* コプヤンさんには「また同じ夢を見た」で始まり、「緑が目に眩しかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。
夢の後先
また同じ夢を見た。どうせいつも見る夢は似たような内容で、どれもこれも同じに見える。目覚めて、それが1周間前に見た夢かついさっき見た夢か、記憶はごちゃごちゃと混ざり合って、混沌としたひとつの夢になって、泥のようにシェーンコップの頭を重くする。昨夜の夢に出て来たのは、幼い子どもを失くした夫婦だった。ただ男と女と言う以外には個性らしきものは見当たらない、平凡なふたりは、共に肩を寄せ合って、逝った子どもを惜しんで嘆いて、そしてふたりの子どもは、まるで両親を慰めるように、あの世から姿を現す。
彼らの思い出の中の姿そのまま、大人の、男か女か定かではない誰かに手を引かれ、今はこの人が自分と一緒にいてくれる、だから大丈夫だよと、微笑みを浮かべてやって来る。
シェーンコップは、その夫婦を後ろから見ていた。
夫──子どもの父親──は、我が子がひとりぼっちではないことに安堵する。淋しくないならよかったと、そう言って、もう抱くことのできない子どもへ、空回りする手を伸ばして、どうかそちらで幸せにと、涙に震える声でつぶやいた。
女──男の妻で、子どもの母親──の方は、そんな夫の隣りでいっそう大きく薄い肩を震わせ、さらに激しく泣き出した。
子どもの手を引くその誰かの、手入れのされた指の爪が、形良くつやつやと光っているのが女は気に入らないのだ。自分の、手入れなどする間のない荒れた手と見比べて、我が子に触れて、抱きしめて、世話をするのは自分のはずだったのだと、女は怒りと悲しみと募らせる。
なぜ自分はここにいて、あの子はそこにいて、自分たちは一緒にはいられないのかと、女はかき口説く。子どもは困った顔をし、世話人は、シェーンコップにはよく顔は見えず、女の悲嘆と怨嗟の声だけがその場へ満ちてゆく。
もう、我が子をその腕に抱けない女は、夫によろける体を支えられながら、泣き続ける。
子どもの姿が次第に空気の中に溶け込んでゆく途中で、目が覚めた。
女の泣き声とそれをなだめる男の声が耳の奥にはっきりと残り、夢のくせに、女の感情が空気を揺らす様が生々しく、シェーンコップは不機嫌にベッドを出た。
どちらかと言えば、シェーンコップは夢の中で女の方へ共感していて、女の嘆きに今も気持ちを引きずられて、そのことをひそかに恥じながらも、そんな自分に憐れみを感じている。夢の中で女に対して感じた哀れみと、同じにだ。
我が子を失い、奪われ、元気だよ、そのうち会えるよと死んだ子は振る舞うけれど、その会えると言うのは一体いつだと女は問い続ける。それまで、こんな風に悲嘆に暮れ続けなければならないのかと、我が子へ迫る。
女の、我が子──。自分にとってのそれは誰なのか、シェーンコップは気づかない振りをしながら、あてもなくただキッチンへ向かう。
もう外はすっかり明るく、カーテンの隙間から見える外界は、シェーンコップの憂鬱を吹き飛ばすようにまばゆい。
こちらとそちら。交わることのない、ふたつの世界。
貴方も、きっとあんな風に元気なのでしょうね。
シェーンコップのいない世界で、大方三次元チェスと読書三昧で、のんびりしていることだろう。
そしてシェーンコップは、あの男のいない世界で、落ち込んだ気鬱から抜け出す算段も一向に立つ様子がない。
夢の中の女のように、いっそ世界の終わりのように嘆ければ、少しは楽になるのかもしれない。
シェーンコップにとっては、あれは文字通り世界の終わりだった。
この世界は、相変わらず光に満ちている。その明るさに、夢で子どもの世話をしていた人間の、美しい爪の形を思い出していた。艷やかに光る爪、その輝きに、シェーンコップはあの男の──ヤンの、肌のなめらかさを思い出している。
あの子どもが世話をされているように、自堕落が服を着て歩いているようなヤンの世話を焼く。風呂に運び、裸にして風呂に入れ、全身を洗ってやる。あの、黒い髪もだ。たっぷりの湯で濡らし、たっぷりの泡で洗い、すべてを洗い流した後で、その全身にくまなく唇を押し当てて、あの膚を味わいたい。
自分の下で伸びて開いた躯に、時折後を残しながら口づけて、不遜な所有のしるしを刻みたい。
そうしておけばよかった。あの、この世のものとも思えないすべらかさの上に、緋いしるしをつけてしまえばよかった。
女の嘆く声が、また耳の奥に甦る。あれは、シェーンコップの、漏らすことのできない声だ。
また同じ夢を見るだろう。この世とあの世の境い目をさまよいながら、ヤンの気配を探し続けるのだ。
瞳に昏い影を走らせてシェーンコップは、うっそりとまた外へ視線を投げて、生気をほとばしらせるように繁る緑が、突き刺すように目に眩しかった。