シェーンコップ×ヤン、6/1。
* コプヤンさんには「守りたいものはありますか」で始まり、「君が目覚めるまでは」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以内でお願いします。

Come With Me

 守りたいものはありますか。
 唐突にそう訊かれたのは、まだあちらにいる頃だった。ヤンは真面目くさった顔で、民主主義と即座に答えた。訊いた当人はすぐにきょとんとした顔を見せ、それから苦笑を浮かべ、そうではありませんよ、閣下、と次にはもう耐えずに笑い出していた。
 貴方と言う人は、まったく、と言われてもヤンはまだ分からず、写したようにきょとんと笑う男──シェーンコップを見て、こんな姿も美しいなんて、不公平だなあと、別のすね方をしていた。
 今なら、シェーンコップの言った意味が分かる。
 ヤンの守りたかったもの。それはひとつびとつ、鮮明な笑顔を残して脳裏をよぎってゆく。名前を並べて、結局長いリストになる、その大切なひとりひとり。
 そうしてひとり、そのリストには入らない人物がいる。その人物には別のリストがあり、そのリストにはその名前ひとつしかない。大切とも大事とも違う、どう言っていいのか分からない、言葉にしてしまえば、一緒に死にたかった、と言う辺りになるのだろうか。
 シェーンコップ。
 ヤンは、もう半ば目を閉じている男へ向かって、そっと手を伸ばした。触れるつもりでも、まだヤンの手は彼の頬をすり抜けてしまい、現世のぬくみを持つ彼の体に、すでに死者のヤンは触れられないのだった。
 君を待たせてしまったが、わたしだって君を待っていたんだ。
 もっとも、と薄く微笑んで、ヤンはその後を音にはしなかった。こんなに早く来てくれと願ったわけではなかったがね。
 喪失は、人の体に穴を空ける。ヤンの肉体にはシェーンコップの形の穴が空き、シェーンコップの肉体にはヤンの形の穴が空き、そうして初めて、ふたりは自分の体を見下ろして、自分に必要だったのが何だったのかを悟った。
 少し遅かった。だが、何事も、遅過ぎると言うことはない。そうだろう、シェーンコップ。
 今度は、指はすり抜けはしなかった。ただ眠っているように見えるシェーンコップの頬の、1年振りの感触にヤンは思わず目を細め、そのまま腕の中に抱きしめたいと思ったのを、耐えた。
 自分の中の空白に、シェーンコップを取り込むのは、もう少し後でもいい。まずは語り合いたいことが山ほどあった。
 互いを知らなかった30年を耐えたのに、死に別れたたった1年が、こんなにも苦しかったのはなぜだろう。君が守りたかったろうわたしを、そうさせられなかった後悔に苛まれていたと言ったら、君は信じてくれるだろうか。
 ヤンは、泣き笑いの表情を浮かべた。
 君の恨み事を、黙ってすべて聞くことにしよう。その次はわたしに話をさせてくれ。しなかった話と、できなかった話と、することすら思いつかなかった話と、何もかもを。
 指先をシェーンコップの髪の中へ混ぜ込み、そっと撫でる。よくやったと、褒める意味合いの仕草で、血まみれの男を心の底からねぎらう。
 ここでこうしていよう。静かに待とう。黙って見守ろう。会いたくて会いたくてたまらなかった君が、目覚めるまでは──。
 ヤンは、胸の中にあふれて来る言葉を止めた。まだ眠っている──ように見える──男の静けさを妨げないために、唇を結び、流れそうになる涙を耐えた。耐えながら、まだ閉じたままのまぶたへ、忍び足のような口づけを落として、区切られた時間が再び動き出すのを待っている。

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