Wounded

 凄まじい爆発音。とっさに体を伏せたり、あるいは爆風に吹き飛ばされたり、生身ならひとたまりもない威力は、けれど幸いにサイボーグには、せいぜい防護服や体の表面を少しばかり焦がす程度にしかならない。
 爆発が収まると、皆まずは自分の体がきちんと動くことを確かめて、そろそろと立ち上がり、それから、仲間たちがどこにいてどの程度無事か、確かめるために動き回り始める。
 今は少し違う。ハインリヒは、爆発の直後、まだ爆風の収まらない内に、身を低く起き上がって走り始めていた。
 武器を抱えた体は重い。爆発の中心の、比較的近くにいても、さほど吹き飛ばされる恐れはなく、だから爆発の瞬間、誰かが、まさに爆発のゼロ地点で、必死に体を縮めようとしたのを見た。
 逃げ遅れたのだ。何かに足を取られたのか、あるいは、足を取られたそのもの自体が爆発物だったのか、さすがに直撃は、被害がないと言うわけには行かないだろう。
 ハインリヒは走りながら、まだ黒煙のただよう辺りをさまよって、脳内通信で大声でその誰かに話し掛けていた。
 ──無事か? どこだ?
 すぐには反応がなく、少しずつ明けて行く視界の中であちらこちらと首を振って、また頭の中で怒鳴る。
 ──どこだ?
 他の皆はずっと後方にいる。この爆発音を聞いて、いずれこちらにやって来るだろう。自分だけで探せなくても、もう少し待てば人手は増える。それでも、ただ待つことができず、ハインリヒは闇雲に走り回っていた。
 ──・・・ここ。
 低い声が聞こえた。かすか過ぎて、聞こえた方向がわからず、ハインリヒは慌てて首を回す。装置の出力が低過ぎる──爆発の被害のせい──のか、あるいは、装置を動かす信号を送るパワーがないのか。前者であってくれと、思いながらハインリヒはまた声に向かって怒鳴った。
 「どこだ!」
 肩から振り返ったそこに、宙に向かって伸びる腕が見えた。長い腕。指先まで揃っているように見える。少なくともその腕は無事だし、腕を上げられるなら、肩も首も大丈夫のはずだ。
 「005!」
 戦車の頑丈さを持つ彼なら、あの程度の爆発は、たとえ直撃でもそれほど心配はない。上がった腕に向けて走りながら、ハインリヒは素早く頭を巡らせていた。
 その楽観が、爆発の激しさを自分の身で味わったゆえだと悟ったのは、思ったよりも深くえぐれた地面の穴に、足の半分を差し入れたような形に横たわっているジェロニモを見下ろした時だった。
 しつこい霧のような黒煙がやや晴れ、あちこち焦げて汚れたジェロニモの姿は、すぐにハインリヒの視界の中に収まった。
 地面に空いた穴の深さを測るように、半ば恐る恐るそこへ視線を当ててから、ジェロニモの両足が見当たらないのが、穴の深さとその昏(くら)さのせいでないと、気づいたのを、ハインリヒはふた呼吸分、受け入れるのに躊躇する羽目になる。
 両足がない。きれいに吹き飛ばされている。左足は膝で、右足はそれより少し上の、腿の半ばで、よく目を凝らせば、ちぎれた防護服の端から、細いコードや金属片が覗いて見えた。
 「大丈夫か。」
 目は閉じたままのジェロニモが、ハインリヒの声の震えを聞き取ったのかどうか、小さくうなずくけれど、それ以上は動く気にならないらしく、そこへ横たわったまま、ハインリヒの方へ顔を向けることもしない。
 ハインリヒは、ジェロニモのすぐ傍へしゃがみ込んだ。
 「すぐにみんなが来る。ドルフィン号に戻ったら──」
 言いながら、その皆の気配を探すために、ハインリヒは辺りを窺う。そうして、穴から少し離れた場所に、ごろりと転がった、ジェロニモの片足を見つけた。
 一瞬怯んで、どうしようかと迷った後で、ハインリヒはどうしてもそれをそこへ捨てておくことができず、引きずり起こされたように立ち上がると、そちらへ小走りに、吹き飛ばされた足──ブーツのおかげで、きれいに残った左足だった──を抱えてジェロニモの傍に戻って来た。
 膝から下の左足は、思ったよりも持ち重りがして、戦車の装甲を抱えるジェロニモの大きな体を支えるのだから、足がしっかりと重いのも道理だけれど、膝から下だけになったそれが、それでも存在を訴えるように腕の中で嵩張るのを、意外に感じながら、同時に悲しいとハインリヒは思う。
 ジェロニモには見えない位置にそれを丁寧に置いて、ハインリヒは、胸の上にあるジェロニモの手を取った。
 「みんなが来たら、おまえさんをドルフィン号に運べる。もうちょっと待ってくれ。」
 ジェロニモはやっとうっすらと目を開け、ハインリヒを見た。
 体がひどくだるい。爆発の後の空気の淀みは、まだ完全にはなくならず、呼吸をする度、口の中が焦げた苦みでいっぱいになる。それに顔をしかめないようにしながら、ジェロニモは無意識に呼吸の数を減らしていた。
 咳込みそうになるけれど、胸を膨らませると脇腹に近い辺りが痛む。肋骨が折れている。皆に抱え上げられる時には、痛覚を切ってもらおうと、ぼんやり考えた。
 自分の手を、励ますように握って来るハインリヒの手を、ジェロニモができるだけきちんと握り返した。そうして、声が出にくい分、意思の疎通がきちんとできるように、そしてどうやら、脳内通信装置も何となく具合が悪いようだと、気持ちが落ち着けば、あれこれと不安ばかり湧いて来る。だからジェロニモは、自分がまだ意識があると確かめるために、ハインリヒの手を何度も握った。
 ハインリヒは、背後を何度も振り返って、誰かが来る気配がないかと探している。
 こんな風に慌てている彼は珍しい。自分の姿がそれほどひどいのかと、ジェロニモは、頭を上げて自分の体を眺めようかと思って、やめた。
 知ったところで、ハインリヒをまた暗い気分にさせるだけだ。死ぬことがないのはお互いにわかっている。故障の程度は何となく感じて、それでいいじゃないかと、ジェロニモはまるで自分自身に言い聞かせるように思う。
 それが、自分のためと言うよりも、むしろ目の前で自分を心配しているハインリヒのためであることに気づいていて、内心苦笑をもらす程度の余裕はある。
 ジェロニモの左手を両手の間に挟み込んで、それは無意識の順序なのか、上になっているのはマシンガンの右手の方だ。その手が、主にジェロニモの手を握りしめて、右利きだから当然だろうと思いながら、こんな時にふと見せるハインリヒの生(き)の姿は、彼自身が思っているよりもずっとジェロニモに対して剥き出しだ。
 ぬくもりはないその手から、ハインリヒの今考えていることが伝わって来る。
 足のないジェロニモの体を、背負って歩くことはできないか。丈も重さも減った分、無理ではないかもしれないと、無茶を考えている。手足は確かに案外重い。けれど胴の重さはそれの比ではないし、その行動自体が無理ではないとは言っても、無茶でないわけではない。
 大丈夫だからやめておけと、知らずに唇が動いていた。
 そうやって、無茶を考えてくれるだけで充分だった。それを実行し兼ねない彼だから、それでも最後のところで理性を取り戻して、愚かなことはしない彼だから、だからこそ、そんなことをしてでも、ただここにジェロニモを横たわらせておくのに耐えられないハインリヒの心情が、ジェロニモにはただいとおしい。こんな状況で、こんなことを考えられるのも、生身ではないからだと言う皮肉に、彼ならきっと冷笑を浮かべるだろう。ジェロニモはそうはせずに、ただ今ハインリヒが自分の傍にいてくれることに感謝した。
 皆が来たら、数人掛かりで抱えてもらうか、手っ取り早くイワンに移動させてもらう。それでいい。ひとりでは無茶だ。死にはしない。だから待てばいい。
 掌から、自分の考えていることが伝わるだろうかと、ジェロニモはまたハインリヒの手を握り返す。
 生身ならショック死しかねない怪我──損傷──だけれど、サイボーグならその心配はない。それでも、怪我を無視はしないように、適度に痛覚は残してあるから、少しずつ増して来る痛みに、ジェロニモはそろそろうめき声を耐えられなくなりつつあった。
 動けなくなったハインリヒなら、何度か抱えて運んだことがある。最前線で無茶をする彼は、完全にはちぎれ落ちていない手足を、時には自分で完全に引きちぎって、
 「どうせ交換だ。軽くなった方がいいだろう。」
 本人は虚勢のつもりはなくても、うそぶいているようにしか見えない時もあった。取れた手足を、わざとのようにそこへ放り出すのも、大したことはないから心配するなと言う、こちらへのポーズだ。それに気づくまで、ずいぶん掛かった。
 ジェロニモは、ハインリヒが捨て置こうとする手足を拾い上げ、たとえ後で処分されるだけだとしても、それが決まるまではきちんと彼の一部だからと、言葉にはせず、嫌味や皮肉と取られないような態度で、そっと一緒に持ち帰る。3度繰り返した後で、ハインリヒは自分の手足をわざと置き去りにするのをやめた。
 生身ではないからこそ、大事にすべきものがある。それは自分たちの体そのものだけではなく、それに宿る、自分たちの心だ。
 まぶたが重い。瞬きが間遠になっている。ハインリヒを見つめていようと思うのに、それがひどくつらい。
 胸の痛みに構わず、ジェロニモは深く息を吸った。
 ハインリヒはまだ気づいていないけれど、足音が近づいている。走って来る気配と、そして空からやって来る、ジェットのあの音。大丈夫だ、とジェロニモはまた思った。
 ジェロニモの痛みを写して、ハインリヒはひどく憔悴して見える。彼自身がこうなった時は平然としているくせに、目の前で誰かが傷ついているのは耐えられないのだ。
 ハインリヒを慰めるためか、あるいは自分を慰めるためか、それとも単に、大丈夫だと伝えるためにか、ジェロニモは、ハインリヒを今抱き寄せられればいいのにと思う。抱き寄せて、血の気の引いていつもより青白い唇を、ぬくめられればいいのにと思う。
 ここでは無理だ。すぐにみんなが来る。
 知らずに、苦笑に唇の端が上がっていた。
 すぐに、それを見取って、ハインリヒも薄く笑う。
 足音が、やっとハインリヒの耳にも届いたらしかった。後ろへ振り向く彼の横顔に視線を当てて、唇の線に目を凝らしてから、ジェロニモは目を閉じた。意識を放り出すその手前で、もう一度、ハインリヒの手を強く握った。

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