* コプヤンのお話は「ずっと貴方を捜していました」で始まり「テーブルにメモと一緒にプリンが置いてあったから」で終わります。
Gaze at You
「ずっと貴方を捜していました。」突然ヤンの腕を掴んで、シェーンコップが言う。
え、とヤンは思わず逃げるように体を引き、重心が傾いたせいでベレー帽が足元に落ちる。
いつもならそれをすぐに拾ってくれるはずのシェーンコップは、妙に据わった目でヤンを見つめるだけで、今はそれ以外何もしない。ヤンは怯んで、そんなシェーンコップから視線を外した。
「シェーンコップ、貴官、一体何を──」
自分も相手も落ち着けと思いながら、ヤンはできるだけ丁寧な口調を使うけれど、声が上ずって台無しだ。
ふたり連れ立って歩けば、シェーンコップが上官、ヤンが部下と思われるのが常で、今も端から見れば、上官から何やら叱られている出来の悪い部下に見えるんだろうなと、わざとよそごとを思って、さてこの腕をどうやって振り払うかなと、やっと少し冷静に考え始めた。
「うん、わたしは無事に見つかったことだし、君は仕事に戻るといい。わたしも自分の持ち場に帰るよ。」
へらへら言うヤンを、シェーンコップは見つめてまだ目をそらさない。
言い迷って震える唇よりも雄弁に、その灰褐色の瞳が、言わない言葉を伝えて来る。それが一体何か、ヤンがようやく理解するよりもわずかに早いタイミングで、シェーンコップはゆっくりとヤンの腕を離した。
不意にいつもの彼に戻り、ヤンの足元から落ちたベレー帽を拾い上げ、埃を払う仕草の後で、ヤンの頭に乗せて、きちんと位置を定めてくれる。
「失礼いたしました、閣下。」
言葉と言葉の間に奇妙な間が空き、言いたいことを言わずにいるのだと、それがヤンに伝えて来る。
ふと湧く罪悪感に襲われて、ヤンはシェーンコップを見つめたけれど、今度は視線を避けたのはシェーンコップの方だった。
ヤンがベレー帽の礼を言うよりも先に、敬礼をしてするりと立ち去る。ついさっきまでのにらみ合い──とヤンは感じた──は一体何だったのかと思う呆気のなさだった。
一体どうしたんだシェーンコップ。
ヤンはなぜか背中を丸め、しょぼくれた足取りで執務室へ向かう。
戻って、やっと捜していたと言うシェーンコップの言葉の意味を悟った。
机に、メモと一緒にプリンが置いてあったから。
最近、やわやわのとろけるような本体と、カラメルの苦さで評判になっている高級プリンだった。
そして傍らには、恐らく20分前には淹れ立てだった紅茶。
そうか、君が私を捜していたのか、このためだったのか。
「ありがとう、シェーンコップ。」
今度ははっきりと、声に出して言った。目の前にシェーンコップはいないのだけれど。
メモとプリンを交互に見て、そして紅茶へ視線を移して、ヤンはその間にふわふわ浮かぶシェーンコップの思考を読み取っていた。
ほんとうは違う、シェーンコップの捜していたと言う意味は、きっと違う。ふたりともそれを知っている。シェーンコップはまだはっきりとは言わず、ヤンは気づかない振りを今日も続ける。
ふたりとも、それを知っている。
プリンよりも先に、すでにぬるくなった紅茶に口をつけ、美味いなと苦いなが、両方一緒にヤンの中に湧き上がった。
ずっと貴方を捜していました──。
シェーンコップが、ヤンを"見つける"のはいつのことだろう。
まだプリンには手を付けず、ヤンはそれを見つめている。そこに答えが見えるように、ヤンはプリンを見つめ続けている。