シェーンコップ×ヤン
* コプヤンさんには「音もなくほどけた」で始まり、「今なら伝えられる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以上でお願いします。

瞳の熱

 音もなくほどけた唇が、何か言いたげにそこでかすかに動いて、けれど結局はっきりとした形は見せないまま、再びそっと触れ合った。
 唇を合わせるのなんて、きっと挨拶程度のことだろう。特に意味なんてあるはずない、ヤンはまだ外れない唇をどうしていいか分からず、そっと薄目を開けて、シェーンコップを窺った。
 触れ合うだけの唇。それ以上のことをして来ないのは、これがほんとうにただの挨拶程度のことだからなのか、あるいはシェーンコップなりの、この手のことに不慣れな上官に対する礼儀の示し方なのか。
 ヤンが見ていることに気づいたのか、ゆっくりと開いたシェーンコップの灰褐色の瞳が、見事に微笑みを伝えて来る。目は口ほどに物を言うと言うそのまま、恐ろしく感情表現豊かな瞳だった。
 その色に、開いた目を吸い寄せられ、ヤンは唇を外せす、視線も外せなくなった。
 好きだとか、一緒にいたいとか、口にしなくても伝える方法があるものだなと、やっと唇の端へずれて行ったシェーンコップの、思い掛けないその唇の柔らかさを惜しんで、ヤンは軽く唇をとがらせた。
 もっとと、表したつもりはなかったのに、ヤンの宇宙の闇色の瞳も、シェーンコップにはそれなりに思ったことが読み取れるのか、瞳に刷かれた笑みは、今ははっきりとその唇に移り、
 「もっとですか。」
 ヤンのあごを指先に持ち上げながら訊くのに、ヤンは両方の瞳を左へずらした。
 頬が熱い。そしてシェーンコップは、ヤンの頬に差した赤みを自分の瞳へ映して、またヤンの底なしに暗い瞳へ、灰褐色の狼のような瞳を凝らした。
 皮膚に上がる熱は、きっと眼球にも伝わるのだ。そのせいで、今でははっきりと潤みを増したヤンの、その眼球の表面に舌を這わせたいと言う、少々猟奇的な衝動を覚えて、自分の胃へ落ちて、その胃の闇の中へすっかり溶け込むヤンの瞳の黒さが、そうすれば自分に同化のだと言う気がした。
 俺はどうかしている。シェーンコップは思う。こんな、子どもみたいな触れ合い方で、そこから先に進めず、いつもならとっくに互いに服を剥ぎ合っている頃だと言うのに、ヤンの首筋に触れることさえためらう自分を、嗤うこともできなかった。
 やっと、ヤンがシェーンコップと視線を合わせて、消えそうな声で言った。
 「・・・うん、もっと・・・。」
 今度も、そっと触れ合うだけだった。ヤンはそれ以上に進む術に疎く、シェーンコップは進む勇気の足りないだけだ。
 熱をたたえた瞳は、どこよりも雄弁にふたりの胸の内を素直に語って、今なら伝えられるとふたり一緒に思って、唇の外れるまで、後5秒。

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