In My Arms



 無口で不器用なのは、似たもの同士のふたりだった。
 不器用の、その傾向は違っても、自分の気持ちを、口にしない、口にできないというのは同じで、もちろん、しないこととできないことの間の違いの大きさには、ふたりで一緒に、気づかないふりをする。
 卑屈を、皮肉な態度で隠すことと、臆病を、無表情の下に塗り込めることと、どちらも同じほど、わかってしまえば、ばからしいことなのだろうと思う。
 する必要のない努力と、しなければならなかった尽力と、ふたりの間には、似ているけれども、ひどく遠い---違うと言ってしまうのは、すこし悲しい---あれこれが、いくつも横たわっている。
 似ているはずもないふたりだったのに、近づいて、重い口を開いて、それぞれの過去と歴史を---不器用に---語れば、意外なほど、似ていると、思える部分があった。
 恋と言うのとは、少し違う気がする。欲情だと言えば、もっと嘘くさくなる。
 どちらなのか、どれなのか、ふたりはまだ、見極めていないと思う。
 あまりに違いすぎるから、似ているところなど、ひとつもあるはずがないと、思い込んでいたから、だから、同じだと、そう思える部分を見つけた時、ふたりは一緒に、声を立てて笑った。
 笑い声を聞いたのは、ふたりとも、初めてだった。


 膝に頭を乗せるようにして、そうして、腕が、肩から胸の前へ回って来る。
 決して小さくはない手だけれど、ジェロニモのそれと並べば、まるで、子どもの手のようだ。
 指の長い、指先は細まった、形のいい掌。生身に見えるのは、左手だけだったけれど、形だけは、鉛色の金属のままでも、右手も完璧に再現されているのだろうと思う。
 角の丸い、四角い爪も、ハインリヒが、手を汚して働いたことのないことを表していて、荒れて固い自分の、太い大きな指先を眺めて、見比べる。
 こんな指先で触れれば、誰の膚も、傷つけてしまうような気がする。
 もちろん、傷つけてしまうと思うのは、それだけのせいではないけれど。
 胸に乗った、金属の手に、掌を重ねて、そこも冷たくて固い、肘の辺りに刺青の入った頬をすりつける。
 手足はもう、冷えていたけれど、胸の辺りはまだ熱い。
 躯を重ね合って、膚を分け合った後だったから。
 長く生きていれば、こんなこともあるのだろうと、ぼんやりと思う。
 理不尽に、引き伸ばされてしまった生を、ひとりきりで進むには、限界があるのだと、他人(ひと)の体の暖かさを思い出して、思い知った。
 自分から触れることはない。強化された体は、腕を伸ばせば、すべてを砕いてしまうから。壊しはしないかと、傷つけはしないかと、常に怯えて、すべてに、こわごわと指を触れる。
 ひとりでも大丈夫だ、これまでも、そうして生きてきたし、これからもそうだろうと、生身にしか見えない自分の掌を見下ろして、思った。
 それが、ひどい思い上がりなのだと悟ったのは、普通の人間のようには死ねないのだと、思い知った時だった。
 手足がちぎれ飛び、修理され、元に戻った体を見下ろして、こうやって、鋼鉄の体を抱えて、ひとりで生きていくのだと、思い知らされた。
 浅黒い肌も、顔の刺青も、何も変わってはいない。けれど、その皮膚の下には、鋼鉄の骨組みと、にせものの筋肉があり、人よりも大きな体は、そのために、人の形をした戦車に生まれ変わらされていた。
 無理矢理に。
 人一倍臆病なのだと、そう言ったら、人は信じるだろうか。
 黙って見下ろすだけで、誰もが怖がって、黙り込んだ。腕を振り上げる必要さえなかった。そんなつもりもなかった。
 笑われても、争いに背を向けて、草花や樹や、動物たちとだけ、触れ合っていたかった。
 優しいのではない。ただ、気が小さいだけなのだと、そう正直に言っても、誰も信じてはくれない。
 口にはしなかった。けれど、さまざまなことが、息苦しかった。


 ハインリヒの腕の輪の中で、体をよじる。
 体の重みをかけても、心配のない相手だった。
 同じように造られた鋼鉄の体は、ジェロニモのそれに負けずに強化されていたから。
 触れても、壊すことのない、体。抱き寄せて、抱きしめても、体の下に敷き込んで、その大きな手で触れても、傷つけることのない体。
 触れ合うためだけに、抱き合う。そこから先のことには、ふたりとも執着はしない。そうして、触れ合えるだけで充分だと、思いは同じだったから。
 誰かが、いることに、感謝しよう。人でありながら、人でなくされて、けれど人として、まだ受け止め合えるから。
 人の形をした機械なのだと、口にしてはばからない---そうして、自分自身を傷つけている---ハインリヒと、どんな姿であれ、人は人だと、口にはせずに信じているジェロニモと、抱き合って、確かめ合うものは、実は同じだと、言葉にはせずに、知っている。
 人を傷つけることは恐ろしい。流れる血など見たくもない。それでも、そうすべき時が、ないわけではなかった。そんな時に、血を流すために、前へ駆け出すのはハインリヒだったし、大地を踏みしめて、両手を広げて、力のない者を守るのはジェロニモだった。
 剣と盾。
 攻める者と、護る者。
 人ではない。けれど人の形をして、そうしていつまでも、人で在り続ける。
 攻めないことを、ハインリヒは、蔑みはしない。
 攻めることを、ジェロニモは、卑しめない。
 倒さなければならない者たちがいる。守らなければならない者たちがいる。
 それは、ただそうあるだけのことだと、無言でうなずき合って、それはただ、そうだと言うだけのことだった。


 ハインリヒの膝から、ゆっくりと体を起こして、ジェロニモは、ハインリヒの、装甲が剥き出しになっている右肩を、ゆっくりと押した。
 そうして、自分のぶ厚い胸の下に、ハインリヒの白い体を敷き込んで、柔らかな銀髪を抱え込んだ。
 太い指を差し入れて、首の後ろの生え際を、乱して、撫でて、どうするのだろうかと、自分を不思議そうに見上げている淡い水色の瞳に、真っ直ぐに、濃い茶色の視線を返す。
 どちらの瞳にも、互いが映り合っていて、互いと、それから小さな自分に微笑みかけるように、同時に、うっすらと笑う。
 いとしいと、思った。
 互いを、守るとか、守り合うとか、そういうことではなく、向き合う相手も、その背の後ろにかばう誰かも、互いではなくて、ただ、己れがそう在るべき場所に、まるで石を投げるように、すとんとおさまったまま、ふと気づけば、補い合う自分達の立場に、ああ、そうなのかと、どちらが先と言うわけでもなく、腕を伸ばし合っていた。
 ただ、それだけのことなのだと、それだけの始まりだったのだと、そう思いながら、次第に、魅かれてゆくのを止められない。いとしいと、想う気持ちが、決して口にはしないまま、少しずつ深まってゆく。
 それを、どう表していいのかわからないまま、ただ、抱きしめ合う腕に、精一杯の思いやりを込めることしか、思いつけない。
 体は、傷つかない。
 けれど、心は違う。
 鎧った鋼鉄の体に包まれた、柔らかな心を差し出して、重ねた掌に乗せて、ふたりで、どちらがどちらのものとも見極めもつかないそれを、じっと、見下ろして、手を離せば、落ちて、こなごなに砕けてしまうのだと、知っていて、いつかどちらから、この手を引いてしまうのだろうかと、自分を痛めつけるように、待っている。
 そんなことは起こらないと、言葉にしても、ハインリヒは信じないだろうと、わかっているから、ジェロニモは黙ったままでいる。
 だから、まなざしだけに、精一杯の心を込めて、ハインリヒを見下ろしている。
 指先で、頬を撫でて、それから、滑らせた両手で、ハインリヒの前髪をかき上げた。
 滅多と見ることのない、秀でた額に目を細めてから、そこにこつんと、自分の額を重ねる。
 熱を計るように、暖かな皮膚を合わせて、そこから伝わる互いの体温に、ふたりは、申し合わせたように目を閉じる。
 躯を合わせるよりも、重ねるよりも、もっと雄弁に、伝わるものがあるような気がする。
 波打ったシーツの上に、伸ばしていた手足をまた、ゆっくりと互いに絡めて、額を合わせたまま、ふたりは、互いの呼吸を聞いている。


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