「あらし」 - 番外編

White Dress



 いたずらっぽい微笑みとともに、グレートは、大きな箱を抱えてやって来た。
 「手違いで、サイズが合わなかったらしい。店が、きちんと頼んだサイズをまた作ってくれるとかで、これは危うくゴミにされるところだったんだ。」
 服を贈られるのは、別に初めてではない。
 アルベルトの身の回りにあるのは、ほとんどすべてが、グレートからの贈り物だった。
 真っ白い箱には、店の名前らしい、流れるような金の文字が押してあり、箱の軽さが、中身の質の良さを予想させる。
 アルベルトは、ソファに坐って、面白そうに自分を見ているグレートの前で、箱を開いた。
 「あんた、いつからこんな冗談をやるようになったんだ?」
 取り出した、白い軽い布のかたまりを広げて、アルベルトは、生地越しにグレートをにらんだ。
 それは、正しくは、ドレス、と呼ばれる類いの服だった。女性が着る種類の、スカートと呼ばれる、形。
 箱の中には、そのドレス以外に、下着も入っていた。さすがに、上も下も全部揃えるほど悪趣味にはなりきれなかったらしく、黒の、揃いのアンダーウェアと、ガーターベルトが、品よく箱の底に収まっている。
 二流どころのギャングのボスに似つかわしくない、グレートの趣味の良さを、アルベルトは敬意を持って愛している。
 けれどこれは、どう考えても、趣味が良いには程遠い。
 「たまには、こんな趣向もおもしろいだろう、My Dear。」
 にっこりと、グレートが優雅に微笑む。
 「着て、見せてくれ。」
 声の底に、有無を言わせない、低い響きがあった。
 いやだと、本気で言えば、グレートは無理強いはしない。けれど、理不尽なことをする男ではないのを知っているので、こんなお遊びに、何か理由があって、突然興をそそられたのだろうと、アルベルトは、こっそりとあきらめた。
 ため息をこぼし、アルベルトはもう、何を言い返す気もなく、箱に乱暴にドレスを戻すと、着替えるためにバスルームへ向かった。


 驚いたことに、ドレスは、かろうじてアルベルトのサイズだった。
 このドレスを注文した、グレートの店の女の子のサイズが、一体いくつなのかは知らないけれど、比較的体の大きいアルベルトに入るドレスを作ったというのは、確かに、注文を受けた店の、ひどい手違いだ。
 届いたドレスを見て、怒り狂っただろう女の子の表情が、目の前に見えるようだった。
 ため息とともに、ドレスの、大きく開いた肩から、脚を入れる。
 引き上げると、しゅるっと、耳触りのいい音を立てた。絹のドレスは、皮膚に吸いつくように、アルベルトにまといついて来る。
 その感触が、ふと、グレートの指先と似ていると、アルベルトは思った。
 背中のファスナーを、苦労して引き上げ、腰の辺りを、布を馴染ませるために撫でる。
 それから、少しばかり躊躇した後、下着を身に着けた。
 女ってのは、よくこんなものはいてるな。
 黒い、レースの小さな布切れ。隠すためではなく、見せて、脱がされるための、小さな布切れ。
 所詮、女の体型に合わせてつくられたそれが、合うはずもなく、それでも、なるべくみっともないことにはならない程度に、自分の体をその中に押し込め、アルベルトはまた、ため息をついた。
 最後に、黒い、小さな網目のストッキングを、何度か目撃した通り、女たちがどうやってはいていたかを思い出しながら、少し丸めた爪先に、そっとかぶせた。


 「あんたのためだけにやってるってこと、忘れないでくれ。」
 バスルームから、空の箱を抱えて出て来て、最初にアルベルトはそう言った。
 グレートは、あごの先に指を当てて、ほう、と言った。
 「悪くない。」
 肩は、ほとんど胸が見えそうな辺りまで剥き出しになっていて、細く仕立てられた腰の部分は、優雅にたぐり寄せられた布が、柔らかい影を作っている。背中の、腰の部分には、ゆったりと結ばれた、長い太いリボン。すそは、ひざより少し下で、ほっそりとした線を描いていた。
 胸と腰の張った、柔らかい肉のついた体型の、女のためのドレス。
 剥き出しの腕と肩の筋肉と、鉛色の右腕は、少々不粋だったけれど、それは愛嬌に見えなくもない。
 「ハイヒールをはかせたいところだが、それでは、接吻するのに、踏み台がいる。」
 グレートが、笑った。
 「少し、白が勝ちすぎるかな。」
 ひとりごとのように、呟いた。
 白とは言え、絹の光沢のせいで、ドレスはどちらかと言えば、銀色に近く見えた。まるで、アルベルトの髪の色のように。
 何か思案するふうを見せて、グレートはふと、アルベルトが床に放り投げた、ドレスの入っていた箱に、腰を折って手を伸ばした。
 恐らく、店から届いた時に、包装紙の上にかけられていたのだろう、黒い、鈍く光る長いリボンを箱の中から取り出して、グレートは、それをしばらく、手の上で眺めていた。
 一体どこに持っていたのか、背後から、飛び出しナイフを出すと、グレートは、そのリボンを適当な長さに切った。
 そして、ゆっくりとアルベルトに近づくと、そのリボンを、アルベルトの首に巻いた。
 しゅるりと、リボンが音を立てる。
 向きを変え、リボンの長さを変え、胸元に垂れるリボンの分量を変え、たっぷり10分ばかり、グレートはそのリボンをいじっていた。
 「こんなもんだな。」
 少しアルベルトから離れて、まるで描き上がったばかりの絵を検分するように、グレートは目を細める。
 アルベルトは、照れも含めて、その間、ずっと無言でいた。
 「外に連れ出せないのが、残念だな、My Dear。」
 心の底からそう思う、という仕草をして、グレートは言った。
 「いっそ、死ねって言ってくれないか。」
 ふふ、っとグレートが笑う。
 「捨てられる前に着てもらえて、そのドレスも本望さ。」
 また、静かにナイフを取り出すと、グレートは、いきなりドレスの、腿の辺りをつかんだ。
 しゅっと、鋭い音を立てて、ドレスを切り裂く。一度だけではなく、ドレスの前が、ばらばらになるまで、それを繰り返した。
 驚いて、けれど動かずに、アルベルトはグレートの手元をじっと見下ろしていた。無表情なグレートには、笑い顔とはまた別の凄みがある。不意に、ぞくっと、背中が震えた。
 「せっかくの、ストッキングが、見えない。」
 腿の半ばに止められたストッキングに、グレートの手が触れる。
 切り裂かれた、ドレスの残骸を持ち上げ、グレートは、ちらりと中を覗いた。
 「全部着けたのか、感心だ。」
 まるで、教師が生徒にでも言うように、平たい声で言ってから、グレートは、アルベルトをソファに突き飛ばした。
 開いた足を慌てて閉じ、ひざの上に、布をかき寄せる。
 そのひざを、グレートが強く開いた。
 「My Dear、淑女はこんな格好はしないし、おまえさんは淑女じゃない。だから、淑女を扱うようなやり方は、しない。」
 ストッキングと下着の間の、ほんの少し剥き出しになった皮膚に、グレートが唇を当てた。
 歯が、軽く当たる。
 その歯が、ガーターベルトを、器用に外した。
 アルベルトは、もう、耐えきれずにグレートの肩に指先を食い込ませた。
 「まだ、何もしてない。」
 笑いを含んで、わざと呼吸がかかるように、グレートが言う。
 ストッキングに包まれた爪先に、グレートが愛撫するように触れた。
 両足を抱え上げられ、アルベルトは、自分の姿態にかまいもせず、その足をグレートの肩に乗せた。
 レース越しに、息がかかる。それから、その小さな布は、まるで皮膚を剥がすように、少しだけ痛みを伴って、アルベルトの体から、取り払われた。
 足を折り曲げて、そうとは思わずに、グレートの体を引き寄せながら、アルベルトは、ソファがきしむほど、躯を揺らす。
 絹の感触は、グレートの指先に似ている。
 全身を、くまなく撫でられていると、アルベルトは思った。
 声を殺して、重い息を吐く。
 ストッキングに包まれた脚が、グレートが動きを変えるたびに、引きつった動きを見せた。
 まるで、自分ではないような、そんな感じ。
 切り裂かれた白いドレスと、黒いストッキング。
 昔見た、ギャング映画の一場面のようだ。
 マフィアの男に、犯される女。泣き叫んで、けれど助けは来ない。男は想いを果たして、けれど苦い表情で、まるで人形のように横たわった女を見下ろす。
 好きだという気持ちを、暴力でしか表現できない男の、深い悲しみ。暴力を表現されるためにしか存在しない、女の深い疎外感。
 女のドレスを着て、こうしてグレートに抱かれている自分は、一体何なのだろうかと、ふとアルベルトは思う。
 堰の切れる直前に、グレートがようやくアルベルトを解放した。
 自分の前に、また立ち上がったグレートを、熱っぽく見上げて、アルベルトはもどかしげに、グレートのズボンに手を伸ばした。
 左手だけを添えて、歯を立てないように気をつけながら、グレートを包み込む。
 熱く、唾液にまみれた舌を、絡みつかせる。
 自分の浅ましい姿に、アルベルトはよけいに煽られた。
 汗の浮いた額に、乱れた髪がはりつく。それを、グレートが優しくすいた。
 忙しく顔を動かして、アルベルトは濡れた音を立てる。
 喉の奥に感じるグレートの熱を、もっと別のところに欲しくて、アルベルトは待ちきれずに、ソファの上で自分から脚を開いた。
 「まったく、こらえ性のないお嬢さんだ。」
 そういうグレートも、もう息を弾ませている。
 ネクタイを、乱暴に解き、引きはがすように、シャツのボタンを外す。
 それから、グレートは、アルベルトが求める通りに、挑んできた。
 声が、もれる。
 驚くほど、すんなりとグレートを受け入れて、アルベルトは、自分の頬の辺りに当たるグレートの肩先に、口づけようと顔の向きを変えた。
 そうする前に、激しく突き上げられて、思わず反った喉から、声がほとばしる。
 こんなに激しいグレートは、珍しかった。
 ソファが、まるで泣くようにきしみ続ける。
 大きく開いた脚の間に当たる、グレートの体の重みに、どこかの筋肉が痛みを訴え始めていたけれど、身内からわき上がる快感に、アルベルトは翻弄されていた。
 「ぐ・・・グレート・・・グレート。」
 名前を、繰り返し呼ぶ。
 声を、もう遠慮もなく出しながら、アルベルトは、ドレスの前と、グレートのシャツを汚していた。
 グレートが、荒い息を吐き出して、アルベルトの、剥き出しの肩に、顔を埋めた。
 首筋のリボンに、音を立ててキスをする。
 「My Dear、もしおれが死んだら、またドレスを着て、葬式に来てくれるか?」
 首に、囁く息が、またぞくりと背骨を震わせる。
 「考えとくよ。」
 はすっぱに、アルベルトは、息を切らせて言った。
 胸に垂れたリボンは、汗で、くたりと、惨めに見えた。




 またまたおバカに、救いようもなく、 コッペイさまに捧ぐ。
 掲示板で振ったネタに、お持ち帰り自由の、色っぽくガーターベルトハインさんを描いていただいた(こいつ宛て、というわけでは特になく、でも我慢できずに、また脊髄反射)、ので、それに対するオマージュっつーか、こいつの、それに触発された(失礼)、品性のない妄想の産物。
 18号室の文章を人に贈るのもどうかと、真剣に考える今日この頃。だって、こいつのいまじねーしょんを刺激する、コッペイさまの色っぽいハインさんが悪いんだもんっ。こいつのせいじゃないもんっ。


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