* コプヤンさんには「花が咲くように」で始まり、「そう思い知らされた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。
恋する少年
花が咲くように、ヤンが微笑んだ。別にどうと言うこともない、挨拶のついでに浮かべるただの微笑みを、花と表現するほど、シェーンコップはヤンの浮かべるそれに日々飢えて、むしろシェーンコップの方が花のように、渇きで雨を求める様に似ている。
14の頃に、初めて恋をした時のことを思い出す。相手の少女の一挙一動に目を凝らして、瞬きもしない目が痛いのすらどうでもいいと思えた。
あの時と同じように、ヤンを見つめている。そうして、見つめながら、口元に浮かんだ自分の微笑に、シェーンコップは自覚がない。
シェーンコップ、とヤンが呼ぶ。何ですかと返事をすると、ヤンが手を伸ばして来て、シェーンコップに触れた。
今日は、遅くなるよってユリアンに言って来たんだ。
え、と思わず声が漏れた。らしくもない、間の抜けた反応だった。
だから、とうつむくヤンの頬が赤い。そうして、それを写して、シェーンコップの頬もうっすら赤らんでいた。
ほんとうに、ほんとうに時々、シェーンコップは自分が14の少年のように感じることがある。世界は1枚幕を取り去ったように鮮やかに明るく、目に痛いほど光に満ちて、けれどそれをそうとは気づいてはいなかった。幕が下りてから気づくのだ、自分が大人になったことに。
恋はいくつもしたはずだったのに、相手が変われば何もかもが初めてになる。これは一体、何度目の初恋なのだろう。そして多分、最後の恋になるだろうとシェーンコップは気づいている。
「それはそれは。」
かろうじていつもの調子を取り戻して、シェーンコップはお返しにヤンの手を取った。
人目を気にする必要がなければ、この場でヤンを抱き寄せているところだ。それができないこの恋を、まったく自分らしくないと思いながら、ヤンの指を絡め取って、代わりにひどく親密な形に繋げる。
ヤンに触れた手指が熱い。頬や首筋はもっと熱い。顔を赤らめてうつむくヤンを見下ろして、胸の中はもっと熱かった。
とても部下には見せられない不様な姿でも、恥じる気持ちは不思議と湧かない。
滅多とないヤンからの誘いに、シェーンコップはすでに浮かれていた。いつもの憎まれ口もするりとは出て来ずに、今日仕事の後になどと言わずに、今からでもと、ヤンを抱え上げてどこかに消えたくなる。キャゼルヌの小言さえ面倒でないなら、それも悪い考えではないように思えた。
もちろんそれは無理だ。シェーンコップはもう14歳の少年ではなかったし、ヤンは何しろ中将閣下で、艦隊司令官どのだ。
けれど、いつか、とシェーンコップは思う。いつか、戦争が終わったら、ヤンの言う、ひと時の平和が訪れたなら、シェーンコップは遠慮なく14歳の少年に戻って、ヤンの手を取ってどこかへ消えるだろう。数日か、数週間か、それともふたりの命が尽きるまでか。
その時も、ヤンはまだ頬を赤らめてうつむくだろうか。シェーンコップもまた一緒に、頬を赤らめて、同じようにヤンを見つめるだろうか。
ふたりはまるで少年のように、それ以上の何も知らないように、ただ絡めた指先へ目を凝らしている。
これは確かに恋だ。特別の、少年のような恋だ。まだ頬を赤らめたまま、シェーンコップはそう思い知らされた。