* みの字のコプヤンさんには「こんな世界は嫌いです」で始まり、「置いていかないで」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以内でお願いします。
For Now
「こんな世界は嫌いです。」手の中のコーヒーが冷めるまま、シェーンコップが絞り出すように言う。
ヤンは知らない、ローゼンリッターの古い部下がひとり亡くなったと、家族から連絡が来たのだそうだ。
戦闘中に自力で動けないほどの傷を負い、必死に引きずるように基地に連れ戻したけれど、その後寝たきりになって回復しないまま、様子を尋ねる折々の手紙のやり取りで、自分はとりあえずは五体満足で生き続け、昇進し続けていることを記すのを避け続けていたのだと、シェーンコップはヤンの方は決して見ずに説明した。
やり切れない。戦争で死ねば、個性を奪われただの数字にされ、何らかの形で名誉を与えられるにせよ、結局最後には無駄死にの犬死だ。
死んだと言う部下の詳細をヤンは訊かずに、ローゼンリッターの誰にもこんな愚痴はこぼせないシェーンコップの傍で、ただ黙って自分の分の紅茶を飲む。
ヤンにも、思い出すとこんな風に力なく頭を垂れたくなる、失った人たちがいる。
彼らは凝結した時の中に眠り、そこから永遠に動くことはない。ヤン──たち──は、彼らをそこに置き去りにしたのだ。
時折、ヤンは自分がまだ生きていることに、罪悪感を抱く。それが恐らく、一種の卑怯な自傷のような行為だと分かっていても、なぜ彼らだったのか、なぜ自分ではなかったのか、命の取り換えの利かないことに理不尽さを感じながら、考えても仕方がないのに考え続けるのをやめられず、自分がひどいずるをして生き延びているような気分に陥る。
避けられない死の、その指先からかろうじて逃れて、そうすることで自分の許にいる人々の生き延びる可能性を高めているのだと、冷静に考えはしても、感情の方は荒れ狂うまま、なぜ死んだ、なぜ死ななければならなかった、そしてなぜ自分はのうのうと生きているのだと、自分の頭上の、はるか高みのどこかにいる、何やらと言う存在に訊いてみたいとヤンは思うのだった。
同じように、胸の中に嵐を抱え込んで、今は黙り込んでいるシェーンコップの肩へ、ヤンはそっと手を置く。その手へ、顔を動かして視線を移し、シェーンコップはやっとヤンを見た。
「下らんことを言いました。申し訳ありません。」
見つめ返したヤンからすぐに視線を外して、ヤンの手からすり抜けるようにその場を離れる。
ひと口も飲んでいないコーヒーの紙コップをごみ箱に捨て、行きましょうと言う風に振り返りだけしたシェーンコップの後を、ヤンはため息をひとつこぼして追う。
自分たちはもう大人で、様々な修羅場をくぐり抜けて、泣こうが喚こうが現実は変わらないのだと思い知っている。だからこんな愚痴もこぼすだけ無駄なのだと思って、あらゆることを飲み込んで、黙り込もうとする。
泣きたければ泣いたっていいんだ。ヤンは胸の中でひとりごちて、1歩半先へゆくシェーンコップへ、少し大きな歩幅で近づいて、こちらへ振れて来た手へ自分の手を伸ばした。
うまく掴めたシェーンコップの指先は、振り払われるかと思ったけれどヤンの指にすくい取られたまま、歯車の噛み合うように、ヤンはシェーンコップの指先を、外れない強さで握り込んだ。
シェーンコップが、少し歩幅を縮め、ヤンとの距離を1歩足らずにする。ヤンはその後を、速度を変えずに続いてゆき、明らかに暗いままのシェーンコップの横顔を、顔の位置を変えてちらりと盗み見て、慰めるために指先へ少し強く力をこめた。
生きている人間の指先はあたたかい。先に逝った人々へ胸の痛みを送りながら、ヤンは、今はこのシェーンコップのために生きたいと思った。
置いて行かないでくれと、思ったのはシェーンコップも同じだと思ったから、ヤンは足早にシェーンコップの隣りへ自分の肩を並べてゆき、その間に繋いだ手の指が、いっそう近く絡まり合っていた。