スポーツって
2002/06/29(Sat)
サッカー、好きなんですけどね、実は。中学の頃とか、一応それらしいこともやってたし。
今回生まれて初めて、ワールドカップをリアルタイムで見て、なんか感動してたりして。
中学以来、自分でテレビって持ったことがなかったんで、今回初めて、自分の家で、テレビで見たんですけど、トルコ・韓国戦、いや、良かった。
何故かGKに目の行くこいつは、言わずと知れた、キャプテン翼、若林源三のファン。プーマの帽子、まだ持ってるよん。
残念ながら、テレビの入ったのがつい最近で、やっと見たのが韓国・ドイツ戦の最後の30分だったんですけど、でも今日やっと、3位決定戦を全部見ました。
かっこいいいいいいいいいい。やっぱいいなあ、体ひとつでボールを追い駆けるってのは。防具なし、足と胸と頭、手はダメ。何か、サッカーっていうスポーツの、原始的な部分てのが、すごく新鮮です。
何しろ、ここはホッケー(と野球)の国。山ほどの防具に、氷のリンク、使うのはスティック。で、こいつはホッケーが嫌い。
元々金持ちのスポーツには、貧乏人の嫌悪があって、どうもやたらと道具を使うスポーツってのは、あんまり好きじゃないんです。
バスケットとサッカーに、やたらと黒人と南米人が多いのは、これは明らかに、このスポーツをするのにお金がかからないから。まあ、こういうとこに政治を持ち込むべきじゃないんでしょけど、だからこいつは、アメリカがサッカーやるのに、少しムカつくことがある。選手に文句はないけど、お金の出所に、むかつく。
いいんだけどさ、別に。
手を使うってのは、人間と動物を区別する、かなり大きな違いだったりしますが、その手を使わずにやるサッカーって、何だか意味深とかって思ってたりして。何て言うか、人間の、まだ動物の部分を強調するって言うか、動物としてプレイするって言うか。自然に還れって言うわけでもないけど、何て言うか、サッカーっていう、極めて原始的なスポーツに、こいつはある種の愛しさを感じる。
それは多分、都会に住んで、田舎がいいなあっていうのと、同じような心境なんだと思う。
文明に対する、ちょっとした、そうとは見えない抵抗、みたいな。
もちろんサッカーだって、ごく生まれた初期の頃に比べれば、今は文明まみれのスポーツになってるんだろうけど、少なくとも、体ひとつで、丸いボールを追うっていう原型の部分は、まだまだ原始的なままだと思う。
けっこう乱暴なスポーツでもあるし。
こいつがホッケー嫌いな理由は、ゲームにすでに、あの乱闘が組み込まれちゃってるってとこ。あれがないとつまらないとまで、人は言う。スポーツっつーのは、殴り合いの代用品として生まれたもんじゃないの? どうしてそれで、今さら殴り合いを、余興として組み込んじゃうかな。スポーツマンっつーなら、手を出したくてもガマンするだけの精神的強さってのを、養えよ、ってのが、こいつの無言の叫び(笑)。
ホッケー神様の集団の中で、こんなことを叫ぶ度胸はない(大笑)。
スポーツそれ自体が乱暴なのは、まあ、体のぶつかり合いとかそういうので、それはスポーツそれ自体の一部として見れるんだけど、腹が立って殴り合いってのは、オイそりゃ違うだろ、って。
まあもっとも、こんな寒くて雪が多いと、外でするスポーツはなかなかムリがあるんだろうけどさ。でも、バスケットなんて、(ホッケーに比べると)単純で簡単すぎてつまらないとか言われると、だからいいんじゃん、と言いたくなる。複雑なだけがいいわけでもねえだろって。複雑なの、きらいじゃないけどさ(苦笑)。
どうしてだろう、こいつ、ホッケー嫌いなんだよね、なんか肌に合わない。ゴキブリ嫌いとか、ああいうノリで嫌い。ホッケーとかゴキブリのせいじゃないんだけどね、でも嫌い(笑)。