シェーンコップ×ヤン、6/1注意。
* みの字さんには「待ち合わせは1年前のここだった」で始まり、「その声がひどく優しく響いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。

In My Darkest Hour

 待ち合わせは、1年前のここだった。
 まだそこに血だまりの跡が見えるような気がして、ヤンはそこからするりと視線を外し、体の力を抜いてただ佇んでいる。
 あの日から、時間を数える声が、こちらとあちらで揃っていたのだと、彼──シェーンコップは気づいていたろうかと、残りの時間を後何分と数えながら、ヤンは薄暗い通路の向こうへ目を凝らしている。
 わたしに、止める力がなくてごめんよ、シェーンコップ。
 ヤンが死んだその瞬間から、シェーンコップの頭の中は自身の死に塗り潰されて、後はもう、ほんとうに死んでしまうだけだと、その準備に心を砕いて、生きるも死ぬも一緒と言ったはずですよと、ひとり浮かべる凄艶な笑みを、ヤンは黙って見つめるしかなかった。
 ガラス張りの壁に隔てられたような、こちらとあちら。ヤンからは見え、シェーンコップからは見えず、その頬に伝う涙は透明過ぎて、誰にも見えないのだった。
 会いたい気持ちと、まだ会いたくない気持ちと、置き去りにした罪悪感と、君でなくて良かったと言う安堵。そうして揺れ動きながら、ヤンは時間を数え続けた。
 わたしはひどい奴だな。隔たりに歯噛みしながら、会いたいと思うたび、そう考えた。自分たちはきっと、一緒に死ぬべきだったのだろう。そうすれば、死にながら、生きながら、悲しまずにすんだ。
 ごめんよ、シェーンコップ。
 一体何に対してか、ヤンは詫び続け、その声が聞こえているように、シェーンコップはたまに虚空を見つめて、また透明な、他の誰にも見えない涙を流す。
 貴方はひどい人だ、ヤン提督。
 応えるように、シェーンコップがつぶやく。そうだねとヤンはうなずく。隔てられたふたりは、抱き合うことも叶わず、慰め合うこともできず、あちらとこちらの無限の距離に、同じ月の下だの同じ星空の下だの、生者の使う修辞の虚しさを、舌の上に苦く転がす。
 ふたりが一緒に見たのは、宇宙の闇だ。そこに散らばる星々は、隔たった光ではなく、現実の形を持ち、現実に踏みしめる地面を持ち、そこに戦車の跡を残し、血を流しもした。
 ふたりは共に、屍の山谷を築き、そこに流血の河を流し、そこから星々を見上げ、次はあそこだと顔を見合わせた。
 だからきっと、薄暗がりで孤独に迎えた死は、その罰なのだろう。離れ離れになった1年は、その罰の続きだったのだろう。
 宇宙の闇を模した、薄暗い通路の片隅。体の沈まる自分の血だまり。人々の悲嘆と怨嗟の声を聞きながら、死んで横たわる以外術のない、死者の、恐るべき無力さ。
 ごめん、とヤンはつぶやき続けるしかなかった。呼んだつもりはなかったのに、シェーンコップはひたすらにヤンへ向かって歩き続け、ヤンはそれを止める術を持たず、正確に、シェーンコップの、やがてやって来るその時のことを知っていた。
 歩みののろさか、あるいは何かの理由でその足の止まることを願いながら、同時に、会いたいと身を引き裂かれるようにも思った。まだ来ないでくれと、今すぐ来てくれと、そう同時に思う自分の、分かれた心を行き来しながら、ヤンはどちらも本心の自分の思いを、抱え込んで苦しむのもまた罰なのだと思った。
 そうして、シェーンコップは今、明るい、けれど味方は死に絶えた、敵まみれのそこで、血の足跡を残しながら階段を上がる。死刑執行の階段にしては、彼の足取りは決して重苦しくはなく、その力があるなら、彼はそれを軽快に駆け上がったろうとヤンは思う。
 かすかな微笑み。血まみれでもその美しさの消せない、形の良い唇の端を、奇妙な清々しさで持ち上げて、けれどあごはがっくりと胸へ向かって落ち、膝から滑り落ちたトマホークが、がちゃがちゃと騒々しい音を立てて、階下に、主よりも先に倒れた姿を晒す。
 やがてシェーンコップの、魂を喪った体も、続くようにそこへ転がり落ち、手足を投げ出して、もう二度と動きはしない。穏やかな死に顔。煩いも憂いも、己れの血とともにすべて流し切った、男の死に顔。
 灰褐色の、微笑みと同じほど美しい瞳が今見えないのが残念だった。完璧に見える眼球の丸みを縁取る、鬱陶しいほど濃いまつ毛も、生気がなければ、ただ悲しげに見える。
 ヤンは、シェーンコップのその手を取り、世界にとっては不運な、そしてふたりにとってはひっそりと幸福な再会を、一体どんな顔をして迎えればいいのだろうかと、複雑な思いをまたしばしもてあそんだ。
 ヤンは淋しく微笑んだ。時間だと、顔を上げ、提督、と血まみれで微笑む男を見つめ、走り出すには少々難儀な血まみれの自分の足をその前にもう一度見下ろし、ゆっくりと、いっぱいに腕を伸ばす。その腕に向かって、シェーンコップも空の手を差し出して来る。
 「おいで、シェーンコップ。」
 その声が、ひどく優しく響いた。

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