしい?」
シーツに額をすりつけたまま、思わずこくりとうなずいた。
「・・・せんせェがいやだったら、やめるけど。」
声を落としてそう言いながら、また、後ろに触れる。
目を閉じて、恥ずかしさに耐えながら、欲しい気持ちを抑えられずに、返事の代わりに、ジェットのために、膝を開く。
「・・・無茶しないなら、いい。」
早く、と、言葉の後ろで、小さく叫んだ。
いつもよりも、ゆっくり、そっと、ジェットが繋がってくる。
体が押され、肩が滑る。それを両手で支えて、いつもよりも強い圧迫感に、アルベルトは、ぎりっとシーツを噛んだ。
違う角度で、入り込んでくる。痛みではないけれど、押し開かれる形が、いつもとは違う気がして、思わず逃げようとする腰を、けれどジェットがしっかりとつかんでいた。
繋がる部分だけで、躯が重なる。
入り込んで、深く繋がって、それから、ジェットが動く。
触れる形と深さと、突き上げられる部分が、いつもとは違う。圧迫感に慣れると、次第に、ジェットに合わせて体が揺れた。
あやうく、声が出る。いつもより、高く、大きく。
それに気づいて、思わず、機械の手を、あごの下に引き寄せた。
かきんと、歯を立てる。生身ならきっと、跡がつくくらいではすまないだろうと、そう思えるほど強く、ただ、声を殺すために、歯を立てる。
押されて、押し上げられる体が、背中できしんだ。膝が時折、シーツから、軽く浮く。
ジェットが、いつもより激しく動きながら、耐えられないのか、声をもらしているのが聞こえる。
また、いっそう強く、鉛色の手に噛みついた。
ジェットが体を倒し、背中に重なってくる。そうしてから、ふっと、動きを止めた。
「せんせェ、手、噛んでるの?」
長い腕が伸びてきて、アルベルトの右腕に触れた。
唾液に濡れたその手を、ジェットが、親指の腹で、慰めるように、そっと撫でる。
「せんせェ、だめだよ、そんなに強く噛んだら、傷がつくよ。せっかく、新しいきれいな腕なのに。」
唇の端を、なだめるように撫で、ゆっくりと、あごを持ち上げる。そうして、歯を外し、そこから、鉛色の手を抜き取った。
体を前に伸ばし、胸と背中を重ねて、長い両腕も、アルベルトの腕に重ねてくる。
曲げた肘が、顔を横向きにすると、視界に入った。
ようやく、ジェットを全身に感じて、その重みを、いとしいと思った。
「・・・声、出そうよ、せんせェ。」
かすれた声が、ささやいた。
また、ゆっくりと動き出して、腕を離し、抱きしめながら、腰へ滑らせる。前へ伸びた手が、そっと、包み込んだ。
背中の後ろで、ジェットの声が聞こえる。
それに誘われて、励まされたように、アルベルトは、シーツから肩を浮かせ、ジェットの動きに体を揺らしながら、小さく叫んだ。
殺していた声を、放つ。
声を出すたびに、内側が、ジェットに応えるのか、またいっそう、ジェットの声が、深くなる。
先に、ジェットが、中で果てた。
それから、ジェットの掌の中に、生暖かく、吐き出した。
ジェットが、ゆっくりと躯を外した途端、けだるさにもかまわず、肩を回して、ジェットを抱き寄せる。
汚れたままの手を気にするジェットに、逆らうことをさせずに、胸の上に、抱いた。
こんな形も、きらいではないけれど、ジェットの顔が見えないのがいやだと、心の中でつぶやいていた。
戻る